第2話 貴女達が大好きだった

「今日は映画だっけ? 何観るの?」


「あ。えっと……着いてから2人で考えたいなって」


「オッケー。じゃあ行こうか」


 キリストが復活したくらいの衝撃を受けた私だったが、鹿島さんからしたら特に騒ぐことでもないのだろう。冷静に仕事を進めている。


 2人で並んで歩き出す。

 ヤ、ヤバい。何を話そう。


 完全な初対面なら自己紹介からなんだろうけど、全く知らないわけではない。

 昨日考えてきた会話チャートが、全て崩れて脳がパンクしそうだ。


「いやー。それにしても久しぶりだね。高校卒業以来じゃん。あ。ちなみにミレイっての芸名みたいなものね。本名は鹿島ケイ」


 そんな情けない私に褐色の天使は口火を開いてくれた。

 なるほど。久しぶりに会った相手にはこんな感じで接するのか。

 勉強になるなぁ。


「う、うん。よろしく」


「アタシもこのバイト慣れてないから、ちょっとでも知ってる人で安心したわ」


「そ、そうなんだ」


 覚えてくれていただけでも嬉しいのに、知ってる人認定までしてくれていたとは。ありがたい。


「よ、よく私なんかを覚えてたね」


「そりゃ、あんま絡み無かったけど竹下さん人気者だったし」


「は、はい?」


 なんだろう。これがイジりというヤツだろうか。

 もしそうだとしても、芸人さんみたいなユーモアある返しは私にはできない。

 どうしようと焦っている間も、鹿島さんのお喋りは止まらない。


「ウチらさ、竹下さんをパシリみたいにしてたじゃん? 竹下さん文句ひとつ言わないで行ってくれるからラッキーくらいに思ってだんだけど、冬くらいにクラスの連中から総攻撃喰らってさ。竹下さんをいじめるなーって」


 ……いじめ?


「いじめてたつもりはなかったんだけどねー。でもまぁ、周りから見てそうだったんならそうなんだろうね。ごめんね」


 鹿島さんは変わらず笑顔だけど、ほんの少しの曇りがあった。

 私が人気者だったとか、信じられない情報の処理がまだできていないけど、天使のそんな顔、見たくない!


 鹿島さんの両肩を強く掴み、私は叫ぶ。


「で、でも! 話しかけくれたのは鹿島さん達だけだったよ!!!」


 人間関係は難しすぎて私にはよく分からない。だけど、あの時の私に元気をくれた鹿島さんが寂しそうにしていることが間違っていることくらいは分かる。


 周りがどうとか関係ない。

 私は鹿島さん達が大好きなんだ。


「……」


 しかし、言ってから数秒で即後悔する。

 何故なら、今の私は街中で叫んでいるイタい女になっているのだ。

 いたたまれなくなり、俯く。

 俯くのは私のクセだ。こうすれば現実を見なくて済むから。


「……ップ」


 鹿島さんの口から声が漏れる。


「アハハハハ! 竹下さん、そんな大きな声出せたんだ!」


 笑われている。というよりウケたという方が近い感覚になる。

 バカにされたのではなく、「この人、面白いなぁ」と思って笑ってくれたのだと分かる、素敵な笑顔。


 芸人さんが身体を張ってまで笑いを取りにいく気持ちが、今なら少し理解できる。

 これは確かに、クセになる。


「そっかそっか。ウチら竹下さんには嫌われてなかったのか。ちょっと安心した」


 そう言うと、嬉しそうに私の手を握った。


「ア、アワ!」


 憧れのシチュエーションとはいえ、いきなりの幸福感にキモい声が出てしまった。


「手、繋いでもいいよね。だって今日は友達なんだから!」


 引っ張られるように、サンシャイン60通りを駆ける。


 あぁ。

 これだ。

 私はずっと、これがしたかったんだ。

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