ゆるやまっ! 〜クラス一の美少女と白髪山ガール先輩とのんびり登山します〜

中尾篤

第1話 プロローグ①

 看板を持って部勧誘をする先輩たちの喧騒。

 新しいブレザーに身を包み、そわそわと辺りを見回す初々しい新入生。

 そこに吹く暖かな風は春を告げた。

 満開に咲く桜が舞い散り、僕の頬に一片の花びらが張り付く。

 それを親指と人差し指でつまみ、そっと息を吹きかけた。

 もうすっかり春なんだな、となんだか少し嬉しくなる。

 花びらは風に揺られ、僕の右手側にそっと抜けていった。

 その花びらを目で追う。


「あっ……」


 すると、一人の少女と目が合った。

 少女の、黒檀のように艶やかなボブカットがふんわりと揺れて桜の花びらが舞う。

 美しい。

 僕はそう思った。

 桜もそうだが、それ以上にこの少女が美しいと思った。

 桜の花びらを完全に引き立て役としている。


「どうも……」


 すると少女は頭を下げ、軽く会釈をしてきた。

 それを見て僕も慌てて頭を下げ返す。

 その美しさにみとれていたせいでずっとぼーっとしていた。

 失礼なことをしてしまった。


「あ、あの──」


 僕は非礼を詫びようと少女を呼び止めようとする。

 ……いや、そんな高尚な理由じゃない。

 僕の心の中にあったのはもっとこの少女と話したいという打算だった。

 だが、少女は僕の浅ましい心を見透かしてか、はたまた単純に聞こえなかっただけなのか、そのまま歩いていってしまった。


「はぁ……」


 僕は未だに鳴り止まない鼓動を手で抑えながら目的である部室棟へ向かった。




 ***




「ここかな……?」


 お目当ての部室棟は校舎から離れたところにあるプールのすぐ隣にあった。

 白を基調とした二階建ての建物で、今年新設されたというだけあってとても清潔感がある。

 僕はゆっくりと階段を昇っていき、目的地である部室の前にたどり着く。

 扉の前には『山岳部』という文字が書かれたプレートがかけられてあった。

 人前で話すのがあまり得意ではない僕は、ここで心を落ち着けることにした。

 一度大きく深呼吸をする。


「すぅ……はぁ……」


 何回か深呼吸を繰り返すうちに、脳内がクリアになっていき、少しだけ心拍数が下がったような気がした。


「よしっ」


 僕は十分に気持ちを落ち着かせ、ドアに手をかけた。


「失礼しま──」


 僕は最後の『す』を言い切る前に声を失ってしまった。

 開いた窓から見える桜をバックに二人の美少女が向かい合うようにお話をしている。

 その光景があまりに神秘的で、僕がいるのが場違いだと思ってしまったからだ。


「……あっ。さっきの」


 一人は先程会った黒髪ボブカットの美少女だった。

 そう言ってチラッと僕の方を一瞥すると興味を無くしたように窓の方へ目をやった。


「見学……?」


 もう一人は陽光を照り返す白銀の髪が美しい少女だった。

 色素が抜けた肌はきめ細やかで、人形のような端正な顔立ちをしている。

 そして今、水晶玉のように透き通った瞳をこちらに向け、眠たげな表情でそう尋ねてきた。


「け、見学です。で、でも……」

「…………?」


 白髪の少女はこくりと首をかしげた。


「ここって本当に山岳部……なんですか?」


 僕がそう質問するのも無理はないと思う。

 部室には、本棚とそこにびっしり詰められた本。

 そして、二人の少女が座っているテーブルにはティーカップとお茶菓子が置かれていた。

 おまけに白髪の少女の手元にはしおりが挟まれた文庫本がある。

 これなら山岳部ですと言われるより文芸部ですと言われた方がしっくりくる内装だ。


「ええ、そうよ。ここは山岳部よ。良かったら空いてる椅子に座って?」


先輩とおぼしき白髪の少女は僕に椅子をすすめてくれた。


「えっ、ちょっと! ちょっと待って……っ!」

「?」



突然黒髪ボブカットの少女が声を上げた。

 驚いた様子で僕と白髪の少女の顔を交互に見る。


「え、えっと……ここ、山岳部なんですか?」

「そうだけれど……?」


 黒髪ボブカットの少女の質問にあたかも当然だという風に答える白髪の少女。

 それを聞いた黒髪少女は目を丸くする。


「嘘っ!? えっ……えっ……!?」

「ど、どうしたんですか?」

「私、ここ文芸部だと思ってた……」


 そう勘違いするのも無理はない。先輩のような美人な人が優雅に本を読んでいたら誰だって文芸部だと思うはずだ。


「扉の前に『山岳部』と書かれたプレートがあったはずだけれど……?」


 白髪の少女がそう言う。


「えっ、嘘?」


 慌てた様子で立ち上がり、扉の前へ行く黒髪少女。


「ほ、ほんとだ……」


