第5話
「……
「正妃としての契りも破却とし、今をもって白紙だ。俺はもう後宮に来ない」
そうして形のいいくちびるは、
「もう二度と、死ぬまでな」
「……っ!!」
その瞬間、身体中の血が凍りついたかのような心地になった。
「今日はそれだけを伝えに後宮に来た。……もう戻る」
「……
「それと」
振り返った
「案ずるなら俺ではなく、自分の身を先にすることだ」
「…………」
後に取り残された
***
後宮でひとりぼっちの
(……
(あれから
(私のところに運ばれてくるご飯は、いままでの水みたいなお粥だけじゃなくて、
あのときの
『――俺は金輪際、お前に関わるのをやめる』
「……っ」
彼の言葉を思い出すと、心臓が抉られたかのように痛い。
(だけど)
(あれはきっと、
顔を上げ、きりっと表情を引き締める。
(たとえ本心でも、関係ない……!)
心の中にある想いは、たったひとつだ。
(あの人を死なせたくない。――怖い思いも痛い思いも、苦しい思いもしてほしくない)
ただ、それだけだった。
(
(あと三日なんかじゃ、全然足りない!)
そんな
「ちょっと、『冥妃』さまが日中にうろつかないでよ!」
「そっちは花の庭よ! あなたみたいな人が近付いたら、花が枯れてしまうわ!」
(小さな頃からそう言われて、人目に触れる場所や時間は外に出ないように気を付けてきた。でも)
花畑を囲う塀の向こうに、
(後宮の中でここが一番、
「……その通りです」
「え……?」
これまでどんなことを言われても、言い返さずに耐えてきた。そんな
「私はこれからこの花畑で、世にも恐ろしい儀式の支度をいたします。命が惜しいと感じられるお方は、決して近付かれませんよう……」
強い風が吹き、
煽られた無数の花びらが舞い散る中で、これまで冥妃の身に注がれてきた恐れを利用して、
「――次にこの花畑で私の姿を見れば、忌むべき死があなた方に襲い掛かるでしょう」
「ひ……っ!」
みんなが一様に逃げ去って、
(やったあ!
結果としてあの表情を動かせた回数は少ないのだが、目を瞑っていても
怖がらせてしまった人たちには申し訳ないものの、誰もいなくなった花畑の隅で、高い壁に触れて考える。
(よし。……この壁を越える方法を、考えないと!)
そして
(……死期見をする楼の、あの縄飾り……)
***
新皇帝である
『お前はね。他人の死を呼ぶ存在なのよ』
痩せ細った母が
『……三人もいたお前の兄たちは、お前が生まれてから命を落とした。お前が生まれた直後に、陛下の病が露見して、残り十五年しか生きられぬと……。お前が生まれる少し前に見た死期は、もっと未来を示していたというのに……!!』
一度見た死期も何かのきっかけで変動することを、
『皇后陛下、床にお戻りくださいませ……お体に障ります。殿下、あちらでお勉強を』
『私もこの子に殺されるのよ……!
その言葉を耳にした幼い
(俺がいると、みんなが死ぬ)
そしてこうも考えた。
(俺が死を呼ぶ人間ならば、戦場に出ればいい。周りに味方を近づけなければ、死ぬのは敵兵だ)
勉学だけではなく剣術を学んだ。周りに人を近付けないように、人から距離を置いた。
その行動は正解だったらしく、
振るって、殺し、斬り続けた。長らく続いていた各国との戦争が、この国の圧勝で終わってしまうほどに。
(……ああ)
戦場で無数の屍の中央に立った
(母上の仰っていたことは、本当だった)
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