第15話 禁断の書
「大司教様の許可をいただいて、こちらに参ったのですが……」
「エディ様。ご案内いたします」
中央神殿の入り口。大司教様はどうやら私のことをエディという名前で通していたらしい。
どのような方法なのかは知らないが、少し様相を変えた私の顔を見ても神官はすぐに私のことを見抜いた。
普通、このような質素で怪しげな格好の娘を、中央神殿の頭脳ともいえる重要な書庫には入れないだろう。大司教様は本当に私のために動いてくれたのだ。
相変わらず神殿の中は涼しい。廊下を進み、石でできた階段をゆっくりと下っていく。下りきった後、薄暗い廊下を抜けた先に、目指していた場所はあった。
「……わぁ……!」
中に入った途端、思わず感嘆の声が漏れ出た。
地下にあるはずなのに、その書庫はとんでもなく天井が高い。その天井まである本棚の中に、ぎっしりと本が詰まっている。
書庫には何台か大きな籠が設置されており、その籠は誰かが動かすこともなく、自由自在に、勝手に動いていた。
「ルチウス様は、ここにある本なら自由に読んでいいと仰せです。ここでは、読みたい本を願えばその本の場所に籠が連れて行ってくれます」
「すごい……」
「それではごゆっくり」
神官はそう案内すると、部屋を出て行ってしまった。
広い書庫に一人きりになれば、その広い空間も相まってとても自由に感じる。
早速説明された通り、1台の籠に乗ると、目を閉じて読みたい本を思い浮かべる。
(魔法無効化魔術について、知りたいです)
すると、不思議と籠が動き始める。ゆっくりと上に上がり、左に行ったところでそれは止まった。
赤い表紙の本が、自然と本棚から飛び出してきて、それを手に取ると籠はさらに上に動く。
そうして何か所かに籠に案内され、飛び出した本を手に取っていく。
集まった本は全部で4冊だった。わずかな情報だと思っていただけに、これだけ収穫があると少しだけワクワクしてくる。
すい、と籠が地面に降り、そこから私が降り立つと、それはまた勝手にどこかへと動いていった。
これも魔法の一種なのだ。書庫の管轄は大司教様だと言われているし、この魔法はすべて大司教様によってなされているものなのだろう。
いったいどれだけ精密な魔力操作が必要なのだろう。さすが、世界一の魔法師と呼ばれているだけある。
書庫を歩き回って見つけた、ランプがそばにある一人掛けのソファに身を沈める。
ぺらりとページを捲るが、そのほとんどは通常の魔法についての記述ばかりで、魔法無効化魔術に関する記述と言えば、大司教様が説明してくれた内容くらいしかなかった。
「魔法を使える者は、無意識に魔法を制御する
つまり、魔法は想像力によって威力を強めることができるが、それさえも無意識的なものであると言いたいのだろうか。
考えてみれば、私も魔法を使う時は、無意識に使っていた。どのように魔法を使っているのか聞かれても、正直説明することはできない。
セオドア様が魔法を制御するためには、この成し遂げられた者はいないとされる、意識的な制御を行うほかないのかもしれない。
それは確かに、とても難しい課題だった。
自分の魔法を使いこなせるようになるには、もっと情報が知りたい。
そう思った私は、手にしていた本を置くと、ソファから立ち上がった。
まっすぐに歩いてもう一度籠に乗り、少し考えた後、目を閉じて思い浮かべる。
(魔法無効化魔術を、役立てたいです)
その瞬間、びくりと不安げに籠が揺れた気がした。
だがそのままゆっくりと天井付近まで上がって行き、止まったところで分厚い本が飛び出してくる。
とても古そうな本だった。
黒い表紙には金箔でなにやら方陣が描かれており、題名などの記載も全くない。
その一冊のみで、籠は地面へと降り立った。
ずっしりと重いその本をもって、地面に座り込む。
何故かその本に心が惹かれ、今すぐにでも読みたくて仕方がなかった。
だが、その本は開くことができなかった。
