世界に一つだけの背番号

東 龍太郎

プロローグ・最終回

「俊、考え直せ。お前は5ヶ月後、インターハイに行けるんだぞ。あと少しじゃないか。」

「はい。でも今のチームは、僕がいなくてもきっとインターハイに行きます。だから、決断するなら早いほうがチームへの影響を抑えられると思ったので、今日お伺いしました。本当に、申し訳ないです。」

「インターハイに、行きたいと言ったのは嘘かい?」


 俊は、下を向いた。

 2月1日。俊と県立東洋高校のコーチである石貞先生は、石貞先生のデスクがある体育教官室に2人っきりでいた。

 俊が右手に持っていたのは、退部届だ。


「まあ、いい。わかった、お前の人生だ。だけどな、これだけは言わせてもらう。」

「なんでしょうか。」

「どう言う事情があるかは分からん。聞く気もない。でもな、バスケを嫌いにはなるな。」

「……。」

「お前にとってのバスケは、今までのお前の人生そのものだ。バスケを嫌いになったり、否定することは、お前自身を否定することになる。そして何より、お前が一方的にバスケを嫌いになることは、お前に期待し、お前に裏切られてもなおバスケを続ける、残ったバスケ部の仲間たちへの侮辱に値する。」

「はい。」

「あと、お前がした判断は"逃げ"に値する。この年齢で"逃げ"という手段の味を覚えてしまったら、どうしようもない人生になるかもしれないぞ。でも、バスケ部はもうお前の帰ってくる場所ではない。どれだけバスケがしたくなっても、インターハイを目指す仲間たちが羨ましくなっても、ここにお前の居場所はない。わかったか。」

「……はい。」


 俊は、石貞を強く見つめ、退部届を持っていない左手を強く握りながら、絞り出した小さな声で返事をした。


「私が言いたいのは、それだけだ。あとは、決めたんならもう迷うな。」

「ありがとうございます。短い間でしたが、本当にお世話になりました。」

「そんなのはいい。これからはただの体育の教師と生徒だ。体育の授業では、これまで通りだ。いいな。」

「はい。こちら、受け取っていただけますか。」

「わかった。よこせ。」


 俊は、退部届を石貞に手渡した。

 石貞は封筒に書かれた「退部届」の文字が間違いではないかちらっと見た後、すぐに視線を俊に移す。俊は、まっすぐ石貞を見つめていた。


 これにより、インターハイ予選を一度も経験することはないまま、バスケ部と俊の物語はエンディングを迎えた。


「今後も引き続きお世話になります。では、失礼致します。」

「おう。」


 その後、俊は石貞に一礼し、すぐに向きを変えて背を向けると、迷いのない足取りで進んだ。そして、再度一礼したのち、体育教官室を後にした。


 石貞は、退部届を入れた封筒を開くことなく、ただ、しばらく無言で睨みつけていた。


「裏切り者が。」


封筒を感情任せに握りつぶす。


「やれやれ、やり直しか。インターハイ予選までにチームをしごきまくって、なんとか間に合わせるか。」


 石貞は、そう呟いた後、今まで一度も使ったことがない背もたれに深くもたれて、身体を預けた。

 長い時間をかけて作り上げたパズルはピースが一つ欠けてしまった。また一からそこを埋めるピースを作り直さなければならない。

 石貞の長年の目標が、いつもの距離感に逆戻りした。


 黄ばんだ蛍光灯が並ぶ無機質な天井を見上げ、細く長いため息を吐いた。

 そして、俊の退部届をさらにくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に捨てた。


 





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