1-6. 子供を捨てて逃走した女の顛末

「ミサさん。さっきの音を聞いたでしょう。ハルトさんの命が危ない!」


「嫌よ! きゃあああっ! 誰か、助けてーっ! オークみたいに酷いことされちゃうーっ!」


 あろうことか、ミサはスカートをたくし上げ、ステータスカードで自撮りをする。


「は? え? なんで?!」


「ママを虐めるな!」


 男児2名が叫びながらアルファルドを殴ったり押したりしてくる。


「ちょっと。アポロン君、ダイヤ君。落ち着いて」


 さすがに看過できない事態となり、門番が近寄ってくる。


「さっきから、何事だ! この非常時にいったい何をしている!」


「僕もそう思います……。この非常時にいったい何を……」


 アルファルドは子供を乱暴に突き放すわけにもいかないから、その場から動けない。

 門番が険しい表情でアルファルドの肩をつかむ。


「モンスターの襲撃に乗じた窃盗や強姦行為は重罪だぞ!」


「いや、え、ええっ?!」


 そのとき、アルファルドは城門の外から強い殺気を感じて、反射的に振り返る。


 小さく切り取られた景色の中央で、アルファレッサーフェンリルが頭部を大きく振り、咥えていた黒い甲冑を空中に投げた。


「アオオオオオオオンッ!」


 魔力のこめられた遠吠え。

 周辺にいた者は否応なく、その意識を引き寄せられた。


 ドシャッ……。


 黒い甲冑が地面に落下し、力なく四肢を投げだす。


 さいわい、泣きわめいている子供たちだけは、外の状況に気づかなかった。

 彼らの握力が緩んだからアルファルドは子供たちをそっと振りほどく。


「ミサさん。次に狙われるのは貴方なんですよ」


「知らないわよ!」


 倒れたままのハルトに群れが殺到。

 牙や爪を突き立てる。


 不幸中の幸いだ。

 群れは畑にいる農民や家畜より、ハルトへの報復を優先した。

 農民や若い冒険者たちの生存確率が大幅に上がった。


 動揺したのか、門番がアルファルドの肩から手を放すと、自身の盾を体の前に構える。


「ミサさん。あいつは、冒険者が周囲に散ったのを見ている。兵士が都市の防御に徹することを理解している。そうやってできた間隙を利用して、ハルトさんへの復讐を貴方に見せつけているんですよ」


「適当なこと言ってないで、お前が助けに行けよ! 無能な氷牙鬼世代でも、エサくらいにはなれるだろ!」


 理解できないことを言われ、アルファルドは混乱し、言葉を失う。


 四足獣が殺到するその足下でハルトが亀のようにゆっくりと身をよじり、赤子のように手足を丸める。


「た、助け……」


 鼻や口の中が焼けているため、ほとんど声にならなかった。


 アルファが頭を小さく動かし、その獰猛な視線をミサに向けた。


「ひ、い、いや。いやああっ!」


 ミサは泣き叫んだ。


「なんで! なんで私ばかりこんな目に遭わないといけなのよ!」


 そして!


 自分にしがみついていたマリアを突き飛ばした。


「……え?」


 アルファルドは本日最高に戸惑った。

 体は反射的に動き、マリアの頭とお尻を受けとめて、倒れないようにする。


 ミサは都市の奥を目指して走りだした。


「あれ? 駆けだす方向が逆。なんでマリアちゃんを突き飛ばした? え? え? ええ?!」


 根が善人のアルファルドは、またしても勘違いをする。


「そうか! アルファが最大限に復讐心を晴らせるのはマリアちゃんだ! ミサさんはマリアちゃんを突き飛ばす姿をアルファに見せつけた。そして、自らが囮になった! これが母親の愛……ッ!」


 アルファルドは目元がうるっときた。


 もちろん、この感動は勘違いだ。


 アルファルドや門番の視線と意識が、ミサの背に向けられている。


 知能の高いアルファは、障害となり得る存在が注意をそらしたことに、即座に気づく。


 アルファは紫電の如き速度で城門をくぐり抜けた。


 進路上の門番が反応し、胸の前に盾を構える。


 間近に見るそれは、比較すれば脚こそ短いものの、馬を凌駕する巨躯。

 その毛皮は魔力を帯び、帯電したかのように輝く。


 槍2本の距離手前でアルファが鋭く跳躍。

 人の頭部を飲みこむほど大きく顎が開かれる。


 門番の顔に上下から牙が迫る。


 避けられないタイミング――。


 門番の本能が死を覚悟した――

 そのとき――。


 アルファルドが門番の盾を下から蹴り上げる。


 盾が獣の下顎を強く打ち、口を閉じさせる。


 アルファの体が門番の肩に激突。


(門番は後方に転倒するが、命に別状なし)


 アルファは勢いそのまま、着地と同時に駆け、ミサの背に迫る。


 その動きに遅れることなく、アルファルドは影に潜るようにしてアルファの側面を追従していた。


(やはり知能が高い。だからこそ、動きが読める)


 アルファの歩幅がわずかに狭まり、姿勢が低くなる。


 跳躍する前触れだ。


「……ッ!」


 アルファルドは急制動をかける。

 鹿革の靴で地面を削り、急停止、ミサとは逆方向へ跳躍するように駆けだす。


 同時に、ミサの背中に爪を突き立てるかに見えたアルファは、前脚を真っ直ぐ伸ばして、地面に突き立てる。

 前足を軸にして身をひねり、後ろ足で地を蹴り、進路を曲げた。


 アルファは賢く、残忍だった。

 仲間の遺体を抱えて逃走するミサではなく、その娘を屠ることを優先したのだ。

 それが最大の復讐になると理解している。


 アルファの背毛が青白く輝き、帯電する。


 マリアの髪がアルファに向かって、引き寄せられる。

 雷撃の前兆だ。


「己の身を犠牲にしてでも家族を護ろうとする夫婦の愛を見せられたんだ! その娘を、傷つけさせない!」


 アルファルドは武具精製スキルを発動。


 彼の魔力を具現化した、彼自身の武具が出現する。


 それは、氷のように青白い甲冑。

 速度に特化するため、体を被う範囲は極端に少ない。

 額、胸、肩、前腕、膝から下を薄い装甲で被うのみ。



◆ 次回予告


城壁内の敵を排除したアルファルドは、城壁外へ向かう。


そこにはまだレッサーフェンリルの群れがいる。


群れは、まさにハルトにとどめを刺そうとする寸前であった。


アルファルドは彼を助けることができるのだろうか。



次回『氷牙鬼おっさん、一瞬で戦況を覆す』にご期待ください。

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