王国のお話

「打つ手なしとは・・・このような状況を・・・言うのでしょうね・・・。」




ドラゴンのいななきのような敵の歓声・・・それが私の国を蹂躙している。




城の外にあるのは、敵・・・・敵・・・敵の・・・数々。




自嘲的な囁きもまた、このざわめきの中ではあっという間にかき消されてしまった。




この理不尽な世界を憎めど憎めど、この決まりきった結末を、結局のところ変えることなどできるはずもなかった。



「・・・。」


自嘲的な笑みが漏れる。

覚悟を決めるために礼服に着替えた。

だがまあ、このような質素な服を礼服だと気づけるものは、恐らく帝国の中にはいないに違いない。

本当に貧しい国だった。本来人が住むことができないと言われた荒野に国を追われた者たちが集まったのが起源の国家なのだ。裕福なはずがない。

周りの国々が他国の侵略をどのように行うか考えている中で、私たちの国はただただ周りの国に媚び諂い、貧しい土地をいかに豊かにするか考えるので精一杯だった。

「・・・。」

春夏と農耕、牧畜をし、冬には男では他国に出稼ぎに出る余裕のない国民。国民の負担を考え、税を少なく抑えたのが間違いだったのか・・・。徴兵制度を制定しなかったのが、間違いだったのか。


いや、


あの敵の総数を見る限り、どのような政策を取ろうとも、この結果だけは変えることができなかったに違いない。

土地の開拓、農業の革新、年々増えていく豊かな土地、国民たちの笑顔。

毎年、収穫祭の時の、頼んでもいないのにたくさんの作物を届けてくれる国民たちの・・・あの笑顔が、ただただ好きだった。


今、田畑には、水の代わりに多くの血が流れ、子供たちがうえてくれた花々は、軍隊の行進で悉く、踏みつぶされてしまった。

手が震える。

恐怖なのか、怒りなのかは判別がつかない。

結局のところ、弱者は強者によって踏みつけられるのを待つばかりなのかもしれない。

城に逃げた国民たちも、きっと怯えていることだろう・・・。


ぴたりと震えが止まる。


私だけは、無様な格好を見せるわけにはいかない。

どれだけ貧層でも、

どれほど貧しい国であろうとも、

私は、一国を預かる王女としての誇りを捨ててはならない。


“攻めてくるなら攻めてこい!”


ろくに兵なぞいないこの国を、そのような大群で攻めてくる臆病者の、その顔を、せいぜい最後に嘲笑ってやろう。

お前たちの将の目の前で私の首をかき切って、貴様の顔を汚してくれる。


―と、―


“おい!止まれって・・・ゆうちょるじゃろうがっ!”

何やらドアの向こう側がうるさい。どたどたと数人のかけてくる音。


―そして、―


“バターンッ”

突如開かれる扉。


「王女様―☆他受けに参りましたぁっ☆」

そこには、かわいらしい二人の少女が立っていた。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―とある村にて―


―グシャリ―


僕は、獲物を貫く時の感触よりも、貫いた剣を引き抜く時の感触の方が好きだ。


今も、農民なのか兵士なのかよく分からない獲物が、まるで睨みつけるようにしながら絶命していて、そんな顔をしながらも、俺に一撃とも加えられない、その可笑しさに、思わず顔がにやけてしまった。


「火を放て。」


強いやつを敵にするよりも、弱いやつをいたぶる方が楽しい。


火が上がった民家から、隠れていた住人が二人、飛び出してくる。


こういうのを追っかけるのも楽しい。


きっと恐怖に顔をゆがませながら逃げてるんだろうなぁ・・・。


我が子をかばいながら逃げるその女性の顔を想像しながら後ろからためらわずに剣を振り下ろす。


そうだ・・・


この感触だ。


この感触を求めていた。


血のたまり場を作った女性。それにしがみつきながらむせび泣く子供。


―愉快だ―


僕は、その母親が、どのような表情で最期を迎えたのか、確認したくて、髪の毛を乱暴につかみ取ると、無理やり、顔を上げさせた。


「・・・。」


恐怖とは程遠い、睨みつけるような顔。


―不快だ―


弱者はただ、恐怖におびえていればいい。


弱者はただ、強者を喜ばせるために生きている。


癇に障ったので、もう一度剣で刺そうとして、頭に衝撃。


頬に、生暖かいものが流れる。


ベロで、滴ってきたものをなめると、若干鉄の味がした。



「くたばれっ!!帝国人!!!」



顔を向けると、まだ殺してなかった子供の方が、何とも言えない表情で、僕のことを睨みつけている。


―決めた・・・―


この母親にやるはずだったことを・・・


この子供ではらすこととしよう。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




「すみません、王女陛下、俺たち止めようとしたんですが・・・。」

私同様、兵士というには、あまりに農民の自警団(武器は鍬)が困った様子で、二人の少女を見ている(私が徴集したわけではなく、数日前に自発的に誕生していた集まりが決起集会を行っていた)。