 口を大きく開き、黒髪少女はがっくりとうなだれた。


「えーっと……。あの、先輩。

 私、先輩が本を読んでる姿を見てここが文芸部だと思って……」

「そう」

「私、運動は全然できないし、本を読むのが趣味なんですよ!」

「そう」

「だから、ちょっとここから失礼したいなって……」

「そう」


 ボブカットの少女の言葉を『そう』の二文字で返す白髪少女。

 機械のようなその反応にボブカットの少女は少し居心地が悪そうだ。


「それじゃあ私はこれで──」


 黒髪ボブカットの少女がその場を立ち去ろうとすると、白髪少女は急に立ち上がり、その腕をがっちりと掴んだ。


「まあとりあえず座って」

「あ、あの、先輩? 私はぶんげ──」

「座って?」

「えっと、だから……!」

「座って?」

「はい……」


 黒髪ボブカットの少女は入りたくもない部活の勧誘に自ら突っ込んでいって自爆してしまったようだ。


「そこにいる君も」

「は、はい」


 そして、黒髪少女の隣の席に促され、僕は彼女の隣に座った。

 すると、先輩であろう白髪少女が僕の為に紅茶を入れてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 先輩がにっこりと笑いかけてくれる。

 僕はなんとなく目を逸らしてしまった。


「……そうね、まずは自己紹介でもしましょうか。いいかしら?」


 先輩は、僕たちの無言を肯定だと受け取ると自己紹介を始めた。


「私は3年、姫路杠葉ひめじゆずりは。ここ、山岳部の部長よ」


 姫路先輩は最低限の情報だけ伝えると黒髪ボブカットの少女の方に視線を送った。


「1年、小戸森こともりほたるです……。

 山岳部どころか、山とは全く無縁な人生を送ってきました……」


 山岳部には入りたくないですよオーラを若干出しながら小戸森さんはそう挨拶した。

 続いて、僕も挨拶する。


「同じく1年、鳴瀬蒼なるせあおです。

 親の影響でアウトドアが好きで、よくキャンプとかに行っていて……あの……山はそんなに登らないんですけど……その……」


 やばい。言いたいことがまとまらない。

 くっ、咄嗟に言いたいことが言えない。これがコミュ障の弊害か……。


「ふふ、そんなに焦らなくても大丈夫よ。

 よろしくね、鳴瀬くん」

「あっ、はい。よ、よろしくお願いします!」


 薄く微笑みかけてくれる姫路先輩。

 思わずドキッとしてしまった。


「小戸森さんもこれから1年間よろしくね」

「あの、私なんで山岳部入ることになっているんですか?」


 小戸森さんは顔を少ししかめる。


「入らないの?」

「いや、入りたくないです……」

「入ってくれてもいいのよ?」

「ごめんなさい、嫌です」


 小戸森さんは小刻みに首を左右に振った。

 きっぱりとした拒絶だった。


「ひどいわね……。何もそんなにはっきり言わなくてもいいじゃない。

 そんな態度をとると、機嫌が悪くなって私のほっぺたがぷくぷくふくれちゃうわよ?」

「勝手に膨れててくださいっ」


 そう言ってそっぽを向き、頬を膨らます小戸森さん。

 僕的には、今は小戸森さんの方がぷくぷく頬が膨らんでいると思う。


「……ふん。まあいいわ。私にも作戦があるから」

「さ、作戦……ですか?」


 僕がそう尋ねると姫路先輩は顔に手を当て、ありもしないメガネをくいくいっとする。

 その姿は自信に満ち溢れており、絶対に勧誘出来るという自負が感じられた。


「小戸森さん、今から少し時間をもらえるかしら?」

「な、何をするんですか」

「何もそんなに身構えることはないわ。

 ただ、あなたに山岳部の活動をちょっと体験してもらうだけだから。

 きっと気に入ってもらえると思うわ」


 姫路先輩はそう言ってにこやかに微笑んだ。

 それに対して小戸森さんは眉をひそめ、顔を曇らせる。


「一応聞いておきたいのですが、それを断ることってできますか?」

「できないわ。というより、させないわ」

「…………っ。ですよね……」


 小戸森さんは唇を噛み、頭を抱える。

 なんとなくもう、断りきれないのを悟っているように見えた。


「間違ってここに入ってきてしまったのが運の尽きよ。観念しなさい」

「わ、分かりました……」


 先輩の圧には逆らえなかったようだ。

 小戸森さんは小さくため息をもらす。


「で、でも、ちょっとだけですからね?」

「ええ、構わないわ」


 姫路先輩は満足そうに頷く。


「それじゃあ今から外に行きましょうか」


 先輩はリュックを掴み、それを背負うと僕と小戸森さんの手を引いて外へ出かけたのだった。

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