髪結い処「みささぎ」

@moonlight-39

第1話

その店は、濃霧と共に現れる。

土塀に囲まれていて茅葺き屋根の門には、髪結い処の文字が白抜きされた小豆色の暖簾がかけられている。

暖簾を潜ると、濃霧は少し薄くなり、青白い光りが、奥まで導いてる。

青白い光りは、竹筒から放たれていて、足元の飛び石を照らし出している。

飛び石に乗ると、

「キーン」

と風琴のような音が響きわたった

周囲の静寂を際立て、澄んだ空気が身体に染み込まれていく

先に進むと、大きな篝火が、平屋建ての古民家の玄関口を挟んで焚かれている

玄関の戸は、格子になっており、格子の隙間からオレンジ色の光りが漏れていて吸い寄せられる

篝火の側を通り抜ける時

「パチパチ」

と火の粉が舞い上がり頬に当たった、熱さは感じなかった。

音もなく、戸が開いた中から猫がゆっくりと近付いてる

毛色は砂漠色で、瞳はすみれ色をしていて人の警戒心を薄れさせ、細く長い尾をくるっと巻き上げ、ふくらはぎに、すり寄ってきても、嫌な感じはなく、猫の頭を触りたい欲求を抑えられず手を伸ばす

猫は、くるりと背を向け、ツンと澄まして尾を高く上げながらゆっくりと、家の中に戻っていく、手前で振り向きつぶらな瞳で誘ってくる

抱こうとすると逃げらるが、つぶらな瞳で誘ってくる、追いかけていると店の中に誘いこまれていた。

怪しく微笑む女が

「いらっしゃいませ」

と話しかけてきた


東城 淳(33)

目が覚めた。手探りで、ベッドサイドのスマホを探そうとするが身体が固まって動かせない、ての指に意識を集中し動かしてみる、握って、開いて、何度か繰り返していると身体全体がほぐれてきた

足の爪先を曲げたり伸ばしたりして、足首も動かし、膝も曲げてみるゆっくりと曲げたり伸ばしたりしてから起き上がりベッドに腰掛けた

頭が重たい、新鮮な空気を求めるように窓を開けて外をみると霧で覆われ真っ白だつた。

白く湿ったい空気が勢いよく入ってきて、身体に纏わりついてきた。

笛の音が遠くから聞こえて来る

どこか寂しくも優しい心に染み込まれて、癒されていく。

妻の由美と来夢が突然消えてしまった。

葬式をすませて、もう何日過ぎたのか、いまだにテレビやスマホで、事故の様子が、流れる。苦痛でしかない、テレビもスマホもみるきにならないもう時間の間隔もない。

来夢が産まれてから3年禁煙していた煙草も吸いはじめ、家中のお酒もすべて飲んでしまった。

何も考えられない、何もしたくない。そんな日々がどれくらい過ぎたんだろう

霧の中から懐かしい薫りが漂ってきた。

妻の胸に顔を埋めた時に嗅いだ薫り、娘の頭の薫りを思いだし、笛に誘われるまま歩きだした。

外は静かだった、昼間の喧騒からは、信じられないほど、ただ笛の音だけが響いている。

白い霧のおくに、ひかりがみえた。早足で近付くと、多くの色とりどりの花束が

折り重なり路上の祭壇になっていた。

手前には、紙パックやカンやビンに入った飲み物やお菓子やぬいぐるみなどのおもちゃなどが置かれている。

この中に、二人の好きな物はあるのだろうか、妻の好きな花や娘の好きなお菓子やおもちゃを知らなかった。淳はその場にうずくまり、頭を地面に押し付けた

しばらくして、頭を上げると、祭壇の傍らに、白い線が道路に現れた。淳はゆっくりと進み、白い線の上にたち

子供のころ母親に説教されたことを思いだした。

「道路は、横断歩道を渡りなさい。信号もちゃんと守るのよ」

母さん、由美と来夢は、ちゃんと守ったのにダメだったよ

霧の滴が顔につく、やがて滝になり鼻や口はいつた。

涙なのか、自分は泣いているのか、感情が追い付かない

淳は戸惑うが涙は止まらず、首すじまで流れ落ちシャツの襟を塗らした。

横断歩道なんて、ただの白い線で車を止める力などない、信号もそうだそんな力なんてない。

もう渡り終える寸前だった、左からシルバーの乗用車が加速しながら突っ込んできた。

その衝撃で自転車は、前後二つに切り離され、ハンドルがついたままの前輪は、隣の横断歩道まで撥ね飛ばされていった。脱げた麦わら帽子とピンクのヘルメットが交差点の真ん中にとりのこされていた。