「まあまあ、私に会いに来てくれた大切なお客様なのですから、大切に扱わなくては・・・。」

「王女様、今は、国の危機なのですよ、もう少し身を案じてください。」

ため息交じりに兵士(仮)がそう言った。だがまあ、この性格は本来穏やかな気風のこの国に生まれた時点でどうしようもないというものだ。

兵士は、再度はあとため息をつくと、二人の少女に道を開けた。

「お嬢様方、私に何か御用でございましょうか?」

私はスカートのすそを少し上げて、一礼。

「王女様・・・ぽっ。」

ツインテールをした独特の服に身を包んだ少女が見ほれるように頬を赤く染めた。

「ご依頼で、私たちが、この国に加勢することになり、馳せ参じましたっ!」

「依頼者・・・ぐっじょぶ。」

「つまり・・・あなたたちも戦おうと・・・?」

見るからに、戦の経験のある姿ではない。

「そうですっ!」

「国民ではないのに・・・?」

「御依頼なのでっ☆」

一拍

「おお・・・おおぶねに・・・えっと・・・。」

「大船に乗ったつもりで」

「それですっ!泥舟で酔ったつもりで、任せてくださいっ!」

「「「・・・。」」」

兵士(エルヒさん)が、こいつ大丈夫か?という表情をしていた。

そして、私は目を伏せる。

「お嬢様方も、エルヒさんも、どうか武器を収めて下さい。私のとるべき行動は負けを見越したうえで、いかにこの国の民に被害を与えないようにするか・・・私たち小国に大国を相手取る兵力は・・・ありません。ですから・・・命を粗末になさらないで下さい。」

一人は、私の言葉を聞いても揺るがない闘志をその目に宿し続けている。彼にとって、この戦いは既に、勝つか負けるかどうかなど、超越してしまっているようだ。その瞳には、中立を保つこの国を理由もなく攻めてきた蛮族、それを一人でも多く道連れにしてやるという覇気で溢れかえっている。

―対して、―

二人の少女、特にそのうちの一人は、まるで状況が分かっていないのか、まるで作り物の人形のように、にこにこと笑っている。

赤子でもわかってしまうこの戦況で、その笑顔は、どこか不気味にも映った。




「まあ、実際に見てもらった方が早いですねっ」


―ツインテールの少女が腕をかざす―


すると、まるで・・・姿がカッ消えたとでも言わんばかりに、少女二人の姿・・・それが消失してしまったのだった。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―敵陣地にて―

―ノクト―



 俺の名前はノクト。


今回の城攻めの総指揮官を任されている。


今回の相手はユートピム王国というゴミムシみたいな弱小国家だ。領土も限りなく小さく兵士の総数も僅か500程度。


対するこちらの兵力は6万。こんな大軍を動かすなど、正直、兵糧の無駄でしかないだろう。だが、我が皇帝は頑なに大量の兵を投入するという考えを改めようとはしなかった。それだけこの国を買っているのかといえばそうではない、この国を圧倒的な戦力で滅ぼし、相手国にこの国を強大さを見せつけるためだと言っていた。


(はぁ・・・。)


今思い出しても、あの時の皇帝の発言にため息が出る。


 どうして、こんな相手にそんなことをするのか、その理由がこちらの強大な戦力を相手に知らしめて、相手にこちらに背く気をなくすためなのだそうだ。というのも、皇帝はこの国の王女にぞっこんなのだ・・・。皇帝は好きな女を意のままにしたいためだけにこの戦を始めた・・・。


相手を娶りたいなら、同盟でも結べばよいものを、強欲な皇帝は、それを望まない。ただ蹂躙することで掠め取りたいだけなのだ。


「はぁ。」


やる気の出ない戦い。ただただ、皇帝の私欲のための戦い。

 先代皇帝もあの世で嘆かれていることだろう。

 まあ、こんな無理強いを行えるぐらいに先代の戦い抜いた帝国は強い・・・そういうことなのだ・・・ヨンクミ・・・あの方々を有する我がホーク軍に敵なし・・・そういうこと。あの方々が向かわれた農村の民がもぬけの殻であったことを心の中で願っていた。あの方々がどのような行為を取ろうとも、俺には咎める権限はない。


―あぁ・・・―


あと少しで攻城兵器の組み立ても完成する。早いところ終わらせて、帰って風呂にでも入ろう。




―と、―




「将軍!!あちらの城の門が開き始めましたっ!!。」


「何っ!!」


やっと降伏勧告を飲む気になったのだろうか?

俺は双眼鏡を取って、城の城門を注視した。




門が開いたその先には・・・






二人の少女が・・・いた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




――城門付近――


帝国の兵士たちは、陳腐な敵の登場に嘲笑を浮かべておりました。


まあ、それも無理からぬ話でございましょう。


少女の一人はメイド服に身を包み。もう一人は、見たこともないラフな格好。パッとした外見はただの少女でしかなかったのですから。

戦闘ができるとも思えないふざけた格好。

笑わないという方が無理な話・・・というものでしょう。

この世界のどこに甲冑も何も着けずに戦に挑もうというアホがいるのか。

ただ、メイド服に身を包んだその人のみは、嘲笑とは対照的に、不敵な笑みを放っております。




「不殺の儀、発動。」




メイドの体を緑色のオーラが覆います。

「マスターからの命で、人への殺生はなるべく避けたいですからねっ☆。」


「・・・無駄な殺生・・・ダメ。」


嘲笑に支配された広場で二人の少女もまたのほほんと話し合います。


「さて、行きますか・・・・。」


と、


一人の兵が明らかに二人をバカにしたような口調で、言いました。


「おいっ、お前らまさかたった二人で何しに来たんだっ?俺たちの夜伽でも手伝ってくれるってのかっ???」


男たちは、全くもって無警戒のまま、橋へと歩みを進めてまいります。


ぎゃはははと笑い声


「夜伽ではないと言ったら?どうなるのでしょうか?」


「おいおいっ、冗談は格好だけにしてくれよ、お嬢さんたち。その格好で???はははっ」


「おじさん達、むさ苦しい男たちだらけの長旅で、久々に女なんかもいいなぁ~って思ってたんだ。」

これは、別の男。にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、城門に立つ二人の少女ににじり寄って・・・。


