第23話 指輪の持ち主

 ルチウス様の腐れ縁である魔女様のお名前は、グラディス様と言うらしい。

 私が自分にかけた魔法無効化魔術が切れるまで、地道に治癒魔法をかけてくださり、なんとか私も意識を保てるようにはなった。

 だが、身体に負った傷を治すほどまではできず、一週間でシーウェル王国に帰る予定だったのが、大幅にずれ込むこととなったのだった。


「エイダ、果物を食べるか?」

「セオドア様、お気遣いなく……!」

「こう見えても皮をむくのは得意なんだ。任せてくれ」


 ここに使用人としてきた時と、状況は大きく変わった。

 まず、私はセオドア様と一緒の部屋で過ごすようになった。豪華な部屋に戻ってきたことに、若干の息苦しさは感じる。

 だが、それよりももっと精神的に恥ずかしさを感じるのは、セオドア様の態度だ。


 あの日、心が通ったことは、私も大変嬉しい。

 自分でも無自覚にセオドア様に恋に落ちていたのだから、そのことに気づけた上、相手も自分を好いていてくれるなど、これほど幸せなことはないだろう。


 でも。でも、だ。

 あれからセオドア様との距離は一気に縮まった。

 夜は同じベッドで抱きしめながら寝るし、セオドア様はことあるごとに私に愛を囁く。そんなセオドア様の変わりように、私の心は早々に白旗をあげていた。



 あの日、あの封印された庭で起きたことは、一部の者のみ知ることとして秘匿された。

 本来ならば、フランシス殿下も怪我を負う、戦争の火種となる大問題だったが、私の心を無視して無理を働いたことに対するけじめだと、フランシス殿下の意志でなかったことになった。


 交渉が続く国交の面では、エルウッド帝国が長年抱える大きな問題である、呪いの魔女エヴァリナの討伐に、シーウェル王国が全面的に協力することで、ひとまずは落ち着きを見せた。

 それも、フランシス殿下の働きかけがあってこそのことだ。なんとお礼を言ったらいいか分からない。

 

 もともと優秀な方なのだが、いかんせん自由を好みふらついているという自由奔放な方だった。

 もし、真面目に公務をしている方だったら出会っていなかったかと思うと、なかなか感慨深い気持ちになる。


「ほら、食べるんだ。あーん」

「せ、セオドア様、いい加減に……!」

「いちゃついてるとこ悪いが、お客人だぜ~」


 水を差したピアーズ様に、セオドア様はイラついたような表情を見せた。私としては、救われたような気持ちで胸をなでおろす。

 呆れたような顔でセオドア様を見つめるピアーズ様の後ろから、ひょこりと濃色こきいろの髪の毛が飛び出る。そしてすぐに、私を救ってくださったグラディス様が顔をのぞかせた。


「グラディス様……!」

「ん、経過は順調そうだな。これなら明日には国に帰れると思うよ。ただ、今日の要件はそれじゃないんだけどな」

 

 グラディス様は、安心させるように私を見て笑った。

 だが言葉通り診察もそこそこに、それ以外の要件をひょい、と胸元を指さして言った。


「指輪、返してもらえるか?」

「え?」

「ルチウスから貰ってるだろ? あれ、私の指輪なんだ」


 そこで、ずっと首から下げていたルチウス様から貰った指輪のことを思い出す。

 チェーンを取り外して渡せば、グラディス様は右手の中指にすんなりとその指輪をはめた。


「こいつのおかげで私は魔法無効化魔術を使える嬢ちゃんを呼べたんだ。ま、その後の重労働を考えればチャラだが。ルチウスの奴、本当に人使いが荒い……」

「え、もしかして、あのボロボロの扉で私を呼び寄せていたのは……」

「封印されてた私だよ。ま、利用したみたいになっちゃったけど、命救ったから許してくれ」


 まさかの真実に、呆然とする。

 まさか、自分が死んでしまう場所に、自分を救ってくれる人が封印されているとは、思ってもみなかった。

 ルチウス様にはいったいどこまで見えているのだろうか。ほんの少しだけ恐ろしいとすら思ってしまう。


「グラディス様も、明日、シーウェル王国に戻られるのですか?」

「嫌だって、言いたいところなんだけどさ。随分前に——今の国王よりもずっと前の国王にここに派遣されたっきり、封印されたから挨拶もできてないんだ。顔は見せないとな。ついでにルチウスに文句言ってやる」


 本当に嫌そうにそう言うので、思わず笑ってしまいながらグラディス様の顔を見る。

 今の国王よりもずっと前の国王の時代から生きているらしい彼女の容姿は、セオドア様より4、5歳上程度にしか見えない。

 ルチウス様と言い、グラディス様と言い……そして、呪いの魔女エヴァリナといい、一体何歳なのだろう。もっと言えば、何者なのだろう。


 謎は深まるばかりだが、それでもグラディス様たちがすごい人たちであるということは理解できた。


 ◇ ◇ ◇


 ——翌日。

 転移魔法陣が用意された部屋には、フランシス殿下も見送りに来てくださった。

 久しぶりに見た殿下の表情は以前と変わらず、優しい笑顔だった。


「ご迷惑をおかけしました……」

「それは僕のセリフだよ。あんたの気持ちを無視した行動に出ちゃったからね」


 その言葉に、気まずさを感じてしまう。

 殿下は一番に私に愛を伝えてくださった。その気持ちに応えることができないというのは、私にとっては心苦しいものだった。


「そんな顔しないの。セオの面倒が見切れなくなったら、いつでもここに来るといい。僕はどんな時でも歓迎するよ」

「フラン」


 私の知らないうちに、愛称で呼び合うほど仲の良くなったらしい二人は、睨み合いながらもその表情は明るい。

 考えてみれば、二人は同い年だった。今回のような状況でなかったら、すぐにでも親友になれていたかもしれない。


「じゃあね、エイダ。元気で」

「……フランも」

「……!」


 ぽそりと、初めの頃のように愛称で呼べば、殿下は嬉しそうに笑った。

 本来は埋まらない身分の差があるが、あの時だけは、本当に友人になれたような気がしたから。

 その思いに、偽りはない。


 魔法陣が光り輝く。

 薄れていく殿下たちの姿が見えなくなるまで、手を振り続ける。


 こうして、不安の多かった初めての海外での仕事は、一応は丸く収まる形で幕を閉じたのだった。

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