予言は、投稿された。

古木しき

“真実”のフォロワーたち

 今日も私は、ラッコの部屋でぐーたらしていた。

 特に用事があるわけでもなく、ただなんとなく、居心地の良さに甘えて転がっている。


 ラッコ──本名、雨森楽小。25歳。引きこもりの天才ハッカーで、私の幼なじみ。

 一応「探偵」とではあるが、現場に出ることはまずなく、たいていはこの高級マンションの一室でだらっとしながら、ネットの海を泳ぎ回っている。

 そして私はというと、元会社員で現在無職。ラッコに言わせれば「ペット」。悔しいが、お小遣いを月30万以上貰っていて、ラッコの言う事は絶対。でもなんだかんだ優しいからその無能な私は、彼女のペットとして今日もここにいる。


 ……で、私はというと、ラッコのリクライニングソファを半分占拠しながら、スマホをぽちぽちいじっていた。

 特に意味もなくSNSを眺めていたそのとき、ある投稿が目に留まった。


「……あー、なんかまた変なの流れてるー。電波塔が“思考をコントロールしてる”とか、あんたら何年生だよってレベル」


 独り言のように呟いた私に、ラッコがちらりと目を向けた。


「ほう、バカの観察か。で? その陰謀論、今度は誰が仕組んだことになってるんだ?」

「えっと……政府が人工地震を起こして、情報統制するために電波塔を増設してるって話みたい」

「なるほど。もうなんかネットの風物詩だな」


 ラッコはジト目のまま欠伸をひとつ。

 まるで“そこに陰謀論があるのが当然”とでも言いたげだった。


「ねえ、なんでこんなのにハマっちゃう人、いるんだろうね……」


 私がそう問いかけると、ラッコはにやりと悪そうに笑った。


「決まってるだろ。陰謀論ってのはな、“本当はそんなに頭が良くないのに、自分は賢いと思ってるバカ”に一番よく刺さるんだよ」


「……それ、言いすぎじゃない?」


 ラッコはすんっとした顔で、

「事実を述べただけだ。バカほど、わかりやすくて単純な“悪”を欲しがる。複雑で理不尽な現実を、たった一言の“陰謀”で説明できるなら、そのほうが楽だろ?」


 その瞬間、私はうっかり笑いかけた指を止めた。

 さっき“いいね”しかけたアカウントが、まさにその手の“真実を暴く”系の投稿をしていたのを思い出したからだ。


「えっ……ラッコ。これ、私が昨日フォローしちゃったアカウントなんだけど……」

「……見せな」


 ラッコの目が、一瞬で獲物を狙う猛禽のように光る。

 どうやら今日は、久々に“狩り”が始まりそうな予感がした。


  *

 

 数日後。


 私は、完全にそのアカウントに引きずられていた。


 名前は「@truth_exposed0911」。

 “真実はノイズの向こうにある”というキャッチコピーのもと、陰謀論や都市伝説をミックスした投稿が毎日流れてくる。

 最初は冗談半分で見ていたのだが、なぜかやたらと“的中”しているように見える情報が多かった。


 ──「某市の旧送信所で、深夜に謎の作業員が出入りしている」

 →次の日、某SNSで「不審者がいた」との目撃談と動画がバズ。

 ──「電波塔の解体をめぐって“反対派”と“擁護派”が水面下で衝突している」

 →その翌日、市議会で“塔の用途変更”に関する質疑が公開され、ローカルメディアが取り上げた。


「……偶然、にしては出来すぎじゃない?」


 私はそう言いながら、スマホの画面をラッコに突きつけた。

 ラッコは椅子に座ったまま、脚を抱えてスピンチェアでくるりと一回転。

 目だけはこちらを向いたまま、薄く呟いた。


「……ハッチ、お前、まさか『当たってる!』とか言って信じかけてないだろうな」

「いや、そんなこと……ない……けど……」

「声が濁った。はいダウトー」

「くっ……!」


 ラッコはは視線を逸らしつつ、ラッコの膝の上に鎮座しているラッコぬいぐるみをぺちぺちと叩く。

「じゃ、少しマシな考えを教えてやるよ。たぶん、これは“偶然を装った誘導”だ」

「誘導?」

「投稿のいくつかには、“先に火を点けるための種”が混じってる。つまり、誰かが“現場に先回りしてる”ってことだ」


 彼女はキーボードを叩きながら、軽くあくびを漏らした。


「この手のアカウントはな、拡散されるためなら“少しだけリアルに寄せた作り話”を混ぜるのが定番。あとは“それっぽい騒ぎ”が起きれば、信者たちが勝手に意味づけしてくれる。そうすれば、何があっても『やっぱり当たっていた』になる。予言者の完成」

