第2話 契約
何のことだ、と琴音は思う。この男が何を言っているのか、琴音は理解できなかった。
「探し物があるとしても、ここにはないし、貴方には関係ないことよ」
「ありますよ。君は見えないはずのものが見えるのだから」
琴音は黙った。なぜこの男はそのことを知っているのか。
ここは暗がりで、他に人通りもない。琴音の心のなかで警戒心が高まっていく。
たしかに琴音には幼少期から見えないはずのものが見えた。それは世間で言うところの「怪異」というものだろう。
そのせいで琴音は人の死期を当てることができ、消えた宝石の在処を探し出し、また他人の本心をたまに垣間見ることができた。
死期が近かったその使用人は、まだ健康な少女だった。だが、彼女には白い妖怪のようなものがのしかかっていた。幼い琴音は「なにか怖いものがいる……すぐにあなた死んじゃうわ」と警告したが、少女は笑って相手にしなかった。その結果、彼女は事故死した。
琴音が呪い殺したのだと皆は噂した。宝石のときもそうだ。盗んだのは琴音なのではないかと疑われた。
この力のせいで琴音は、腫れ物のように扱われてきた。誰一人友人も、本当に家族と呼べる人もいないまま。
男はまっすぐに琴音を見つめた。
「僕には君の居場所を作ることができる」
「なぜ?」
「僕が君の婚約者だからね」
男は近づき、琴音は一歩下がる。他人の屋敷の壁が背後にあり、琴音は追い詰められた。
見上げると、男は柔らかい笑みを浮かべた。だが、目が笑っていない。
「僕が矢内原鷹秋。君には僕の妻になってもらいたい」
琴音は反射的に鷹秋という男の股間を蹴り上げようとした。しばらく彼が悶絶したところを、そのまま逃げ出すつもりだったのだ。
だが、あっさりとかわされ、逆に腕を掴まれて捻り上げられてしまう。
「……っ、痛い! 放しなさいよっ!」
「やれやれ、お転婆なお嬢さんだ」
「何が目的? わたしなんかを妻にするなんて……身体目当てで弄ぶつもり?」
「淑女がそんなことを口にするものじゃないよ」
鷹秋は苦笑した。見下されているような気がして、琴音はカッとする。
なんとしてでも、この男から逃げ出す。逃げ出す先なんてないとは、頭ではわかっている。
(だけど……)
鷹秋の腕を振り払い、琴音は走り出した。だが、すぐに追いつかれてしまう。
そもそもあの状態から腕を振り払うことができたのは、鷹秋がわざと拘束を緩めたのだろう。
琴音は鷹秋を抱きすくめる。もう逃げられない。
「お、大声を出すから……!」
「誰かが来ても、親が認めた婚約者と痴話喧嘩をしていると思われるだけだよ」
鷹秋の言葉はそのとおりだった。それでも、琴音は一か八か試してみようとする。
大きく息を吸い込んだ時、鷹秋の信じられないぐらい整った顔が間近に迫る。
(こんなにかっこよくて、お金持ちで……頭もいいなら、わたしなんか相手にしなくてもいいのに)
琴音はそんなことを心の中で思う。どんな女性でも彼に迫られたら、堕ちてしまうのではないだろうか。
琴音が他人事のように考えられたのは、そこまでだった。
鷹秋が琴音の唇を強引に奪い、口づけをしたからだ。
「んっ……」
琴音は頭が真っ白になるのを感じ、相手が男であると強く感じる。
華族の娘だから当たり前だが、琴音は男女交際の経験なんてない。こんなふうに強引に迫られたことも、あるわけがない。
やがて鷹秋が琴音の唇を解放する。
「さ、最低……」
琴音は言うが、自分の言葉に勢いがないのを感じた。
怒りよりも戸惑いの方が大きい。
鷹秋は琴音を優しい表情で見下ろした。
「これで契約は完了だ」
「……契約?」
「君には僕の妻になってもらう必要がある。それは君が美人だからとか、あるいは名門の家柄があるからじゃない」
「それ以外に、わたしに何があるっていうの?」
琴音にはなにもない。美人なことと、かつての名門の血筋。その二つ以外に誇れるものなんて何もない。
そして、誰も琴音のことなんて必要なかったのだ。
だが、鷹秋はインバネスコートを脱ぐと、それを琴音にかける。雪で濡れないように、ということだろう。
男の体温が残ったコートの暖かさに琴音は戸惑う。
「君は自分のことを知らない。君にはこの国を救う力がある。琴音は神を視る力があるのだから」
「な、なんのこと……?」
「そして、僕にはその力が必要だ」
<あとがき>
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