第32話 命の結界

 呪いの魔女エヴァリナと、シーウェル王国王太子、セオドア・シーウェルの戦いは、実に5時間以上続いた。

 その戦いのことは、後に災害レベルの魔法合戦として、後世にわたり魔法史に刻まれることとなる。


 ◇ ◇ ◇


「セオドア様……!」

「エイダ、手を出すんじゃないよ。恐らく、今世紀最大レベルの魔法の打ち合いになる。下手に無効化したほうがセオドアに不利に働くかもしれないからね」


 空に浮かんだ二人は、未だ魔法を撃ちあうことなくにらみ合う状況が続いていた。

 緊迫した空気が、あたりを包む。

 その状態が続くこと、十数分。その空気を壊して最初に攻撃したのは、エヴァリナだった。


 あたりが真っ白になるほどの閃光。

 魔法の打ち合いで火花のようなものが地面に降ってくる。

 ものすごい戦いだった。無尽蔵の魔力の打ち合いは、時にエヴァリナが有利になり、時にセオドア様が有利になり、拮抗した状況が続いた。


「これ、決着つくのかよ……」

「膠着した魔法の戦いは、一瞬のほころびで崩れるものだ。そのほころびをどちらが先に作るか、それが重要になってくる」


 ピアーズ様の圧倒されたような声も、理解できた。

 このような高レベルな戦いができるまで、セオドア様は成長していたのだ。

 それは、たとえ魔法が封じられ、うまく扱うことができなかったとしても、努力を怠ることをしなかったからこそのものなのかもしれない。


 どんどんと、セオドア様が遠くに行ってしまうようだった。

 私のような者では、もう隣に立つことなどできないだろう。


「なぁ、なんかセオの様子おかしくないか?」

「え……?」


 ぽつりとフランシス殿下が呟く。

 上空を見れば、わずかにセオドア様が有利なように見えた。


 ——だが。


「髪の毛が、黒い……?」

「っ! 本当だ! あいつ、姿が変わってる!」


 目を凝らして気づいたのは、セオドア様の輝く銀色の髪が、黒く染まっているということだった。

 ピアーズ様が慌てたように声を荒げる。その近くにいるグラディス様は、じっと動かず、何も言わなかった。


 この状況が良いものなのかどうか、判断ができない。

 祈る様に手を組んだその瞬間。一瞬のことだった。


 魔力が、上空で爆発したのだ。


「セオ!」


 意識を失って墜落するセオドア様を、ピアーズ様が屋根まで駆け上がって抱きとめる。

 上空を見上げれば、ボロボロで今にも倒れそうなエヴァリナが、ぼたぼたと血を垂らしながら叫んだ。

 驚くことに、その姿はしわくちゃで、腰の曲がった老婆のものへと変貌していた。


「おのれセオドア! サデウスの加護を受けているとは……! 忌々しい、この体の魔術を解きやがって……! それならば、どうせ朽ちるこの体、この国ごと爆発四散してやるッ……!」


 その声はしわがれた老婆のような声で、先ほどの誇るような美しい姿とかけ離れている。目は血走り、体中から血を垂れ流し、今にも死んでしまいそうだった。

 エヴァリナが枯れ枝のような両腕を上に高々と掲げる。その手には、今までとは比べ物にならないほどの高濃度な魔力が溜められていた。


「まずい! あいつ、自分の死と引き換えに持ちうる以上の魔力でこの国を消し飛ばすつもりだ!」

「!? そんな……! っ、セオドア様は……!」

「息はあるが意識がない! くそ、セオ! 目を覚ませ! セオ!」


 グラディス様の声が焦ったように揺れる。そのような声音は初めてで、それほど緊迫した状況なのだと瞬時に理解できた。

 今までの戦いだけでもすさまじいものだったのに、死を代償にさらなる力でこの国を消そうだなんて、いったいどれほどの魔力をぶつけるつもりなのか。


 ピアーズ様の腕の中で、浅く呼吸するセオドア様の意識はない。

 その髪の毛も黒いままで、体はあちこちの傷から多く出血していた。

 

「ギャハハハハハ! 死ね! この国ごとすべて!」


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 このままでは、私たちが死ぬどころか、この国の国民全員が消し炭になってしまう。


 セオドア様が、必死に守ってきた国。

 ひとつひとつ積み上げて、作り上げてきたこの国。

 私を見つけて、救い出してくれたセオドア様が愛する、この国。



 ——絶対に、守らなくてはならない!



「っ!? エイダ、なんのつもりだ!」

「私の命を代償に、この国全体に魔法無効化魔術で作る結界を張ります!」

「何をばかなこと言ってるんだ!」


 立ち上がり、両手を掲げる。

 制止しようとするピアーズ様やフランシス殿下を止めたのは、傷だらけになったグラディス様だった。

 その託すような視線に、背中を押される。


「私の持ちうる魔力以上で! 絶対にこの国を守ってみせる!」


 両手から迸る青い光が、私の体に残る魔法をすべて吸い取っていくかのようだ。

 今までに見たことのないその明るさが、私を中心に広がっていき、空へと膜を張って結界を作り上げていった。

 その結界を目にしたとき、私はどこまでも自由なのだと、そして他人事ながらに美しい星空のようだと思った。


 エヴァリナから魔力が放たれる。

 その強大な力が結界に触れたとき、身のきしむような激痛が全身を襲った。

 瞳から血の混じった涙がこぼれ、淑女らしからぬ鼻血を拭うこともできず、喉元からせりあがる血液を吐き出した。


 びりびりと全身に電気が走っているかのようで、視界がだんだんとちかちかしてくる。

 崩れ落ちそうになる足を叱咤して、地面を踏みしめて立ち続けた。


 迸る光が消える。

 私の体には、これっぽっちも魔力が残っていないかのように、全身が軽い。


「エイダちゃん!」


 泣きそうなフランシス殿下がこちらに走ってくる。

 すべてを出し切って力を失い、意識は今にも途切れそうだった。へらり、と笑う。私は守ることができたのだと、私でも役に立てたのだと、頭の片隅で理解した。

 

 充足感に、体の力が抜けていく。そんな倒れそうになった私の体を、誰かが後ろから支えた。


 「貴女の命は、私が何としてでも救いますから」


 その声は、芯のある強いものだった。

 穏やかで、それでいて安心感のある存在。最後に見たルチウス様のエメラルドグリーンの瞳は、強い意志が宿っていた。




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 この作品を読んでくださる皆様、いつもありがとうございます。

 突然のお知らせにはなりますが、こちらの作品は、カクヨムの方では休載させていただきます。

 

 実はもう完結まで書き上げているのですが、公募に出している関係上、文字数との兼ね合いで一度結果が出るまでは連載中のまま留めておくこととしました。

 続きが気になる方は、あと2話程度のお付き合いになりますが、小説家になろう様の方でも連載しているため、そちらを確認していただけたらと思います。


 今後とも「嫌われメイドは禁断の魔法で王太子を救う」をよろしくお願いいたします。

 

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