第18話 因縁

 戦いを終え、リングを降りる。

 観客席の間の通路を歩き、選手用扉から会場の外に出る。

 次の試合が出番のハジメとすれ違う。


「ナイスファイトだったぞ。だが」


 ハジメは私に向けて声を飛ばしてくる。

 私は立ち止まり、ハジメの方を見る。


「貴殿の魂は窮屈そうだ」

「……よく意味がわからないけど」

「足りないな。狂気が」


 ハジメはリングに向けて歩き出す。


「もっと狂わないと……食い殺されるぞ。おのが矛盾に」

「……」


 最後に見えたハジメの瞳には、黒い雷が散っていた。

 私は控室に戻る。


「?」


 私が控室に戻った数瞬後、控室が静まり返った。

 シャドーをしていた選手も、談笑していた選手も、縄跳びしていた選手も、全員動きを止めた。全員の視線がモニターに集中している。モニターに映るリングに集中している。


「これは……」


 前チャンピオン、ヨーコ。しかしその頭部はたった今、弾け飛んた。


「前チャンピオンが……負けた」


 誰かが言った。その瞬間、異常は起きた。


――ヨーコの対戦相手、ハジメがヨーコの体に馬乗りになったのだ。


『おーっと!? どういうことだ!? 顔の無いヨーコ選手の体を、ハジメ選手が殴る殴る殴る~~~~!!!』


 頭部が壊されればすぐに体はポリゴンとなり散る。たった数秒後のことだ。なのに、ハジメはそれを待てないと言わんばかりに執拗に死体を殴り、壊し尽くした。


 ヨーコが消えた後も、ハジメはリングを何度も殴った。


 黒い雷花イナズマが、ハジメの瞳を散っていた。

 その雷花が消えると共に、ハジメは殴る手を止めた。


『失礼しました。試合が終わっていることに、気付きませんでした』


 そう言って丁寧にお辞儀すると、ハジメはリングを出た。

 タイマーを見るに、試合は7秒で終わったらしい。


「ハジメ……アイツ、ユグドラシルのハジメだ!!!」

「あの不動のトップチームの……!」

「ユグドラシルのカウンター使い!! なんでこんなとこに居るんだ!?」


 選手の会話を聞くに、有名人みたいだ。


「アズキ」


 先に控室にいたヒバリがこっちに来る。


「お前の次の相手強そうだな。大丈夫か?」

「どうだろう。試合見逃しちゃったから、実力読めない」


 もっとも、最強のチャンピオンに勝ったのだからきっと大会最強なのだろう。


 試合は進行していく。

 ヒバリは2回戦も問題なく勝利。前大会の2位を倒したんだ、決勝まで止まることはない。


 一方で私はいきなり山場だ。


 赤コーナーからリングに上がる。青コーナーからは彼女――ハジメが上がってきた。

 私とハジメはリングの上で対峙する。


「……アズキ。貴殿は、天賦の才を喰らうのに必要なモノはなんだと思う?」


 なんて、哲学的なことをいきなり聞いてくる。


「天賦の才は喰らえない」


 私は姉を思い浮かべて言う。


「天才は絶対だ」


 ハジメは、黒い雷を瞳に灯す。


「良かった。貴殿に負けることは無さそうだ」


 ハジメは舌打ちを挟み、


「……温っちぃんだよ」


 と、私を睨みつけた。


 なんなんだコイツ。今までに見たことないタイプ。

 達人は、拳や武器を交えることで相手の心の内を読めるらしい。心の内とまではいかずとも、心の表面ぐらいは私でも読めるだろうか。


 なんで気になる。なんでなんだ? その答えを、この試合で掴みたい。


『両者共に前大会で好成績を残したプレイヤーを数秒で葬った傑物! もしかしたらここが、この大会の頂上決戦なのかもしれない! ダークホース同士の戦いが今、始まる!!』


 ゴングが鳴る。

 ハジメは拳を下げたままだ。私の出方を待っている感じだ。


「来い。先手はくれてやる」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 私は飛び出す。そして殴りかかる。

 ハジメは私の右拳を、


「!?」


 頭突きで受けた。

 頭突きで払いのけ、顔を数センチまで近づけてくる。


「貴殿がこのリングに上がったの何度目だ?」

「……2度目だよ。あなただって同じ――」

「私は2千回目だ」


 ハジメの左拳が私の腹筋に突き刺さる。


「天賦を喰らうのは『努力』でも『環境』でもない」


 ハジメの両方の瞳で、黒い雷花が散る。

 

「ましてや『信念』でも『覚悟』でもない」


 負けじと殴り返す。

 インファイト。超近距離で打ち合う。私は全ての攻撃を避けるけど、こっちの攻撃もいなされる。嵐のような拳のやり取り。会場は盛り上がるが、展開は進まない。


(この……!)


 痺れを切らし、渾身のストレートで殴り掛かる。

 ハジメの瞳で黒い雷花が大きく散る。同時に、私の顔面が跳ねる。


 カウンター。カウンターで顎を突かれた……!!



「天賦を喰らえるのは狂気だけだ。狂気だけが、天才を打ち倒せる唯一の道程プロセス……!」



 2千回……それはきっと、実際に上がったリングの数じゃない。

 イメージトレーニング。この女はきっと、イメージで幾千のファイターと戦ったんだ。

 完全にスイッチが切り替わった。


は、キミらにだけは負けちゃダメなんだよ」


 口調も何もかも、違う。

 さっきまでは真面目で、それでいて凛とした雰囲気だった。どこか高貴さみたいなものがあった。

 だけど今は目に光が無く、代わりに雷花が散り、口元が常に笑っている。


 どこか……似ている。


 過集中トランス状態の、あの人に――


「ハジメ……と聞いて、あるひとを思い出さなかったか?」


 ドクン。と、心臓が跳ねる。


「ボクは――の弟子だよ。古式梓羽」


 瞬間、脊髄に電流が走る。

 私の左拳がハジメのボディに刺さる。ハジメは1歩大きく引いた。


「くっ――かはっ!」

「どういうこと……? アイツは今どこにいる!?」


 ハジメは拳を構える。


「ボクに勝ったら教えてやるよ」

「なに……!」

「キミは前哨戦。ボクの本命はキミの姉だ。――キミをぐしゃぐしゃにすれば、古式レイは助けに来るかな?」


 上等だコイツ……!


「叩き壊してやる」

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