第6話 ひれ伏しなさい


「勇者だと?」


 私より先に王が反応する。書を慌てて手に取り、自分の目で確認しているようだ。


「…………勇者には、国を挙げて多大な褒美を与え、各国から特別待遇の権利と希望する領地が与えられたはずだ。それに……随分と年上になるのではないか?」



 明らかにいつもよりも声が低い。淡々と話しているが、その予言に怒りすら感じているのが分かる。


「いえ、陛下……新たな勇者でございます。おそらく、王女様が聖なる力を持たれているということは、どこかで勇者の力を持つ少年が今後現れる、ということなのでしょう」


 コードは思ってもいない王のリアクションに慌てて説明する。新たな聖女に、新たな勇者……それは魔王の復活が遠くない未来だと意味するが、この国の希望を願って予言したことでもある。


「それに、王女様は王族が代々授かる特別な力に加え、聖女の力も合わせ持つ歴史上1番の聖女様であらせられます!! この国の、リア様の未来は明るいはずです」


「なるほど……しかし、王女はまだ1才になったばかり、先の話など考えすぎではないか」


「陛下、落ち着いてくださいませ。この予言はリアへの祝福の予言でございます。私が陛下と結ばれ幸せなように、勇者様ならリアをきっと守ってくださいますわ」


「むっ、うぅ。まぁ、確かに、聖女の力と王家の能力を持つ娘につり合うのは、勇者レベルでなければ到底許せぬだろうが……」

 

「ふふ、それに、まだまだ先の話でございますわ」


「あぁ、そうだな……」



 いやいやいやいや!! 何丸く収まった感じになっているのよ!!!! 勇者との結婚ですって!? 今回ばかりはごねる王に全力で同意するわ!! 勇者だなんて、考えただけでも鳥肌が……もっと反対しなさいよ!! こうなったら、成人するまでに何が何でもこの国をのっとり、魔王の復活を成し遂げてみせるわ。



「あだだ、ぶーーーーーーっ!!」


「まぁ、リアも喜んでいるようですわ」


「王女様……そのように反応して頂けるなど、光栄でございます」


「むぅ……うっ、ごほんっ。では引き続き、パーティを各自楽しんで過ごしてくれ」




 全ての魔力を捧げ贈られた祝福の予言を先に出され、自分たちの用意した今回のプレゼントの品に気まずそうな来賓たち。


――困った……正直、リーグ国にもう力はないと見くびっていたぞ。


――まさか聖女様だなんて……


――あのような捧げものをされたあとでは、大抵のものはかすんで見えても仕方ないのでは??




 嫌でも聞こえてくる周りの声に、いい加減うんざりする。人間も結局実力争いってことね。王の能力を使い果たしたこの国は、初めからどう乗っとろうか探りで来たって感じかしら……あら?? あれは……


 各国が持参したプレゼントを渡そうと並ぶ列の中に、特別異様な気配を出すものがある。



「…………」


「王女様、どちらへ?? 何か気になるものでもございましたか??」


 侍女のシシラが声をかけるが気にせずその箱を持つ者へと向かう。


「これは……リア王女様に興味を持っていただき至極光栄でございます……聖女様でもあらせられるとは……なんと、運の良い……」


 大きな箱に入れられ、中は見えないようになっているが気配で分かる。これは……


「リーグ国は唯一、魔王討伐戦で大きな被害を受けなかった……にも関わらず……隣国である我が国への支援があの程度で十分だと?? 聖女であるあなたがいなくなれば、この国はもう立ち直ることなど出来なくなりましょう」


 そう言うと、ぶつくさと喋っていた態度を豹変させ、箱の中身を一気に開けてきた。


「リア様!!」


 封印の箱から飛び出してきたソレは、小さな箱に無理やり閉じ込められた怒りからか、目の前に立つ王女の喉元をめがけ噛みつこうと飛びついてきた。



「きゃああああっ!!!!」


「王女様ーーーーっ!!!!」



 甲高い悲鳴に、王女を助けようと飛び出す護衛たち。だが、小さくても上級魔獣のソレに人間が敵うはずない。



『ひれ伏せ……』


 ソレの動きが一瞬で止まる。


『私が誰か、分かるな……』


 前回の下級とは違う。おそらく勇者たちに本体を倒された時、核を破壊される直前にその一部を回収され閉じ込められていたのだろう。ケロベロスは再生する。ゆっくり時間をかけ、極度のストレス下でその毛並みは真っ白になっている。


『……もう一度言う、お前が噛みちぎろうとしている相手は誰だ……』



「っ!! きゅううぅぅん」


「「「っ!!!!????」」」



 会場中が騒然とする。先ほどまで敵意をむき出しで襲いかかっていた魔獣が、急に甘えだしたのだ。



 ふふ、久しぶりね。ケロベロス……私のこと気づいてくれたのね。私もまた会えて嬉しいわ。




「そんな……」


 逆恨みで魔獣を持ち込んだ隣国の使者は取り押さえられる。苦労して手に入れたケロベロスが、まるで子犬のように懐く姿に愕然がくぜんとする。


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