第43話 イルダとラズロル

 ソファに向かい合い、酒を飲む。

 ジョコダの名産である蒸留酒は度数が高く、よほど酒に強い者でないとストレートで飲むことはない。


「初めて飲むが──なかなかに美味だな」

「ラズロル殿は、酒に強くていらっしゃる」


 互いにストレートで飲みながら、笑う。辛口でさっぱりとした口当たりだ。


「メイアルンでは収穫祭が終わった頃でしょうか」

「ええ、先日ちょうど終わりました」

「ラズロル殿もそちらに?」


 イルダが片目を細めて尋ねる。意図に気付き、ラズロルはあえて明るく声を出した。


「エリアノア様は、それはそれはお美しかったですよ。あの方の祈りの声に、女神もかくやかと思いました」

「私も王都で拝聴したことがありますが、まさにその通りですね」


 エリアノアへの賛辞が続く。そうしている内に、イルダがぽつりと言葉を漏らした。


「ラズロル殿もやはり、エリアノア様を」


(軽率な男だ)


 確かに共に大きな捕縛を行ったが、あくまで共同戦線。心の内を軽率にはかろうとするイルダを、ラズロルはグラスを傾けながら、目を細めて見遣る。


 現場の指示は完璧。部下への指示も的確で、威厳もある。だが、己以上の家格の者への甘えが見え隠れするところが、瑕だ。


(結局は、第一王子の暴走を止めることができなかった男、だな)


 ラズロルのイルダへの評価は厳しかった。だが、それをおくびにも出さず笑う。


「エリアノア様はお美しい。そして子爵としても、十二分にメイアルンという領地を治めていらっしゃる」

「ラズロル殿」

「崇敬しておりますよ、私は」


 エリアノアへの好意を、彼女の前やその周辺では隠さずにいたが、それを今この状態でイルダに知らせる必要などはない。

 如何様にもとれる言葉を舌で転がし、ラズロルは酒を口にした。


「もしも私がエリアノア様を恋い慕っていたら、貴殿はどうされるつもりでしたか」

「は、はは。そう返されてしまうと、困ってしまう」


(この男は、彼女にとって毒にも薬にもならない……というよりも、毒にしかならないな。近付かせずに駒にするのが良いか)


 穏やかな表情を浮かべ、イルダを観察し続ける。


「──これから先、貴殿はどちらに?」

「一度、王都に戻ります。彼ら五人の収監を見届ける必要があるでしょう。それを陛下にご報告いたします」

「それがよろしいでしょうね」

「ラズロル殿は」

「私は──一度、メイアルンに戻ります。この街の顛末を、直接ご報告しなければ」

「左様でございますか。それでは……」

「失礼いたします」

「なんだ、どうした」


 脇で控えていたジョルジェが、扉の外からの声に反応する。


「先の咎人とがにんより入りました情報で、危急のご報告がございます」

「構わん、入れ」


 イルダの声に、扉が開く。


「ダルシュ夫妻、及びグイナス・エイルの三名それぞれより同一の証言が取れました。首謀者はザークエンドル・グリニータ伯爵、共謀者はホルジュ・ムールアト伯爵、ミランズ男爵、ザルフェノン男爵。手引きはザルフェノン男爵夫人とのことにございます。一同は第一王子を戴き、王と為さんと申しております。すでに第一王子はかの者たちの手にあると」

「馬鹿な」


 イルダが声を荒げる。


「イルダ殿?」

「サノファ殿下は確かに愚かであったが、よもや」


 声を荒げるばかりのイルダをラズロルは軽く見遣った。


(無能だな)


 罪人への尋問をしている中、部下に見せる姿ではない。ラズロルは静かに彼の能力を分析し続けていく。


「……ザルフェノン男爵夫人が手引きを、とのこと真か」


 ラズロルの言葉に、報告者が頷いた。


「おそれながら、三名ともそれぞれが述べております。また、グイナス・エイルに於いては、かの毒婦によりこの地へ武器を持ち込んだとも」

「なるほど」


 薄っすらと笑いながら、ラズロルが言葉を流す。


(第一王子は、最終的には嵌められたわけだ。まぁ、己の行動が全てを導き出したのだが。情けない)


 サノファの逃走がここにきて判明する。王家が隠していた為、ラズロルたちにも情報が届いていなかった、とすぐに彼は判断した。

 取り調べに当たった者たちへ緘口令を出すよう指示する。


「さてイルダ殿。これをもって、貴殿は第一王子への忠義如何んとする」

「知れたことです。私の忠義は元よりこの国へのもの。それを揺るがすならば、例え元の主、第一王子であろうとも刃を交わらせるつもりでございます」


 強く握るこぶしが震えていた。幼いころから共に育ってきた相手だ。長く主として仕えてきた相手だ。ただ共に歩く道を分かつだけであればこそと、思えども。だが、それも自身が生み出した機会が、発端になっていたかもしれないのだ。


「報告大義であった。引き続き尋問を」

「は」


 ラズロルの指示に短く答え、報告者は再び尋問へと戻る。扉を閉め、静寂を取り戻した部屋で、イルダがどさりとソファに沈み込んだ。


「私が──私があの時に、手紙を渡さなければ」

「過ぎたことを言っても仕方があるまい。第一王子は──ミレイ嬢とあの仲になった時から、道を違えていたのでしょう。全ては王位継承権第一位という立場を忘れた自身の責任だ」


 ラズロルはイルダに優しく囁く。


「貴殿が犯した罪は──今から公爵家に、王家に、返し続ければよろしい」


 ゆっくりと心に忍び入る。そうして、イルダの心を束縛していく。正しく裏切らない駒を作る為に。

 ここに来てラズロルの貴族然とした一面を見たジョルジェは、どこか安堵していた。


(この方になら、エリアノア様をお任せできる)


 今までのような、優しく、判断力があるだけの彼であっても、エリアノアの片腕として、無論任せるに足る男だと思っていた。だが、下さなければならない判断を、こうして冷徹にこなすことができることが、権力のある人間にとって、どれほど必要なものか。

 それをエリアノア一人に行わせるのではなく、むしろ自ら進んでその手を汚すことを厭わない。そうした人間であることを知り、静かに喜びを覚えていた。

 部屋の沈黙を崩したのは、イルダだった。


「ラズロル殿」

「はい」

「私は──今より王都に向かい、陛下及び公爵閣下にご報告申し上げたいと思います」

「それがよろしいでしょう。私もすぐにメイアルンに戻ります。を守らなければね」


 その言葉に、イルダは全てを受け入れ、深く臣下の礼を取る。


「……御前、失礼いたします」


 一言告げると、部屋を辞していった。

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