まるで糊がはられているかのように、ぴったりとくっついている。
「どうして……?」
力を入れても、どうしても本を開くことはできない。
焦って表紙にとんでもない力をかけてしまったが、破れるところか石のオブジェのように全く動かなかった。
諦めて、さらりと黒い表紙の、金箔の方陣を撫でる。
なぜこの本を勧められたのか、さっぱり分からない。この書庫にも欠陥はあるのだろうか。
だがそう思ったその瞬間、私の魔法が吸い取られるかのように、青くその本自体が輝き始めたのだ。
あれだけ開かなかった本が、勝手にぱらぱらとページを捲っていく。
そのうち、1つの情景が本の上に浮かび上がってきた。
「セオドア様と……私?」
その場面に映っていたのは、紛れもないセオドア様と私の姿だった。
だが、どこかセオドア様の様子がおかしい気がする。
暗い表情のセオドア様に、私は何かを必死に叫んでいた。だが、その声が届いたような様子はない。
じっと目を凝らしてさらに映像を見ようとした瞬間、映像の中で、まるで爆発したかのような魔力の火花が散った。
その魔力の爆発は、私を当然のように攻撃し、そして——。
「……!」
ひゅっと息を飲む。
血まみれになって倒れる私に、正気に戻ったセオドア様が駆け寄った。
セオドア様の腕の中で、私は目を閉じたまま動かない。そんな私の名を、セオドア様が泣き叫びながら呼んでいるような……気がする。
「未来を覗くという行為は、人の心を蝕みます」
「!」
食い入るように見ていた本が、パタリ、と勝手に閉じ、ふわふわと宙をとんでどこかへと行く。
その本が収まった場所は、大司教様の手の中だった。
「祭事ぶりですね、エイダ様。お勉強熱心で何よりです」
「大司教様……」
「どうか、私のことはルチウスと。……今エイダ様が見ていた本は、未来を覗く本です。誰にも解くことができない、特殊な魔法がかけられているのものなのですが……。唯一、魔法無効化魔術を使える者には、その魔法は通用しません」
魔法無効化魔術を役立てたい。そうは思ったが、まさかそんな禁書を持ってくるなんて、さっきの籠はなんて無茶な籠なんだろう。
たった今見た、自分の未来がフラッシュバックする。
まるで実際に起きたことのように、リアルなものだった。
「私は……。未来で、死んでいました」
「……。未来を覗くというのは、意味のないことです。ですから人はこれを、禁書として封印したのです」
呆然と空気を飲み込むことしかできない。
一体いつ、あのようなことが起こるのか、まるで予想ができない。
だが、私は確実に未来で死んでいた。
「今見たことは忘れなさい。本来、人間が覗くものではないのです。未来というのは、生きている人間が作り上げるもの。決して、一冊の本が決めるものではない」
「ですが……」
「エルウッド帝国へ行くそうですね。今ここへ来たのは、貴女にこれを渡すためです」
ルチウス様は、未だ不安を拭えずにいる私を遮ると、胸元から1つの指輪を取り出した。
紫色の石がはめ込まれたその指輪は、きらきらと輝きを放っている。
「いざという時に役に立ちます。身につけるようにしてください」
きっとこれも、魔法具の1つなのだろう。
どうにかして私の身を守ってほしいと、渡されたそれをぎゅっと握りしめる。
「今日はもう王城へ戻った方がよさそうでしょう。迎えを呼びますか?」
「いえ、一人で大丈夫です」
震える足をこらえて、ゆっくりと立ち上がる。
あの未来を、現実のものにしてはならない。私だけでなく、セオドア様まで不幸になる内容だった。
「エイダ様」
ふいに、ルチウス様に名前を呼ばれる。
「……どうか、お気をつけて」
エメラルドグリーンの深い瞳は、何を考えているかは分からない。
だが、彼だけは、全てを見通している気がしてならなかった。
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