第16話 ヒヒイロカネ
第2
鉄と蒸気の匂いが蔓延る鋼鉄のコロニー。煙を吹かさない家はなく、排気煙で空は濁って見える。蒸気機関を軸に据えているため至る所で薪や石炭はくべられ、その飛び火で燃えないよう木造建築は採用されず街並みは鉄・鋼・鋼鉄で構築されている。
人の技術が蒸気に特化して進化した架空の世界観。油臭くて、煤が宙を舞い、閉鎖的。なのになぜか魅力的に映る。蒸気が鉄パイプを擦る際に鳴る小気味よい音が、この街のBGMみたいだ。
「って、なにを
火針に背中を叩かれた。
せっかく私が気分よく街をナレーションしていたのに……。
「……ほほーう。これは壮観なり」
「みなさん、迷子にならないでくださいよ~」
9月5日、木曜の放課後。
ニコを抜いた生徒会メンバーでコロニー『火緋色金』に訪れていた。
レセプションセンターと呼ばれるコロニーの関所を経由し、ビザを貰って、軌道エレベーターで降りて来たのだ。
なぜここへ来たのか。それはここで“ガールズコロシアム”という大会が開かれるからだ。
目的は大会の優勝賞品、不壊のリボルバー『S&W M500 Black-Gemini』。
「この配管の道を行くと近道みたいです」
「なんなんだこの街。配管が足場とか正気かよ」
この街は複雑に鉄の配管が入り組んでいる。配管が連なって坂になっていたり通路になっていたりする。
それにしても自然がまったくない。木々や花は一切だ。たまに目に入るのは湿気を主食とする雑草だけ。
「ここが会場ですね」
結が案内したのは鉄の城だ。
門から中に入る。広い会場、中央にはリング。リングの周囲には大量の観客席。二階席、三階席もある。
リングの上では女子が取っ組み合いをしている。ボクシングではない、ただの喧嘩だ。しかも、きっと喧嘩とは無縁な子たちの戦いだ。武術の武の字も無い。個人的には見るに堪えないんだけど、凄い熱狂だ。
「余興か。趣味悪いな」
火針は私と同じ意見みたい。
「ユイ、私達の登録は済んでるんでしょ?」
「はい。受付に名前とプレイヤーIDを言えば控室に案内してもらえると思います」
「自分らは観客席から見守ってます! 頑張ってくだされ先輩方!」
「うっしゃ! いくかアズキ!」
「うん」
受付に声を掛け、控室へ。
控室は個室ではなく、大部屋だ。他の選手の姿が見える。
「お! トーナメント表が貼ってあるぞ」
控室の壁のトーナメント表を火針と一緒に見る。
「あたしとお前は真反対か。会うのは決勝だな」
人数多いな。優勝するには7回勝たないとダメだ。
「良かった。1位賞品と2位賞品、どっちも取れそうだね」
なんてことを言っていると、
「ほぉ、言ってくれるな」
「私達なんて眼中にないってことですかね」
なんかガラの悪い2人に絡まれた。
「キミ、アズキだろ? 私の最初の相手だ」
このゲームでは目に映るプレイヤーの名前とレベルは見ようと思えば見れる。私に視線を合わせて、メニューを開いて名前を確認したんだろう。
「ってことは、あなたがラバーか」
私の相手は宝〇歌劇団にいそうな中性的なイケメン女子。
服も男性ダンサーのような白Yシャツにスラックスだ。
「その通り。愛に生きる女!
ナルシストなタイプだ……。
「ヒバリさん。あなたの相手はわたくしですわよ」
火針の相手は黒髪ロングのドレス女子。名前はナデシコ。
外見からはとても喧嘩をやる手合いには見えないけど、足運びが独特だった。なにかしらの武術の経験者と推測できる。
「舞踏会なら別会場だぞ。お嬢さん」
火針は挑発的な顔でナデシコを煽る。
「ねぇ。このトーナメントの優勝候補って誰?」
「君ねぇ。まさか敵の私から情報を聞き出そうとしてるのかな?」
「うん。昨日の敵は今日の友」
「君は今日の敵のはずだが!?」
ま、別にいいけど。とナルシスト女(略してナル女)は教えてくれる。
「ズバリ! 優勝候補はこの私!」
「その通りですわ! ラバー様!」
「愛しの君。今宵は決勝のリングの上で待ち合わせしよう」
イチャイチャとする2人。
火針は呆れ気味に「……100号の前でやれそういうのは」と呟く。
「まぁしかし、本音を言うなら、優勝候補は彼女だろうね」
ラバーはトーナメント表のある部分を指さす。
私の近く……順当にいけば2回戦で当たる名前。
「ヨーコ。この拳闘大会を5連覇している化物ですわ」
「私のライバルだ!」
「次こそは勝てますわよ! ラバー様!」
「お前、結構早く当たるじゃん。良かったな」
「うん。体力ある内に戦えてラッキー」
私がそう言うと、絡んできた2人は1歩引いた。
「正気ですか? 5連覇の猛者ですよ……」
「強がりはやめたまえ! ちなみに私は絶望中だ!」
ナル女の足は震えている。
「なにを絶望する必要があるの? ここに居るからにはみんな、全員倒すつもりでいるんじゃないの?」
私の発言で控室が静まり返る。
(良かった)
みんな、バツの悪そうな顔で俯く。
つまり、その程度ということだ。
最後はヨーコに負ける。その前提で大会に参加している連中。1位じゃなく、2位や3位の賞品を狙っている連中だ。底は知れてる。このヨーコという人以外は敵じゃ無さそうだ。
だけど、この時の私は知らなかった。
約1名、チャンピオンどころか、全員を殺すつもりで参加している女がいることに。
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