くすのき君は妖怪が見えるけどそれはともかく趣味の人である。

くずもち

第1話いつもとちょっと違う町

 駅を出た時、空の色は青色が濃くなり夜の匂いがして、私は顔をしかめた。


「もう少し早く到着できるはずだったのに……」


 せめて明るいうちに到着したかったのは、夜が嫌いだからだ。


 暗闇が危険だとか、本能的に怖いとかそう言う理由もあるにはあるけれど―――それだけじゃない。


 もっと不可思議で危険なモノが、夜の闇の中にいる事を私は知っているからだ。


 私、神木 杏樹には人ではないモノが見えている。


 そして、今だってそうだった。


「うっ……」


 道の真ん中に大きな一つ目の生き物が飛んでいた。


 だというのに周囲の人は、なんのリアクションも示さずにそいつの前を通り過ぎてゆく。


 だから私は細心の注意を払って、素知らぬ顔でそいつの前を通り過ぎた。


 見えているのに見えないふりをする、これが私の日常だった。


 ただ私には妖怪がはっきり見え過ぎてしまって、どうしても無視できない時がある。


 そう言う違和感は隠しても周囲にわかってしまって、周りの人は気味悪そうに私を見る。


 何度か失敗して引っ越しを繰り返したが、どこの町にもあいつらはいて、見える私に興味を示した。


「もっと気を付けなくっちゃな……」


 私はボソリと口の中で呟いた。


 前の時は特にさんざんだった。


 挙句また引っ越すことになってしまったが、新しい土地ならしばらくはマシな生活を送れるだろう。


 ただ、この静かな時間もそんなに長くは続かないだろうなと私には予感があった。


 この町にも妖怪はいる。そしてまたいつもと同じように私を想い悩ませるだろうと。


 そして、こうやって夜を歩けば、妖怪の世界がよく見えた。


「―――」


 静かなままでいてくれればいいのに、いつもの通りトラブルは思っていたよりもずっと早くやって来る。



オオオオオオオ……。



 引っ越し先のアパートを目指す途中、河川敷に差しかかると私は大きな川から透明の何かがゆっくりと浮かび上がってくるのを目撃した。


「……!」


 それは巨大な龍のように見えた。


 龍は鱗の生えた蛇のように長い胴体をうねらせて、川から空へと浮かび上がってゆく。


 低い唸り声からは龍の怒りが伝わってきて、ブワッと私の全身に鳥肌が立ち、あまりの気配の強さに眩暈がした。


「これは早々ついてないかな……」


 アレが妖怪の類で、しかもとても力のある存在なのは間違いない。


 そして川にまつわる何かでもある。


 私はそういえば、テレビで河川に薬品が流れたというニュースを聞いたことを思い出していた。


「……!」


 空に黒い雲が突如として現れ、稲光が空を走ったのはあの龍のせいだろう。


 あんな存在が暴れだしたら、どうなるかわからない。


 理性はすぐにでも逃げ出せと囁くが、私はどうにかしたいと思った。


 これは自分の悪癖だと思う。


 だけど何か起きるとわかっているのに見て見ぬふりをするのが、私はとても気持ちが悪かった。




キャラキャラキャラキャラ―――。




「え? 何?」


 そんな時、妙な音が聞こえて来て私は振り返ったのだが―――その一瞬で焦りから生まれた心の靄など真っ白になってしまった。


「……は?」


 私は目をこする。


 目の錯覚じゃなければ戦車が見える。


 迷彩柄の装甲と、キャタピラと大砲は恐ろしいほど重量感抜群だった。




「おうおうあらぶってるなぁ! ちょっと頭を冷やせ!」


「ちょっと! まずは穏便に!」


「断る! 派手にいくぞ!」


「いかないで! なんで性格が変わるんです!?」




 戦車から声が聞こえ、戦車の砲塔が旋回し始めた。


 私の額からは一筋汗が流れ、頬が自分でもわかるほどに引きつってゆく。


 まさかと体を強張らせたその瞬間、ズドンと大砲が火を噴いて、私は轟音に思わず耳を押さえてうずくまる。


「……!!」


 発射された光の玉はまっすぐ龍に飛んで……あっ、見事頭に命中。




ヌォオオオオオ……。




 白目をむいた龍は墜落して、川の中に沈んで消えてしまった。


 私が唖然としていると、戦車の中から人影が飛び出して、騒いでいるのが見えた。




「よしよし、命中だ! やったな!」


「よしじゃないですって! もうちょっと穏便に!」


「はー? 戦車で穏便ってどうやれというのだよ?」


「それは……まぁ、そうですけど」




キャラキャラキャラキャラ―――。




 キャタピラの音は来た時の同じように遠ざかって、嘘のように夜の闇の中に消えていった。


「…………」


 静けさがようやく戻ってきた。


 私は驚きのあまり止まっていた呼吸の仕方を思い出す。


 そして戦車が消えていった方を本当にぼんやりと眺めて呟いた。


「あれ? ……いつもとなんか違う?」


 っていうかアレはなんだ?


 疑問しか残らない夜は、ありえないくらい鮮烈に心に刻まれたけれど、私には全く理解できなかった。



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