「……それ、めちゃくちゃ卑怯じゃん……」

「だから言ってんだよ、バカを騙すのは簡単だってな」


 そのとき、私のスマホが通知音を鳴らした。

 さっきのアカウントから、新しい投稿。


『【速報】市内の○○公園裏で“旧陸軍の地下施設”と見られるものが発見された。

 なお、現地では不自然な機材を積んだ車の目撃情報も。製薬会社や政府関係車の車であろう。政府はやはり何かを隠している!』


「……これ、今朝見たかも。白いバンが工事フェンスの中に入ってったやつ……」


 私はふと、数時間前に通りかかった公園の光景を思い出す。

 ただの工事車両だと思っていた。でも、あの投稿と結びつけてしまえば──


「ね、ラッコ。私、現場行って確かめてみようかな……」

 ラッコはしばし沈黙したあと、静かに言った。

「やめとけやめとけ」

「えっ?」

「お前の“観察”が、誰かの“証拠”に使われる可能性があるってことだ。自覚なく“燃料”にされるぞ、ハッチ」


 ラッコの声はいつになく呆れ声で低かった。

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 ネットの中に浮かぶ奇妙な“ノイズ”が、現実を歪め始めている。

 それを見極められないまま、私はまた、ハッシュタグを押しかけていた。


「行っても“何もない場所”を、“何かありそうな場所”に塗り替えるだけ」

「……でも、もし誰かが本当に……」

「本当に陰謀があるなら、現場じゃなくてネットに残る。陰謀論者が何より好きなのは“拡散される物語”だからな。ほら、スマホ貸せ」


 私は黙ってスマホを差し出した。

 ラッコは一瞬だけ眉をひそめ、画面をタップし始める。


「ふうん……。このアカウント『@truth_exposed0911』の拡散元、投稿群を分析すると、明らかにひとつのIP帯から異常にRTされてるな。それから――あー、いたいた。“先生”ご本人様。ご開帳っと」

「先生……?」

「“ドクターM”って名乗ってるな。漢字では“夢生堂 真衛(むしょうどう・しんえい)”。うさんくささ満点だが、フォロワーは十万。怪しい著書、各種動画チャンネル、無料セミナー、あとオンラインショップ。全部リンク付き」

「うわぁ……」


 ラッコがモニターに映したのは、某動画共有サイトに投稿された“真実を語る医師”の講演映像。

 いかにも白衣を着た細身の中年男性が、穏やかな笑顔で語りかけてくる。



『今、政府と製薬会社が何をしているか、ご存知ですか? そうです。ワクチンです。あれは“治療”の名を借りた……監視チップの埋め込みなんです』



「うわっ、ガチで言ってる」

「まだまだあるぞ」


 ラッコはリストをスクロールしていく。



『市販の“塩”には“塩化ナトリウム”という危険物質が入ってます。本来、塩はもっと天然で安全なものであるはず。なるべく“塩化ナトリウムを含まない塩”を使ってください』



「いや……“塩化ナトリウム”って……それ“塩”のことでは……?」

「バカに説明するためのバズワードだから、意味なんてどうでもいいんだよ」



『この商品を手にすれば、奴らから“思考”を読まれることはなくなります』


『そしてこれは製薬会社が絶対に公表しない、ガンに効く秘薬なんです。何故公表しないか? それは利権なんです』


 最後の“商品”は、どこかで見たことのあるボロいアクセサリーと、なぜか金属板を貼ったタオル。

 おまけに“第三の目を活性化させる波動水”なる謎のペットボトルまで。


「これさぁ……陰謀を告発してるっていうより、自分が陰謀側じゃん」


「まさにそれ。“陰謀論ビジネス”の鉄則は、恐怖を煽って安心を売る。“真実”と称して不安を広げ、その“不安から逃れる方法”を自分の商品として提示する。これは“詐欺”じゃなく、“信仰”として成立するんだよ」