足を橋へと踏み入れた・・・


その



―瞬間―



―バコンッ―


目にもとまらぬ速さで駆け抜けた攻撃。


―そして、―


いつの間にか倒れている男。


その隣には、いつの間に移動したのか・・・メイドの姿。


兵士は、血は流れておらず、どうやら気絶しているようです。


沢山の兵士がぎょっとした目で、白目で倒れ散る男、いや、その隣に立つ小柄な少女を見つめています。


白目をむいた兵士の隣に立つメイド一人。


眼帯によって隠された左目が布越しにぎょろりと彼らを見渡します。


メイドは、甲冑を含めて、100キロを優に超える兵士をテニスボールでも取るかのようにつかみ上げると、


「返しますねっ。」


仲間たちのもとへ放り投げました。


男たちは、まるでボールのように放り投げられた男をぎょっとした目をしながら、受け止めようとすると、まるで、馬に蹴られたかのような衝撃で、尻もちをついてしまいました。


無理からぬ話です。


甲冑をつけた男を片手で持ち上げ、ましてや数メートル先に投げ飛ばす(この表現を取るには、少女はあまりにも軽々苦やっておりましたが・・・)など、そうやすやすとできるはずないからです。


兵士たちは、今しがた投げ飛ばされ白目をむいている兵士を一瞥しながら、再度・・・甲冑も何も着けていないメイドを見上げました。


若干の砂塵を巻き上げて太陽を背に立つ少女は・・・何故でしょう・・・先ほどにも何倍にも大きく・・・兵士たちの目には映ってしまったのです。


メイドは、不思議そうに首をかしげると・・・


「優しく返したつもりだったんですけど・・・。」


そう言いながら、


―ガキンッ!!―


ガントレットと化していた手甲から刃を展開。


思い出したかのように・・・


「先ほど、夜伽なのかと尋ねられましたね・・・」


爛々と輝く太陽の元、静かな笑みを携えて、


「夜伽かどうかはあなたたちの目で確かめたらどうですか?」


―瞬間―


兵士のうちの一人が、倒れこむ。


鎧には、三本の刃で刻まれた跡。


周囲にあの少女の姿はなく。


―バシュッ―


斬撃の音。


誰かが地面に伏せる音。


「!?!?!?!?」


―バシュッ―


「何がっ・・・何が起きてるんだっ!!」


―バシュッ―

そう言い放った兵士も一瞬後には白目をむいて、倒れこみます。




「にゃはっ!!」




その化け物を目視することなど常人には不可能。


―バシュッ―


斬撃の後には、誰かが地に伏せる音がその場に生まれます。


「遅いっ!遅すぎますよっ!!!」


「おい、誰か、そいつを止めろ―――!!!おい待てっ!こっちに来るな―――!!!」


敵が攻撃に入るモーションに入るころには、メイドの鉤爪の餌食。


相手が何人いようとも、関係などあるはずがない。


あるのは、一方的な攻撃のみ。


あるのは、ただただ、メイドの攻撃のみ。


誰も、その高みに並べるものなどいなかった。


人間たちの攻撃の合間を縫って、繰り出される攻撃の数々。


一瞬後には、バタリバタリと、ドミノ倒しのように敵が倒されていきます。


誰もがたたらを踏む、その一瞬の隙にをつく斬撃斬撃


縦横無尽に繰り出される斬撃斬撃。


目にもとまらぬ速さで、攻撃が攻撃を呼びます。

 