その光景が、目に焼き付いて放れない

この世には、神も仏もいないのかと呟きながらも手を合わせ

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

と、唱えながら、膝をつき、冷たいアスファルトに、額をつけて涙を流し続けた。アスファルトに、涙が染み込まれ

霧がまた濃くなり、淳の身体を覆い尽くしていく

すると誰かが、淳の肩にそっと手を置き、手は背中に移り優しく撫でていた。

別の誰かは、淳の腕を持ち上げ立たせた。膝の汚れも払ってくれた。

そして、淳の手をとり、引っ張っていこうとする。

とても小さな手が、放そうとする淳の手を、力一杯握り返してくる。

背中の手が優しく押してくる。

淳は、誘導されながら、霧の中を歩きだした。

目の前に、土塀が現れ、小さな手は淳を塀に沿って歩かせた。

やがて、小豆色の暖簾が掛かった門が現れ、暖簾を潜ると、青白い光りが、足元から奥まで、点々と連なっていた。

立ち止まろうとすると、淳の手を握る手の力が増し、強く引っ張られ、背中も押された。

淳は抵抗をやめ、導かれるまま、照らし出された飛び石を渡り始めた。

石の上に足を乗せると、

「キィンコーン」

と、風琴の音が、静寂を破るように響いた。

淳は、跳び跳ねるように、飛び石を渡りきると、青白い炎の篝火が、パチパチと音をたてて燃えている。

篝火の奥に、平屋の古民家がみえた。

淳が、篝火の横を通ると、薪が弾けて火の粉が舞い上がった。

火の粉が、淳の頬をかすめたが、熱くはなかった。

古民家の玄関の戸は、格子になっていて格子の間からは、オレンジの光が漏れていた。

玄関口に立つと、音も無く横に開かれた。

流石に緊張する。鬼が出るか、蛇が出るのか背筋が凍る。

現れたのは猫、毛色は砂漠色をしていて、人懐っこさを語るつぶらな瞳はスミレ色をしていた。細く長い尾をくるっと巻上げ、脹ら脛に擦り寄ってきた。すると今まで、右手を握られていた感触がなくなった。

ゴロゴロと喉を鳴らしながら猫は、足元に絡みついてくる。猫を抱き上げようとかがみながら手を伸ばすと、いきなり背を向けて家の中に向かって歩き出した。

時折振り向き、つぶらな瞳を向けて追てくるように誘ってくる。

誘われるまま、敷居をまたぐ 部屋の奥から笛の音が流れてくる。

低く、高く、大きく、小さく、細く、太く、短く、長く響いてきて敦の心に語りかけ、落ち着かせた。

辺りを漂う香りは、密かに花の香り、木の香り、甘く、優しく、厳かな上品な香り多分お香だろうと思わせる香りが、より敦の心を落ち着かせた。

呆然と立ち尽くす敦に人影が近寄ってきた。

ふくよかな、四十歳は軽く越えているだろうと思われる女性が目の前に立った。

袖を肘まで折り曲げられた白いシャツにくるぶしまで隠す黒いスカート、鶯色のエプロン姿で伏し目がちに口角を軽く上げた見事な営業スマイルで両手を臍下辺りで組み、30度ほど頭を前に倒してきた。

豊かな黒髪が、頭の後ろで結い上げており赤く丸い簪が刺さっていた。

[いらっしゃいませようこそ髪結処ミササギへ]

女が顔を上げた。その顔は、短くふくよかだが神々しく、艶ぽさもあり声色は甘く耳をくすぐる。

[私当店の主人の榊と申します。こちらの者は、案内役のナムナムといいます!]

女主人榊が右手を横にずらせ指し示したところに、カウンターがありその上には、紺色のクッションに香箱座りするシャム猫がこちらを見つめていた。

榊が、言葉を続ける。

[どうぞこちらへお座り下さいませ]

榊は、左手を優雅に動かし、掌らをこちらに向け、黒い椅子の背もたれを指し示した。

敦は、女主人に導かれるまま椅子に座った。

榊は、敦の後ろに立ち、ブラシで敦の髪を梳かしはじめた。

[少し絡んでいますね、あなたのしがらみ、この場合全て取り除くのではなくしがらみをほどいていきますね。]

榊はそう話すと、敦の髪の毛をリズミカルに梳かしつけた。

[これから、禊を施して参ります]

榊のが敦の首すじにあてがわれ、椅子が上に上がった、敦の身体が強張る

[大丈夫ですよ、力を抜いて背中をもたせ掛けて]

榊が、敦の耳元で囁くと、敦の身体から力が抜けた。椅子が後ろに倒れ、敦は、仰向けに寝かされた。

敦は榊は、見つめ合う形になった。

榊の瞳は、不思議な色をしていた。茶色より金色に近く、蜂蜜より濃く、木の樹液よりも薄くまるで琥珀。吸い込まれそうだ。何億年も前の蟻や蜂のごとく、、呑み込まれ、閉じ込められそうな気分になり、目をそらした。

榊の顔は、化粧っ気はないが眉は綺麗に整えられていて、淡紅色の唇が、肌の白さを一層際立たせている。頬はふっくら柔らかくつきたての餅のようで、指先で突っきたい衝動が走った。

突然、猫が敦の腹の上に乗って来た。猫に目を向けると睨まれていた。まるで心を読まれ咎められているのか。

敦は苦笑いをした。

[失礼します]

榊の言葉がその場の空気を変えた

榊は敦の目に白いガーゼを被せてきた。敦は目を閉じた。













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