第32話 ようこそジェダ国へ


 オリバーの用意した寝床のおかげで、地べたをはいずり回る虫の心配をせずに眠ることが出来た。


「んっ、もう少しで日が昇る頃ね」


 あいかわらず火の番をしていたのか、オリバーは焚き火の近くで休んでいる。もう少し寝かせてもいいだろうけど、暑くなる前に出発した方がいいわよね。


「オリバー、起き……」


 近づいてみると、リリアが側にいることに気づく。


 確か、昨夜はスープを飲んだ後にもう休むと言って先に寝ていたと思っていたんだけど……


「んっ……」


「あら、おはよう」


「あぁ、リア。おは……っ!?」


 一瞬、惚けたような笑みで挨拶を返そうとしたがすぐに自分の横でリリアが寝ていることに気づく。立ち上がるように勢いよく離れると、もたれかかっていた姿勢を崩したリリアも目を覚ます。


「きゃっ、ここは……あっ、オリバー様……と聖女様、おはようございます」


 ん? 変な間をおくのね。なんだかついでみたいな挨拶をされた気がするけど。


 オリバーは気づくとこちらにくっつくように立っている。それを見つめるリリアの目は笑っていないように見える。



「……あぁ」


「……木の幹で眠っていたんじゃなかったの?」


 別に気になったわけじゃないが、彼女が移動したことに気づかなかった。小娘の動く気配を感じとれないほど深い眠りについていたなんて、もう少し気を引き締めないといけないわね。


 オリバーが火の番をしてくれていることに気を許してしまっていたのだろうか。コードと山ごもりした時なんて、彼がこっそり用を足そうと立ち上がっただけですぐに目を覚ましていたっていうのに。


「えぇ。1人で寝ますとどうしても昨日の光景が頭をよぎりまして……ご迷惑かと思ったのですが、火のそばにいますと安心して、つい……」


「そう。でも寝ている彼に不用意に近づくのは危険よ。下手すれば寝ぼけて切られるかもしれないわよ」


 冗談だと思われたのか、リリアは少し驚いたように目を大きくしながらも、口元をおさえ笑っている。


「まぁ……ふふ、今度からは気をつけますわ」


「今日中にジェダ国に着けるはずだ……」


 残ったスープで簡単に食事を済ませると、荷物をまとめ、ジェダ国に向かって出発する。元々早足だったが、今日はいつもよりもかなり速い。まぁ、私はついていけるけど。


「ちょっ、ちょっと待ってください。砂に足を取られて、きゃあっ」


 まぁ、そうなるわよね。


「っうぅ、いたっ……」


 このまま泣かれても面倒ね。それに、怪我なんてさせたらお礼ももらえなくなっちゃうじゃない。


「ねぇ、オリバー。さすがにこのペースじゃ追いつかないんじゃない?」


「……あぁ」


 いや、動きなさいよ? 彼女と話すほどオリバーの態度が冷たくなる気がするのは気のせいだろうか。もしかして、この娘が好き、なの!? 前にコードが言っていたわ。人というのは思っている感情とは別の行動を取るものだって。そういえば、シシアに冷たくされているのは自分だけだって、なぜか自慢していたような。


「ねぇ」


 オリバーに小声で聞こえるよう近づく。


「っ!?」


 よく見れば顔が赤い。


「もしかして、照れてるの?」


「当たり前だろうっ……急に……何を……」


 やっぱりそうなのね!? 彼女に好意を持っているのね。でも、そんな態度じゃ逆効果じゃないかしら。オリバーの態度のせいであの娘の機嫌を損ねたら意味ないじゃない。


「昨日みたいに彼女を抱えてあげたら?」


「えっ」


 真っ赤だった表情からすぐに眉をひそめる。

 

「彼女、砂地に慣れていないみたいだし、このままだと今夜も野宿になるかもしれないわよ?」


「……いいのか?」


 もしかして私が歩くことに遠慮していたのかしら。問題ないって何度も言ってるじゃない。


「私は大丈夫って言ってるでしょう」


「…………」


 それ以上は何も言わず、座り込むリリアの方へ行くと、先に断りを入れ抱えあげる。


「ありがとうございます」


「…………」


 熱心に見つめるリリアとは異なり、オリバーの方は無言のようだが、これで今日中には入国出来そうだ。


 あら? さっきよりも歩調が少し緩くなったような気がするわね。あの娘を抱えたからかしら? まぁ歩調が合わせなくなって都合が良いけど。




「あっ、あれです。門番の方と先に話してきますわ」


 ほぼ休みなしで歩き、日が暮れる頃ようやくジェダ国にたどり着く。



「良かったわ、予定どおりね」


「そうだな」


 心なしかほっとしたような顔をしているところを見ると、やっぱり緊張していたのかしら? 昼食も携帯食をほぼ歩きながら食べた時には驚いたけど。まぁ、公爵だものね。やっぱり今日はベッドで横になりたいわよね。


 門番から入国書類をもらってきたリリアが笑顔で戻ってくる。


「お待たせしました。今日は遅いですし、是非うちに泊まっていってください」


「えぇ、お願いす……」


「いや、彼女は聖女様だ。先にこの国の司祭様と話をしに行く」


 えぇっ、明日でもいいじゃない……でも、確かジェダ国って大聖堂がある信仰の大きな国だったわよね。司祭の力は国王よりも強いって、コードが言ってた気がするわ。仕方ないわね、今夜はご馳走にありつけると思っていたんだけど……



「うふふ、でしたらなおさら我が家へいらっしゃる必要がありますわ」


 門番から連絡を受けたのか、馬車を率いた衛兵がやってくる。


「リリア様!! ご無事で何よりです。大司祭様がお待ちでございます」


「大司祭様?」


「えぇ、改めてご挨拶を。父に代わりまして歓迎致しますわ。ようこそジェダ国へ」


「あなたの父親って……」


「はい、ジェダ国大司祭である、ダウトン司教です」



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