緑色の髪のバケモノは、体に染みついている反射でその都度その都度、最適解と言ってさしつかえないモーションで相手の急所を突いていく。


頭の中の思考されていたのは、疑問符だけだった。


つまり・・・


あまりにも・・・敵が弱い。


メイドは、もはや、笑っていない。


止まる。


見渡す。


こちらに攻撃を仕掛けるそぶりのものはいない。


目視して、確認できるステータス異常は、恐慌。


だが、それ以上に・・・


敵のステータスは、平常時とは・・・何ら変化していない。


それはつまり・・・


メイドは、空を見上げると・・・一言。





「・・・つまらない・・・。」




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




一方、門の方では……

残された、悪魔が一人欠伸をかいておりました。きっと、

ここが戦場であるということを忘れてしまっているのでしょう。

そして、遠方のくさかげから、悪魔に向けて弓を引く兵士一人。

腕が震えているのは、悪魔の相方の能力が並外れていたからに他なりません。


――だが、―


だからこそ思うのでした、あんな化け物が二人もいてなるものかと…


シュッ


離した指、放たれた弓矢。真っ直ぐと敵に近づく矢とそれに気づかない悪魔。

抹殺を確信した狙撃手は、いびつに頬を緩ませる……

自慢の弓で放たれた矢は、グングンと速度を上げて無防備な彼女に近づいていき……

そして、ピタリと静止した。

一見射抜いたと錯覚してしまいそうな構図、されど、よく見ると、彼女の影から伸びた黒い腕が、それを妨げているのがわかる。

唖然とする狙撃手。

バキリとへし折られた弓矢。

影から顔を出す何か。陰から這い出た瞳が、じっと敵を見つめる。 

「ヒィッ!!」

この世ならざる何かを見てしまった彼に、もう次の矢を手に取る勇気は残っておりませんでした。


されど、攻撃対象の少女は、


「眠い……。」

そんな、場違いの言葉を述べて、空を見上げるばかり……

「お腹・・・すいた。」

ひとえにそれは、この場を戦場と認識できなくなるほどに、彼女の歩んできた道が修羅だった……そういうことなのでしょう。



―左手から突如出現した本―



金色の輝きを放ちながら捲れてゆき、


「来て。」


繰り出された魔法陣。


出てきたのは、、、




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―城門より若干離れた遠方―

そこから見えたのは、大きな城門の半分くらいはあると思われる巨大な獣の姿と、その獣に愛おしそうに鼻をこすりつけられているツインテールの女の子の姿。

異形の持つその巨大さが・・・そんじょそこらの獣との格の違いを否応にも知らずにはいられない。

あれだけの異形が、普通の女子に首を垂れるはずもなく、ゆっくりと首をあげた、群衆を見下ろしたその瞳に、一片の情もありはしなかった。

「喰い殺せば良いのですか?」

「無駄な殺生・・・嫌い。」

「されど、痛みなくして、学ぶこと能わず。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・そだね。」

そして、瞬きする刹那の間に、女の子は消え、城門前には、千の生き物が束になろうとも傷一つ付けられないだろう、獣一匹。静かに居住まいを正す。

その目には、”近づけば喰い殺す”、そんな意思が、静かに込められている。

戦場というにはあまりにも静かな場所。

城門前にいる兵士、およそ1万、、、砂塵の舞う、本来血臭の漂う棄世の場所。

されど、城門に近づけるもの、一人としておらず。


「あの・・・悪魔は?」

どこにと言おうとした。

「ミフユのこと、呼んだ?」

振り向く。

遠方にいたはずの悪魔の姿。

―属性付与―

”影”

淀みまどろむ、悪魔の身形。

騎士の本能ともよれる動きで、考えるよりも先に、刀で薙ぎ払う・・・が、剣は、切ったはずの感触もなく、ただ空を切るのみ。

気づいた、異形は、あの獣だけではなかった。


―否、―

その少女に比べれば、あの異形など、ただの一介の獣。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




その光景は、叙述しがたいものがありました。

仲間の影から次々と生えてくる何か。

影は、影の範疇から逸脱し、それそのものが一つの個体として、膨れ上がる。

そこら中から溢れる悲鳴の連鎖。

膨れ、溢れ出た影は、その形容を変え、二つに髪を結んだ、少女の姿となる。

常識ではありえない異常な光景。日常では考えられない、この世の理を逸脱した光景。

即ちそれは、”恐怖”

悲鳴をあげながら、剣を振り下ろす剣士達、されど、例外なく彼らの剣技は空を切り、隊の隊長らしき人が、震える体を叱咤し、声を張り上げた。

「慌てるなっ!!こいつらは、分身!!本物を斬れば、相手は倒せるっ!!!」

「それは・・・答えじゃない。」

一斉に紡がれた言葉。

「どれもが、本物で、・・・どれも、偽物。」

「痛みを知らねば、理解できないなら・・・。」

一拍

「死んでみる?」

紡がれる言葉の数々。

様々な同じ容姿をした悪魔がそれぞれ違う詠唱を紡ぐ。

”多重詠唱”

魔術の中でも、トップレベルの発動難易度を誇るそれは、同じ魂を持つものが複数で行うことで、きわめて精密に、そして正確に、その術が組みあがる。

まるでそれは、聖歌のように聞こえて・・・そして、その本質は、死を紡ぐ歌。

その場にいた者たちは本能で気づいておりました。

”この魔術が完成したとき、俺たちは死ぬのだ”と

震える手で、その影を殺そうと、様々な形で剣を振り下ろす剣士たち。

半狂乱。嗚咽。そして、それでも尚、空を切る斬撃。

一片の狂いなく続けられる詠唱。

綺麗な言霊に相反する光景は、酷い皮肉を体現したかのようでした。

詠唱が続くにつれ、黒々とした文字の羅列が綴られていく。

まるで雲のごとく、されど雲にはあらず戦場に吹く風は、いつの間にか爆風となり、もはや剣を振り上げることさえもできない。

半数の詠唱が止まる。




そして・・・




―繧ォ繝ォ繝―


それは落ちた。

あっけないほどに・・・一瞬だった。

黒い、巨大な雷が数万の兵士の仮初の命を刈り取るのは・・・。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




倒れている仮死状態の一万の兵士。

それと同じ数の影でできた悪魔。

その半数は、敵を倒した後だというのに尚、詠唱を続けておりました。

倒れた人々の影の上で詠唱を続けるその姿は、まるで死神。

この世の終わりを象徴するかのように、それは紡がれる。


ただただ、紡がれる


―繧ィ繝ェ繧ッ繧ケ―


一度死した骸の山が再び、その鼓動を始めた頃には、もう、その城を攻めようと思う兵士は、一人としていなかった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―敵陣地―

―ノクト―


「・・・。」


俺は、双眼鏡の中に映る光景を心の中で否定しようとすることで精一杯だった。


たった二人によって翻弄される数万の軍隊。


戦とは、数の戦い。


幼少期から学んできた、兵法の初歩。


百の軍勢では千の軍勢には勝てず。


千の軍勢では万の軍勢には勝てない。


だが、今まさに、万の軍勢は、2の軍勢に押されている。


少しづつ少しづつ・・・されど確実に。


いや、確かに戦は数ではない。


数を上回る、力があれば・・・戦は勝てる・・・私はそれを知っている。


「苦戦しているようですね。」


その声にはっと後ろを振り返った。


赤黒い血で染まった剣。


―私は知っている―


何かを切りたくて、小刻みに歪む笑顔。


―戦は数ではない―


「あのものの処理、お頼みしても?」


―どれほどの暴力を有しているか―


「・・・ああ。」


この戦・・・負けたわけではない。


ヨンクミ。


この軍には、まだとっておきの暴力を有しているのだから。


「・・・ねぇ?」


出来れば、この男とは、目を合わせたくはなかった。


「どうされた?ツカサ殿?」


「あのメイド・・・殺した後・・・玩具にしても・・・いい?」


いつの間にか、のど元に突き付けられていた剣に身震いしながら答えた。


「・・・もちろん。」


インチョウは一層ニタリと笑うと、仲間共々敵のもとへと一直線にかけていった。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