「信仰……?」

「そう。疑問を抱かせない。反論を封じる。“信じる者しか救われない”。これは宗教と同じ構造だ。そして信者は“現実”を手放す代わりに、“自分だけが真実に触れてる”っていう優越感を得る。バカにとっての万能麻薬だよ」

「……じゃあ、その“ドクターM”が、全部の発信の元?」

「断定はしない。けど、アカウント群のいくつかは彼のIPと同じ地域から投稿されてる。複数の“市民”や“目撃者”がいるように見せかけて、裏で繋がってる可能性は高いな」

「やっぱり……」


 私は背筋が寒くなった。

 最初はただのネットの“ネタ”だと思っていた。

 けれど、気づけばそこには“恐怖を煽って物を売る”確信犯がいて、“信じる人たち”がいて――それが、誰かの行動を変えていた。


 ラッコは最後にこう呟いた。

「ハッチ。お前が信じそうになってたのは、“真実”じゃない。陰謀論ってのはバカに付け入る“商売”なんだよ」



 その“事故”は、最初はただの転落死だった。

 夜の公園裏。通報したのはたまたま通りがかったジョギング中の市民。

 柵の壊れた古い階段で、若い男性が頭を強く打ち、即死していたという。


 ただの事故。

 ……そう報じられていれば、ここまで騒ぎにはならなかっただろう。


 だが、死亡が発表される直前。

 例のアカウント「@truth_exposed01」が、こう投稿していたのだ。



『彼は“真実”を暴こうとしていた──そして、消されたのです』



「……ラッコ。これ、完全に“未来を予言”してるよね。死亡時刻より前に、“死んだこと”が書かれてる」


 私は半ば震えながら言った。

 スマホのスクリーンには、投稿時刻「20:51」と記録されていた。

 被害者が発見されたのは「21:16」。


「つまり、投稿者は“彼が死ぬと知っていた”──」

「正確には、“死ぬように仕向けた”って言うべきだな」


 ラッコは、モニターの前から一歩も動かず、キーを打ち続ける。

 薄暗い部屋のなか、液晶に浮かぶデータの海。その中央に、獲物が浮かび上がる。


「この男、死ぬ二時間前に“警告系陰謀論投稿”をRTしてる。その内容は“地下施設の内部にカメラを仕掛けた”って話。動画も貼られてるが、明らかに他人の投稿を切り貼りした偽モノ」

「じゃあ……本人が内部に入ってたわけじゃない?」

「おそらく“見せられた”。あるいは“やらされた”。だが、その証拠として投稿した動画は、二日前から『ドクターM』が使ってる素材と一致する。つまり――被害者は、利用されたんだ」

「じゃあ、殺されたってこと?」

「いや、手は下されていない。けれど、“自分は真実を暴く戦士だ”と思い込まされた。それが、薄暗い階段での単独行動に繋がった。その先にあったのが……“偶然の死”。だがそれは、明確に“誘導された偶然”だ」


 私は息を呑んだ。


「それって、“殺人”じゃ……?」

「刑法的には、たぶん違う。でも、論理的には“計画的な死の演出”だ」


 ラッコは静かに言った。

 その瞳は氷のように冷たく、そして澄んでいた。


「投稿の時系列、動画の出所、複数のRT用アカウントの操作ログ――“その事故が起きると事前に知っていた”人物が、たった一人だけ存在する。IPはVPNを通してるが、接続元のタイムゾーンをミスってる。“投稿時間のズレ”から割り出した位置、東京都内」

「……ドクターMの拠点って、確か都内だったよね……」

「そう。“真実を暴く”って名目で、人を煽って、騒動を起こして、商品を売って、死人まで出して――それでも“私じゃありません”と逃げるつもりだろうが」


 ラッコはエナジードリンクを手に取り、ぽつりと囁いた。

「……でも、ここまで記録が残ってりゃあ、さすがに逃げ切れないな、先生さんよ」



「……でさ、ラッコ。そういう証拠、警察に出すの?」

 私が恐る恐る尋ねると、ラッコはモニターを見たまま答えた。

「出すまでもない。警察だってバカじゃない。この投稿のタイムスタンプと事故時刻を照らし合わせれば、すぐに“先に知ってた誰か”がいるって気づく。“あとは裏取り”って状態になってるから、私が動くまでもない」


