第9話 あの部屋には入るな

「異常事態調査室」登録者数:151人 → 174人(+23)

投稿動画『あの部屋には入るな』視聴数:61回


配信アーカイブ「#異常事態調査室 あの部屋には入るな」より抜粋

(2025年7月収録)


(配信冒頭)

「……なんか、すごい既視感あんだけど。いや、違うか。記憶、って言ったほうが近いかもな」


カメラの前で水島がぼそりとつぶやいた。

この日の配信は、いつもの怪談や儀式検証ではなかった。

視聴者から寄せられたとある一件

──**「祖父母の家で起きた怪異」**について、語るところから始まった。


「メッセージくれたの、たぶん学生さん。昔からあった家で、誰もいないはずなのに、夜中ふすまの向こうから声がする。で、開けても何もない。繰り返してるうちに、家族の誰かがその部屋に近づけなくなった──って話なんだけどさ」


そう言って、投稿者が添付してきた間取り図をカメラにかざす。


「……で、これな。俺、びっくりしたんだけど──昔の実家と、間取りがほぼ一緒なんだよ」


『えっ』

『実家!?』

『今までもどっかで言ってた?』


「言ってねえよ。てか俺も忘れてたっていうか……見ないようにしてたっていうか。

──でもな、たぶん思い出したくなかっただけなんだよ」


水島が、自分から“語り始める”のは珍しかった。

それだけで、コメント欄の空気は静かに張り詰めていく。




──夏だった。




祖父の家。木造の古い平屋で、畳の匂いと風鈴の音が記憶の底からよみがえる。

その家には、「開けてはいけない部屋」があった。


襖の向こう。

薄暗い廊下の奥。

子供の頃の水島は、そこを「白い部屋」と呼んでいた。


祖父が言った。

「蓮、あの部屋には入るな。見なくていい。忘れろ。」


けれどある日──祖父が不在だった午後。

蝉の声と柱時計の音だけが響く、静かな家の中。

濃い陽の光が障子を透け、畳に四角い影を落としていた。


その影の端に、かすかに揺れる白い気配があった。

誰かが廊下の奥を、ゆっくりと横切ったように見えた。


最初は見間違いだと思った。

けれど水島は気づけば、立ち上がり、吸い寄せられるように廊下を進んでいた。


サ……ラ……エル。


誰かが呼んだような、でも聞こえたような──そんな音が耳に残っていた。


気がつくと、水島はあの部屋の前に立っていた。

戸に触れた指先が、じんわりと冷たい。

恐怖ではなく、なぜか“知っている”という感覚があった。


──開けなければいけない。


理由もわからないまま、襖をそっと横に滑らせる。


誰もいない部屋。

古びたタンス。ホコリをかぶった鏡台。

そして──部屋の奥に、白い布がかけられた“何か”があった。


それは人の形のようにも見えたし、ただの椅子のようにも見えた。

けれど確かに、水島は“声”を聞いたのだった。


水島が目をそらそうとした瞬間、“声”がした。


「……こっち、見てたよね」


それは──子供の自分とまったく同じ声だった。


ゾッとして顔を伏せた水島の視界に、“別の誰かの足”が映った。

白くて細い足首。

畳に沈む影。


その人物を見てはいけないと、水島は本能で悟った。

まぶたを固く閉じる。目を開けてはいけない。


……次の瞬間。


「蓮! おい、蓮!」


誰かに名を呼ばれ、意識が浮かび上がった。

祖父だった。

気づけば、水島は白い部屋の前で倒れていた。


その日を境に、水島は“その部屋を見なかったこと”にした。

語らなかった。思い出さなかった。

なかったことにしたのだ。




「──ってわけで、今日の話はちょっと、俺の話です」


カメラの前の水島は、冗談めかした調子でそう言ったが、

どこか目が笑っていなかった。


「なあ、あれってさ。“見なかったことにした”から、何も起きなかっただけじゃないのか。……で、今こうして思い出してるってことは──俺、また“見ようとしてる”ってことになるんじゃね?」


『こわ…』

『じゃあ、まだ“そこ”にあるの?』

『一回、帰省して配信してほしい』

『あの部屋、今どうなってるか気になる』


水島はそのコメントを静かに読みながら、ふっと目を伏せた。


──そのとき。


カメラの背後。

どこかで、スッ……と襖が閉まるような音が入った。


水島の目がわずかに揺れたが、何も言わなかった。

だがその直後、画面の奥で、背後の棚に置かれていたコップがカタン……と倒れる音が聞こえた。


カメラには音だけが入っていたが、水島はそれを振り返らず、わずかに呟いた。


「……あれ? また来てる……?」


ノイズがマイクに微かに走る。


それでも、何事もなかったかのように水島は話を続けた。


「……ま、次回、タイミングが合えば祖父の家から配信するかもな。例の部屋、まだ残ってるかもしれねーし」


画面の中、彼の部屋には──

本棚の隣に、小さな鏡台が見える。

カーテンを閉めた窓の下には、古びたスツールが置かれている。


それが何かを意味するのは、まだ──誰も知らない。


《動画コメントより(抜粋)》


👤N___Y

こっち、見てたよね──って声、自分の声とわかってる感じの言い方が無理……怖すぎ


👤ユーザー名非公開

最初の方のシーン、なんか違和感あったんだよな……部屋の明るさ? いや配置か?


👤匿名希望

白い部屋って、たぶん“開けた人に合わせて形を変える”やつじゃない? 鏡台とか絶対そうでしょ


👤名無しさん

今日の配信やけに背景が気になったんだけど。。。水島さんの部屋にまえからあの鏡台ってあったっけ?

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