その村は、見るも無残な状況でした。


家という家は、燃やされて。


そこにいた農民たちは、何度も何度も切り付けられた跡。


殺すために切られたというよりもむしろ・・・


愉悦のために切り付けられたかのような・・・


「・・・。」


メイドは、その惨状を見て、ただ立ち尽くしていたのです。


―そして―


ビュンとかな切り声を上げて迫ってくる矢。

横目でそれを視認したメイドは、その矢に貫かれるコンマ数秒でハラリとバク中。

通常地面に突き刺さるはずのそれが、地面を陥没させるのを見ながら、ひらりと地面につく。

―瞬間―

突き出されたロングソードを地面すれすれに屈みながら避ける。

避けるのを予見していたのか、今度は、そこに槍が突き出される。

―ガキンッ―

鉤爪で弾き飛ばして、

眼前に弓矢。

―パシッ―

目元すれすれで静止する弓矢。

「えぇ!!矢を取るなんて、反則でしょう!!!!チートチート!!!!」

メイドは首をかしげます。

「・・・?」

―瞬間―

「これでもくらぇーーーー!!!」

まるでゲームでもするかのように背後から少女が大ジャンプを決めて、大きな斧を振り下ろそうとしています。

メイドは、流れるようにそれを躱すと、攻撃を仕掛けた少女は、それを予期していなかったのか、頭から地面へとだいぶしました。

「いたーーーーーい!!!!」

そんな姿を見ながら笑う面々。

「あはははは・・・ばかだなぁ、ジュンナはっ!!」

「だってぇ!!!!」

「・・・?」

メイドは困惑します。この子は、敵に背を向けながら、何故談笑をしているのだろうか?

ロングソードを向ける子も、斧を構える子も動きはまるで・・・

素人のそれ・・・。

「なるほど・・・多少はやる・・・そう言う訳なんですね。」

言葉がした方を向くと、この世界には不釣り合いな、メガネをかけた少年。

「まさか、僕たちの攻撃を全て受け流されるとは・・・。」

「・・・。」

「でも、残念ですね・・・あなた。僕たち、あなたよりも、強いですから。」

自信に満ちた顔。

「あなたたちが・・・強い?」

傾げる仕草。

「ええ・・・そうですよっ!!!なんたって僕たちは、神に選ばれたんだっ!!」

「・・・?」

そのごみのような言葉の続きを聞きたくなくて、メイドが遮る。


「ちなみにですが・・・?」


ここの人々殺したの・・・


「君達?」


「ええ・・・そうですが?」


残虐にほほ笑む。相手に恐怖心を植え込む。


「・・・そう。」


「切り刻むとき・・・楽しかったんですよっ」

「・・・。」

「神に選ばれて、本当に良かったぁっっ!!!」

「・・・。」

「次は、あなたを、僕たちが・・・切り刻んであげますねっ!!!」

「その色の度合いから、君たちがこれを行ったのは、一度ではない。・・・そうでしょ?」

「もちろんっ!」

だけど、恐怖は刷り込まれなかった。

「どうやら君たちはもう、間から・・・外れてしまった人らしい。」

「・・・は?」

まっすぐに相手を見る・・・見下した目。

「眼帯越しに見える君たちの魂はもう・・・人間の色をしていない。」

一拍

「人でないものを殺すなとは言われていない・・・。」

一拍




「君たちは・・・ここで・・・オワリ。」




「・・・何言ってんの?」

メガネをかけた少年の隣にいた少年が、青筋を立てながら、

「殺せるもんなら、殺してみろよっ!!!!!」



―不殺の儀・・・解除―



ロングソードを構えながらかけてくる少年。

物凄く速い


ただの直線的な攻撃。


―バコンッ―

その者に、何が起きたのか、気づくことはできなかった。

気づくと、体は数メートル後方に吹き飛ばされており、神に与えられたはずの甲冑は、大きく陥没。

「・・・。」

誰もが、立ち尽くしていた。

足を震わせていた。

近づけなかった。

忘れていた生物としての本能が・・・近づけば死ぬと教えてくれた。

頭が真っ白になった。


ヨンクミのうちの一人が敵から逃げ出すように、今しがた弾き飛ばされた仲間のもとに駆け寄って・・・

「ウソ・・・タッ君・・・心臓・・・動いていない。」

涙ながらに・・・震え声で、そう言った。

首をかしげるメイド。

殺そうとしたのなら、殺されるのもまた、必然。

「嘘だろ・・・死ぬなんて、・・・聞いてない!!!!」

まるで、僕たち無関係ですとでもいうような被害面。

「・・・俺たち・・・こんな。」

メイドは、顔を上げると、

「・・・次。」


無情にもそういうのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 



戦闘とはつまり、攻撃の読みあい。

へたっぴが馬力のある車に乗っても使いこなせないように。

彼らの戦闘経験では、次に来る攻撃でさえも、予測することができない。

それはもう・・・なんというか・・・致命的で・・・。

「安心してください。」

メイドは、鉤爪で、急所を貫きながら、言った。

「私はあなたたちみたいに、いたぶって殺したり・・・しないですから。」

三人の生徒が吐血しながら倒れる。

戦意を保っている人間が、このクラスの中にあと何人いたのだろうか?

