第47話 身体を返して

 男はそのあとは何も話すことなくただ黙って飛ぶ。


「もうあの村に用はない」


 そう言うと、村に火を放った。


「…………」



「火が、誰か……」


「ああぁぁあっ」


「ママーーーー!!」


 周りを火で覆われ、叫ぶ悲鳴が聞こえる。


 人間を助けるつもりなんてないけど、そうね。この男の思う通りになるなんてなんだか癪しゃくだわ。


『消えなさい』


 残り少ない魔力だが、村中が光に包まれると火が消えたようだった。



「…………なんだ、お前聖魔法使いか!?」


「何を言って……きゃぁっ」


 男はつかんでいた腕を急に離すと、地面に向かって突き落とされる。


「〜〜〜〜っ!?」


「リア、遅くなってすまない」


「どうして……それに、えっ? ケロベロ……ス?」


 ケロベロスは真っ白な姿に変身し、オリバーを連れてきたようだった。


 なるほどね、ただ、逃げただけならオリバーに恨みをかうって判断したのね。だけど、どうして? オリバーはもう私のところへは来ないはずなのに。



「君の……幻術はとても素晴らしかったが、あれはどういうつもりだ? さよならだと? そんなもので俺を引き離せると思ったか?」


「それは……術を破ってきたってこと?」


「いいや、まだしっかりとかかっているだろうな。だが、甘い。勇者だとか関係なく俺は君を思っているからな」


「…………」


「君が俺から離れたり、1人で出て行ったってことは、俺の片想いなんだろうが、関係ないな。俺より強いやつが現れるまでは離れな……」


 そのままオリバーが話終わる前に、口づけをする。


「い……」


「もう離れないでいいわ。私も、好きよ」


 オリバーが何か返事をしようとした瞬間、上から火の球が投げれる。


「伏せろっ」


 オリバーは聖魔法で光を出し剣で叩き割る。


「お前もか。まさか勇者一行? あの女、我を騙したのか……まぁいい。あの方の元にお前らを連れて行くわけには行かない」


 火の雨が降り注がれる。


「オリバー!!」


 剣でさばききれない矢が彼の腕や脚を貫く。


「問題ない」


 聖魔法を使えるようななったと言っても闘いながら何度も出せるほどの経験はない。不利すぎる。


「面倒だな。リア、任せていいか!?」


「え、何を……」


 ケロベロスがオリバーの指す岩場へと降ろす。まさか、以前の闘いが私のおかげだと思っているの!?

 違うわ……あれは、あなたが自分で出したのよ。今までのも全てそう。誰かの聖魔法がたまたま私の望むタイミングと同じだっただけ。だって、大聖堂では白い光なんて出なかったもの。でも、私の力だと信じてあの男に向かっているなら……


「ダメよ!! 私は……聖女じゃないのよ!!!! 聖魔法なんて、使えないの!!!!!!」


「リ……」


「何?」


 男が先に反応する。


「聖女ではない? ふん……なら問題ないな」


 その隙に、オリバーが上から剣を振り下ろす。


「お前はいらない」


「っ!?」


 剣が燃やされ使いものにならなくなる。その火はオリバーごと包みケロベロスごと火だるまになる。



「オリバー!?」


「よく分からんが、聖魔法が使えないのだろう? 先ほどのも、あの男の魔法か……なら、お前の魔力は遠慮なく頂こう」


 一瞬にして魔法陣を作ると、髪をつかまれ引きずり込まれる。


「いやっ、あっ……」



 気づけばそこは、標高の高い山にいた。雲が下に見え、嫌でも分かる。魔王の気配だ。


 元お父様がいるのね。


 だが復活はしていない。魔力の揺れで分かる。やはりまだ足りてないのだ。



「痛いわ、ちょっと……」

 

 そのまま髪をひっぱられ、引きずられるように連れていかれる。そこには、魔族が2人いた。1人は……


「っ!! ニーロン?」


「お前はっ!! なっ、なぜこの女を連れてきた!?」


「その女が待てと言った村に現れたんだ」


「そんな……」


 ニーロンは頭を抑える。正確には片手だけで。オリバーとの闘いで失った腕は元に戻っていない。聖魔法で受けた攻撃は魔族の再生能力を奪うのだろう。毛根を失ったはずの頭には、以前同様美しい緑の髪の毛があるが、どうやら偽物の髪を被っているようだ。


「!!」


「ダメだ!! ミリアちゃん!! この女は危険だ!! それに魂が……ありえないが、魔族なんだ。危ないめにあっちゃうよ」


 ミリア? この女が!? 確かに顔はこんなだった気もするけど、イメージが変わった?……格好だっておかしいわ。


 二股をかけていたゼビアの名を出すのをためらっているのか、ニーロンは正体を言おうとしない。だが、それ以前に目の前にいるこの女には違和感しかない。魔族が好まない真っ白な服装をし、にこにこと笑顔をふりまいている。


「大丈夫ですわ。それより……彼女とお話させて下さい」


 女はニーロンをなだめ、1人で近づいてくると嬉しそうに手を取り、小声で話しかけてくる。


「ふふっ、私の身体。気に入りましたわ」


「離しなさいっ、あなたは一体……」


「私わたくし? 私はミリアですわ。まぁ、この身体がといった方が正しいですわね。本物のミリアが魂の魔術を使ったせいで、私まで巻き込まれて……迷惑極まりないですわ」


「本物のミリア? どういうこと? あなたはそんな高等魔術使えるはず……」


「ですから、前のミリアがあなたが魔王に魔力を吸収された時、その力を横取りして禁忌の術で転生をはかったんですわ。あの緑髪男に振り返って欲しくて、魔王の娘、ゼビル姫になろうとね。全く、そのせいで本来聖女になるべき私の魂がこの身体に入ってしまうなんて……」


 つまり、ミリアの身体に聖女の魂が入ってて、本当はこの身体、リアになるのが彼女だったってことなのかしら。もしそれが本当なら、魔王の復活に魔力が足りなかったことにも筋が通るわね。でも……


「どうして、あなたがそれを知っているのよ?」


「この身体の記憶ですわ。ですから、神で使える聖魔法で、神のお告げを聞いて、あなたをここまで連れてきてもらったんですわ」


「ならミリアはどこに行ったのよ?」


「さぁ……ゼビル姫の身体が消滅して別の身体へ転生したんじゃないかしら。魔力が弱いから記憶まであるか分からないけど……」


 そう言って握っていた手に力を入れてくる。


「私の身体、返してもらえますわね?」

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