ノエルの心の檻 ―祈りの彼方へ―

もちうさ

第1話 風の記憶

都市の空は、かつてよりも澄んでいた。

 けれど、その澄み切った空を見上げるたびに、ミナの胸にはひとつの痛みがよぎる。


 ノエルはもういない。

 彼女が命をかけて守ったもの──ヒロシの想い、人々の心、未来への希望──それは確かに引き継がれていた。だが、その小さな命の重みは、まだ都市の誰にも背負いきれずにいた。


 


 ミナは今、都市再建を支える新しい中枢棟に勤めている。感情を解放した世界では、かつての技術や法律がことごとく見直されていた。


 「感情を持っていい世界」が当たり前になったはずなのに、人々の心にはまだ迷いがあった。暴走、混乱、孤独……そして、喪失。


 


 ある日、セリアが彼女の元を訪れた。相変わらず表情は乏しいが、どこか穏やかだった。


「ノエルの感応記録、解析が進んだわ」


 ミナは静かに頷く。


「残留感情……ですか?」


「ええ。明確な消失の痕跡がない。命の終わりとしては、あまりに不自然なの」


 ミナの指が、ポケットの中の鈴をなぞる。

 かつてノエルが愛した小さな玩具──今は鳴らないその鈴だけが、彼女のぬくもりを思い出させてくれた。


「セリア……」


「何?」


「もし……ノエルが、どこかにいるのだとしたら……私たち、また会えるのかな」


 セリアは少しだけ、視線を空へ向けた。


「それは、信じたいと思えるかどうかじゃないかしら」


 


 その夜、夢を見た。


 懐かしいあの部屋。ヒロシの笑い声。ノエルが窓辺に座り、やさしくこちらを見つめている。

 どこにも不自然なところはない、ただ穏やかで、あたたかい夢。


 


 ──目が覚めた瞬間、ミナは涙を流していた。


 そこには何もない部屋。けれど、枕元の鈴が、確かにひとつ──音を鳴らした。


 


 まるで、また会えるよと、誰かが言ったように。

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