「うろたえるなっ・・・僕たちは、神に選ばれたんです。僕たちがァ・・・負けるわけないじゃないですかっ・・・!!!」

それは皆を励ますというよりも、自分に言い聞かせるような言い方で・・・

疑問を持つ。


「どうして、神に選ばれたと?」


メイドは尋ねた。


「へ?・・・だって・・・あの人・・・自分が神様だって・・・。」


「・・・。」


一拍


「あなたたちは、魂を汚しすぎた。」


一拍


「魂を汚しすぎた者に、新たな命は授けられず、ただ永遠に無の中に閉じ込められる。」


一拍


「あなたたちが出会ったのは、神ではない・・・綺麗な魂を喰らう魂喰。あなたたちは、一時の力のためだけに・・・全てを捨ててしまった・・・。」



―ただの 愚か者 ―


一拍




「違反者には・・・永遠の罰を。」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―委員長―


人を殺めることに何も感じなくなったのは、どれくらい昔のことだったか?


それは案外と早かった・・・それだけは覚えている。


ゲームのボタン一つ押してしまえば、その行為の疑似体験をできる・・・そんな幼少期を過ごしてきた僕たちにとって、初めて実際にしてしまったそれは、遮断機が下りようとしている線路を渡るぐらいの気軽さで・・・。


フラッシュバックする光景。


これが走馬灯というやつなのだろうか?


フードを被り薄ら笑いを浮かべていたその方は・・・


思い出してみれば、


自分が神であると名乗ったことはなかったし、不死の力を与えるとも言っていなかった・・・そんな気がする。


記憶の中に不自然に作られた光景では、神々しい世界で優しく見つめる女神さまが選ばれた僕たちに力を授ける・・・そんなことを言っていたけど。


いつから勘違いしてしまったのか・・・


いや・・・


上書きされてしまっていたのか・・・


―あなたたちが望むなら、不老と、絶大な力を授けましょう・・・―


どうみても、女神さまとは程遠い、ゆがんだ笑顔。


だが、詐欺師ではなかった。


僕たちは、魂の一部と控えに、この転生した世界で、文字通り敵なしのチカラを得ることになったのだから。


だから、その力を向ける方向が、正義なんかとは程遠い、残虐な戦争にあったとしても、まったくもって気にしなかった。


ただ・・・スカッとすれば・・・それでよかった。


―何?対価?安心してください・・・そんな大したものじゃないさ―


舌ずりする姿。


一つの勘違い。


僕たちは、必ずしも・・・・



捕食する側の人間ではなかったということ。


目の前に映る化け物。


震えが・・・止まらない。


魔法という概念が存在しないこの世界で、与えられたスキル。僕の持つ相手の能力値を見るスキルは、レベル以外すべてが、黒く塗りつぶされていた。


・・・勝てるわけがない。


僕は、こんな結末のために、対価を支払ったわけじゃないのに・・・。


―あなたたちの魂・・・そのほんの少しを分けてさえくれれば・・・ね?―


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「思い出して、頂けましたかなぁ?????」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そいつは、俺たちの目の前に、突如、忽然と・・・されど確かに現実として出現していた。




「本っっっ当に!あなたたちには、感謝しているんですっ!!」


浮遊しながら呟く、半分骸骨、半分人間のそいつ。



「あともう少し!!!あともう少しでっ!!!!!私はまた、生者に戻れるっ!!!」


―そうしたら・・・―


「死■!・・・お前を真っ先に!!!!!殺してやるからなっ!!!!!!!!」


フードを被ったそいつは、メイドを睨みつけながら言い放った!!