「……そっか。じゃあ、もう終わり?」

 私は胸を撫で下ろしかけた。だが、ラッコはそのタイミングで、ぽつりと呟いた。


「……ただ、厄介なのは“信者”のほうだな」

「え?」

 思わず聞き返すと、ラッコは椅子を軽く回してこちらを見た。

 その表情はヘラヘラと笑っていたけれど、目だけはまったく笑っていなかった。


「“ドクターM”が逮捕されようが、サイトが消されようが、商品が販売停止になろうが――信者は消えない。連中は“信じること”そのものを目的にしてるからな」


「……でも、“事実”が出れば……」


「事実は関係ない。“信じていた”ことに意味があるんだよ。だから逮捕されれば“政府に潰された真実の人”、商品が消されれば“隠された奇跡”、信者にとっては全部が証拠になる。……これ以上、厄介な思考はない」


「じゃあ……どうすれば?」


 私の声が自然と小さくなる。

 真実を知っても、届かない人たちがいる。

 その人たちは、次の“救世主”を待ちながら、またネットの海で“誰かを信じる”。


「どうにもならないよ。バカに説得は通じない。……でも、“バカが増える速度”より少しでも早く“現実を見れる人”が増えればいいとは思ってるけどねー」


 ラッコはそう言って、空になったエナドリ缶をゴミ箱に投げた。


「だから、こうして記録は残してる。発信はする。調査もする。“信者”じゃなく、“疑問を持ちかけた誰か”の目に届くようにな」


 カタカタ、とラッコの打鍵音が静かな部屋に響いた。


 私はそっと画面を覗き込む。

 そこには“真実”でも“陰謀”でもない、淡々と事実を並べたレポートが記されていた。

 タイトルはこうだった。


『“陰謀論”に煽られた事件の経緯と、商業誘導の構造について』


「……読まれるかな、これ」

「こんな難しいタイトル読まれんよ。まぁ、読まれなくてもいいさ。検索に引っかかればいい。“信じたい”人には無意味でも、“疑い始めた人”には届くかもしれない。それで一人でも止まれば、意味はあるかもよ」


 ラッコの声はいつもより少しだけ静かで、そして少しだけ優しかった。

“ドクターM”こと眞栄田真衛は、三日後に逮捕された。

 名目は「薬機法違反」と「詐欺未遂」、そして「危険物の無許可販売」。

 その程度しか罪状がつかないのが、逆に不気味だった。


 彼は「知らない」「関係ない」を繰り返したという。

 だが、その自宅からは運営アカウントのアクセス履歴、VPN使用ログの不備、ネット上の投稿に使われた動画素材、複数の偽名口座、そして“真実を信じる者たちへ”と銘打たれた冊子が山ほど出てきた。


 炎上は予想通りだった。


『これは政府による言論弾圧だ!』

『ドクターMさんは真実を語ったから潰された!』

『彼の警告は全部的中していたじゃないか!』

『やはりこれは政府の陰謀だ。即刻ドクターM氏を求めます』


 ネットは、まるで空虚な正義で満ちた劇場のようだった。

 信者たちは、信じていたものを奪われた怒りを、別の“敵”にぶつけていた。

 事実も証拠も、彼らには届かない。


 その様子を、私はラッコの部屋で見ていた。


「ねえ……これ、どう思う?」

 私がそう問いかけると、ラッコはスピーカーから流れる罵声のコメント群を見ながら、エナドリ缶を一口すすってから言った。

「……想像よりはマシだったな。もっと暴れると思ってた」

「え?」

「ほら、“陰謀が暴かれた”って話じゃない。“自分たちが騙されていた”って話でもない。“信じていたものが消えた”ってだけ。結局、“自分の信仰”が一番大事なんだよ。だから次の偶像を見つけたら、すぐ移動する。……使い捨ての信者。使い捨ての救世主」

 ラッコは笑った。

 だけどその笑いは、とても冷たくて、どこか突き放した感じだった。

「“陰謀論”ってのはな、こうして生まれるんだよ。現実がつらいから、嘘を選ぶ。誰かを悪者にすれば、自分が正義になれる。しかも、それを“賢い選択”だと思い込める。最高に都合がいいじゃないか」


「……でも、それで人が死ぬことだってあるのに……」


「だから皮肉だよな。“真実に目覚めた”って言ってる連中が、誰よりも現実を見えてないんだから」

 そう言ったラッコの怠そうな青い目は、とても冷たく見えた。

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予言は、投稿された。 古木しき @furukishiki

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