第19話 狂気の沙汰
「それにしても、キミからは様々な武術の匂いがするね。空手や柔術が基軸だが、合気やサバットの呼吸もする」
「柔道と空手はかじる程度に習ったけど、他は適当に盗んだだけ」
「ARがある現代において、武術の習得難度はかなり低下している。とは言え――」
私は話の途中で殴り掛かるも、ハジメにダッキング(前屈み)で避けられる。
「多数の武術を組み合わせ、自分独自の格闘術を完成させる。なんていう才能だ。羨ましいよ。ボクのような凡人では、キミの領域に辿り着くのに人生が後3つは必要だ」
「私は、凡人を自称して自分のハードルを下げる奴が大嫌いなんだ……!」
前に出た瞬間、ハジメの拳が頬に当たった。
「……!」
軽いジャブだが、クリーンヒットする。
「いくら反射神経が良くても、コレには無力だね。どうした
今のはカウンター、か。視えなかった。
速いんじゃない。まるで、時間が飛んだような錯覚。意識の隙間を撃ち抜かれたような感じだ。
(もう一回……)
飛び出し、拳を振るう。するとまた目に見えないカウンターを顔面にもらった。
(やっぱりだ。視えない……!)
もう頭部の耐久値はギリだ。技のタネはわからなかった。なら、
「なんのつもりかな?」
私は両拳を下げ、だらんと腕の力を抜く。
『こ、これは挑発か!? まるで打ってこいと言わんばかりの脱力!!!』
反射神経自慢とカウンター自慢。
当然、お互いに『待つ』展開は来る。
『待ち』同士の戦いを制するのは、勇気だ。『待つ』勇気――
「面白いな! キミは飽きない! リングで戦った2千のファイター……その誰とも違う。つまり、ボクの想像を超える人」
ハジメはすり足で間合いを詰めてくる。
「まだ、
拳の間合いに入っても、私は手を出さない。手を上げないまま、待つ。
ファイティングポーズを維持しつつ、ハジメは距離を詰める。
最早、ハジメの左拳と私の鼻先の距離は――20cmも無い。
「……避けられると、本気で思っているのか?」
「……試してみるといい」
ハジメの左拳のジャブが飛んでくる。
「
スッ、バン!!!
と、私は回避からのストレートによる反撃をハジメのボディにぶつける。
「こ、の……距離で!!」
手応えはあった。
あの近距離で躱されたんだ。精神にかなり強い衝撃を――
「っ!?」
馬鹿な。
仰け反り、後ずさるハジメの瞳は、よりいっそう強く黒い雷花を散らしていた。
「……
ようやくわかった。あの雷花は『狂気』だ。
彼女の狂気が猛る度、雷花は大きく跳ねる。
そして彼女の狂気は、恐らく嫉妬や怒りで構築されている。打ちのめされる程、自分に無い要素を見せつけられる程、狂気は跳ね上がり、彼女は強くなる。
「イイじゃん」
つい、私は笑ってしまった。
どんな苦境・困難を前にしても、どんな天才を前にしても彼女が挫けることはないんだろう。気に入らない点は多々あるけど、その精神構造だけは尊敬できる。
ハジメはまた接近してきて、両拳を同時に出してくる。
右拳は私の顔面を、左拳は鳩尾を狙っている。
(上段は頭を振って躱す。下段は払いのける)
両拳を使った技、これを防げば決定的な隙を作れる。
ハジメの右拳の軌道から頭を外し、左拳の軌道にこっちの左手を置く。しかしそこで、ハジメの拳の軌道が両方同時に変わった。肩を入れて、強引に軌道を変えた!
(ダメだ。回避間に合わな――)
顔面は避けるもボディを打たれる。
耐久値が大きく減る。
(強い……コイツ、ホントに強い……けど!!)
左手は防御に使った。けれど、右手は防御に費やしてない。右手は、反撃するために引き絞っていた。
私は引いてた右拳を突き出す。
(腰の回転、肩の回転、足の踏み込み……! 全身で――打つ!!)
私が出した渾身のストレートはハジメの両腕にガードされる。
「甘い」
「どっちが……!」
全身を再び回旋させる。足もさらに踏み込む。
同時に、拳も腕も回転させる。
「ぬぅ!?」
拳の回転が両腕のガードの隙間をこじ開ける。
防御されるのは織り込み済み。だから体の回旋を半分で止めていた。ガードを貫通するために!!
(二段式ライフル弾!!!)
ガードを貫き、ハジメの顔面を打ち抜く。
湧き上がる歓声。私はさらにボディに左拳を打ち込む。ハジメも負けじと打ち返してくる。攻撃に意識を置いていた私は、腹を殴られてしまう。
(ダメージは私の方が喰らってる! 急げ急げ!!)
もう頭部の耐久値は10も残ってない。
だけど焦る程に拳はハジメから遠ざかる。
「ちっ!」
「イイなお前……イイなァ!! ちゃんとあるじゃんか! 胸の内!!
私と、ハジメの拳が交差する。
「ボクに喰わせろ……! その才能!!」
直感した。0.1秒速く、ハジメの拳が私の顔に届く。私の負け――
――カンカンカン!!
「「!!」」
ゴングが鳴った。ハジメはピタッと、拳を止めた。だけど私は拳を止めきれず、ハジメの顔面を勢いよく殴ってしまった。
『タイムアップです! 勝敗は、互いの耐久値の合計によります! 頭部とボディの耐久値の合計が高い方が勝利となります!!』
顔とボディはどっちも最大耐久値100。合計で200。
勝敗は――
「22対21で……アズキの勝利です!!」
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