「そのまま・・・存在しないものとして、いる方が、あなた方のためだと思いますよ?」


―戯言を・・・―


「■神であった、あの頃のお前でないのならば!何も怖がる必要はないっ!!!」


―あのころとは比べものにならないほどに・・・今のお前は弱い!―


「せいぜい、俺たちがよみがえるのに怯えながら、余生を楽しむことだなっ」


ニタリニタリと笑う。


メイドは、動じない。


「あなたたちには、終われるチャンスがあったのに・・・どうして、そこまででも生にしがみつくのか。」


メイド自身は、終わることを許されていないとでもいうような言い草。


俺は、フードの男の前に躍り出た。


「どうされましたか?」


僕は、震えそうになる手をごまかしながら、


「取引をしよう。」


「取引・・・?」


半分骸骨のそれの目が、細くなる。


イチカバチのかけ。


「あいつは、あなたにとっての憎き敵・・・そうだろ?・・・」


「・・・?」


「対価は支払う、僕たちに・・・あいつを倒せる力をくれっ!!!!」


しーーーん・・・。


「あなたたちが・・・あれを・・・倒す・・・・?」


「そうだ。」


あは・・・


あはははははは


あはっははははあっははははは。


「あれを倒すっ????一度たりとも“世界”を渡れていない君たちが・・・■■を倒すだってぇ・・・・アハハハハハハ。」


冗談はよしたまえ。


「なんかもう、滑稽すぎて・・・・・」


一拍


「教えてあげましょう。」


一拍


「あなたたちにできるのはもう、しょんべんをちびらせながら・・・ただ逃げ惑う・・・これだけですよぉ。」





まぁ・・・がんばれや。





そう言い残すと、そいつは、まるで存在がないとでもいうように掻き消えたのだった。


―そして・・・―


メイドが・・・


こちらを向く。


「「「「!!!!!!」」」」


果たして、誰が先だったのか、俺たちは、まるで巣穴を壊されたありのごとく。八方に散って・・・


ただひたすら・・・逃げた。



もうそれしか・・・



生き残る道は残されていなかったのだ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




「弱い・・・か。」


メイドは、一人ぽつりとつぶやきます。


四方八方に散り逃げ出す転生者たちには目もくれずに。


「・・・確かに・・・この貧弱な体では・・・あの者たちに勝つことはできないかもしれませんね。」


でも・・・今の私は・・・私一人だけではない。



弱いのならば、強い魂で戦えばよい・・・。


『存在せぬ、強き者たちよ。もし私に勝てるとおごっているのならば・・・思い上がりも甚だしい。』


「それでも尚、戦う意思があるのであれば、いつでも相手になりましょう。」


あなた達じゃ・・・“私たち”には勝てない。











―ソウルチェンジ―







☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―ノクト―


「・・・なにが・・・起きた・・・?」


一瞬。

一瞬の出来事だった。

ヨンクミ・・・彼らを含む六万の軍勢・・・それが・・・味方陣地にいる味方を残して・・・









全滅していた。





一瞬で・・・全滅した。


皆が・・・地面に伏せていて・・・。


ピクリとも動こうとはしない。


「そんな・・・ばかな・・・。」


頭に浮かんだ考えはただ一つ。


―逃げなくては・・・―


あれは・・・人が手を出していい・・・そういった存在ではない。

砂塵ただよう地には、メイドが一人。

そのシルエットはポニーテールのあの女ではなく・・・

「誰だ?・・・あいつは。」

・・・はやく・・・


「逃げなくては・・・。」


木につないである馬に視線を移そうとして・・・


「にゃあのこと・・・呼んだかにゃ?」



振り向いた・・・その視界に映ったのは・・・・


太陽の光をギラギラと反射する、鎌だった・・。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―数刻後―


「本当に・・・勝ってしまった・・・。」


目の前には気絶している敵の将軍がこれでもかというほどに、縄でぐるぐる巻きにされている・・・。


城の外では、予想などしていなかった自軍の勝利を祝って祝勝会が、これでもかというぐらい盛大に行われていた。


ただ、その喧騒を聞いてもなお、私はこの国の勝利というものを実感できずにいた。


「味方・・・しばらく置いておく・・・・だから安心。」


少女、もといミフユさんがそう言う。


城の外では、巨大なオオカミがが、城壁の近くで鎮座している。


私は振り返って目の前の恩人に頭を下げる。


「本当にあなたたちには、なんとお礼を言ったらよいか・・・」


どのような言葉を尽くしても・・・どのような褒美を与えたとしても、この成果に見合う何かは見繕えそうにないのだけども・・・


「いえっ、お礼を言うのは、まだ早いですよっ!」


「・・・あふたーさーびす。・・・・お姫様・・・・運がいい」


「え?」


「まだ・・・仕上げが残っていますから。」


そう言うと、二人は城の外へと姿を消した。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




虫の音のみが支配する夜のとばり、人目を忍んで、一匹の獣人がとある城に降り立ちました。


「にゃはっ!!」


ゴシックに彩られたその城には、当然多くの巡回兵が徘徊しているわけなのですが、その視線、視線の隙間をぬって猫耳メイドがどんどんどんどん城へと近づいていきます。


「むー・・・扉がないにゃ・・・・・。」


敵の侵入防止のためでしょうか・・・正面以外の入り口は・・・ぱっと見だと見当たらないようです・・・。


猫耳メイドはシュタッと飛び立つと、レンガの隙間隙間を器用に飛び移っていき、あっという間に2階の屋根部分に降り立ちます。


ゴシック建築らしく、尖塔に伸びたお城の上層部は、相当高くそびえたっているように思われるのですが、そんな巨大な城をまるで荒野を駆けるようにするすると上がっていく猫耳メイド。


「む?・・・・あいてるにゃ!!」


何事もなく、そのメイド、城の内部へと侵入していくのでした。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




― 一方そのころ ―


城の最上階で悲痛に叫ぶ者、一人。


「無能!!無能すぎるっ!!!数万の兵で、まさか数百の敵を倒せぬとはっ!!あの将軍は帰ってきたら、死刑だな!!!」


ぐさりぐさりと何度も何度もフォークを食事であるはずのお肉に突き刺します。


ぷっくりと太りに太った男・・・もとい、帝国の最高権力者・・・つまり皇帝が独り言というには、あまりにも大きな声で、誰にともいうわけでもなく怒鳴り声をあげていました。


「ああっ、腹立たしい!!、朕の顔に泥を塗るとはっ!!!、特注で作ったベッドが、今日は使えんではないかっ!!!!」

皇帝の寝室には、一人で寝るには大きすぎるサイズのベッドと、拷問器具のような・・・用途不明の道具が眠っています。

「くそっ!!どうして朕のような強者があんな弱国に負けねばならんのだっ!!」

―と、その時―



「にゃあが教えてやろうかっ?」



「!?」


振り返ったその先には、癖毛の赤髪をした猫耳メイドが不敵に笑っていました。


「それはっ、お前が弱いからにゃっ!!」


食事の間に誰かが入ってきたことに、驚きと怒りが湧いてきます。


「お前は誰だっ!!朕の食事中に話しかけるなど、万死に値するぞっ!!!」


「ふ~~むっ・・・万死・・・かにゃ?お前ににゃあは殺せないにゃっ!」


ケタケタケタケタと笑う猫耳メイド。


「もう一度言ってやろう!お前は弱いから戦で負けっ、そして、いずれこの国を亡ぼすことになるのにゃっ!!」


喚き散らす皇帝。


「朕は弱くなどないっ!!大陸の大半を手中に収め、欲しいものはすべて手に入るっ!朕の命に逆らうものはすべて殺し、常に朕は必勝滅裂っ!この世界のだれよりも朕は強いのだっ!!!」


再度ケタケタケタケタと笑う猫メイド。


「よく周りを見てみろっ!お前は敵の前だというのに、甲冑も身につけず、武器も持たず、無防備なままただ座っている。お前は今どのような状況に置かれているのか、本当に分かっているのかにゃっ!?・・・・おおっとすまない、その手に持っているナイフとフォークが、お前の武器かにゃっ!?お前みたいな雑魚にはお似合いの武器だにゃっ!!!!」


―ケタケタケタケタ―


青筋をこれもでもかと浮かべる皇帝。


「言わせておけば・・・おい!!!兵士どもっ!!敵だ!!今すぐこいつを八つ裂きにしろ!!!いやっ、こいつの腕と足を引きちぎって、朕のベッドに運んでこいっっっ!!!!!」


――・・・しーん・・・――


「おいっ!!!朕の言葉を無視するとはっ何事だっ!!!万死に値するぞっっっ!!!」


――・・・しーん・・・――


それをさもおかしそうに猫耳のメイドが笑いながら見ています。


「なんだぁ?お前は敵国の姫の代わりににゃあでも襲おうとでも思ってたのかにゃ??そんなのできるわけないにゃー。」


「・・・。」


「不思議そうな顔をするにゃー。そりゃまあ、にゃあが近くにいた兵士は倒してしまったから、誰もお前を助けになど来ないにゃっ!!」


皇帝は驚きながら、


「なっ!・・・ちんのくっきょうなこのえへいたちを!?!?・・・そんなバカなっ!?!?!?」


「お前はほんとにバカだにゃあ!!」

一拍

「お前は知っているのか?お前の座を狙っている家臣がどのくらいるのかを!この国から独立しようとしている領主がどのくらいるのかを!お前に恨みを持っている民がどのくらいいるのかを!・・・まぁ、お前みたいな低能が、知っているわけないにゃぁ!!」


「お前っ!こんなことしてどうなるか、分かっているのかっ!!」


「どうなるのにゃ?弱いお前が強者であるにゃあに何ができるというのにゃ?お前にできることといえばっ、ガタガタと震えながら助けを乞うことぐらいだにゃっ!!」


「そ・・・そんなこと・・・あるはずないっ!」


「アハハハハ!本当にガタガタ震えてるにゃっ!!面白いにゃっ!!にゃあはな?お前みたいなただの境遇を自分の能力だと勘違いしているバカタレをぶち殺すのが、大好きにゃ!!!!」


そう言って皇帝に近づいていくメイド。


”ひっ”と叫び椅子から転げ落ちる皇帝はそれでも、


「お前・・・朕に何をするきだっ!?」


唇をわなわな震わせながらそう言います。よく見ると、股のあたりが濡れているように見えます。


「安心しろっ!!さっきのは冗談、冗談ッ冗談にゃ!!本当に殺したりなんかしない、考えてもみろっ!しょんべんちびらせてるようなお前を殺しでもしてみろ、ただただにゃあが不名誉なだけじゃないかっ!!にゃあは、お前ほどばかじゃないにゃっ!!!!替わりにこれからお前のような豚にお似合いな豚箱にご案内してやるにゃっ!!!」


一拍


「こいっ!ザクロッ!!!」


メイドの手に大きな鎌が出現します。


どす黒く光る大鎌を見て、これでもかというぐらいに皇帝はぶるぶると震えています。


震える体のまま、四つん這いで逃げようとしますが、体が動きません。


「お前に逃げることを、許した覚えはないにゃっ!!」


皇帝の前に移動


大鎌を振り上げます、


―が、―


「にゃ?」


一拍


「・・・おい。」


一拍


「ふーむ・・・。」




鎌を降ろします。


「切る前に・・・気絶しちゃったにゃ・・・。」




一瞬猫耳が垂れます。


「まあ・・・いいか。」


猫耳メイドは、大きな袋に適当に皇帝を放り込むと、


「あばよぉぉ~~~~~~。」


そう言って、城を抜け出し闇夜に溶けていったのでした。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




「これは・・・夢でしょうか・・・?」


目の前には皇帝(もちろん縄でぐるぐる巻き)が気絶したまま横たわっています。


「この人を交渉材料に使えば、きっと停戦協定を結べるはずです。」


「使い魔・・・・・・しばらくここに置いておく・・・敵が来たら・・・使って。」


私にはあるはずのないと思っていた未来が・・・今目の前にありました・・・。


「本当に、あなたたちにはなんとお礼を言ったらよいのか・・・。」


涙で視界が潤む私を、メイドの少女は笑顔で返します。


「お代は既に頂いているので大丈夫ですっ!」


「ちなみに・・・おいくらだったんですか?」


この人たちを雇った人にも感謝を伝えなければ・・・




「1000ルーロですっ!!」




「やすっ!!」




「ルールだから・・・仕方ない。」


ルールとは一体・・・?


その後しばらく談笑した後、二人の少女は去っていきました。


 この御停戦協定を結んだ我が王国は、その後他国との同盟を結んだあと、最終的に帝国を打ち破ることになるのですが、それはまた別の話。

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