クラスの美少女に告白されたけど、どうやら僕は“彼女好みに調整”されてたらしい

夜道に桜

第1話

放課後の教室に、ざわざわと笑い声が響く。

 俺は教科書を鞄に押し込みながら、ちらりと窓際を盗み見た。


 ──彼女は今日も、笑っていた。


 七瀬ほのか。

 この学校じゃ知らない奴の方が珍しい、“完璧な優等生”。

 顔が良くて、スタイルが良くて、成績も運動も全部トップクラス。

 なのに、誰にでも平等に優しい。


 俺とは住む世界が違う。

 ……そのはずだった。


「ハルくん、今日も一緒に帰るよね?」


 そんな完璧な彼女が、まっすぐこっちを見て、そんなことを言うんだ。


「え、あ、うん。いいけど」


 毎回、慣れたふりして返すけど、内心じゃ心臓が爆発寸前。


「ふふ、やった。じゃあさ、川沿いのコースにしよ。あっちの方が桜も綺麗だし」


 袖をちょん、と引かれる。


 この距離感。この無防備さ。この甘えた声。

 全部が、俺の理性を溶かしてくる。


「お前さ、昨日もあの道だったろ。飽きないの?」


「飽きないよ? だってハルくんと一緒なら、どこでも好きだもん」


「……そういうの、あんま他のやつには言うなよ」


「うん。……“他の人には”ね」


 その言葉に、少しだけ含みがあるように聞こえて、思わず彼女の顔を見た。

 けれど、そこにはいつも通りの、無垢な笑顔があった。


「……そういやさ」


「ん?」


「今日、昼に二組の小林と話してた?」


「うん、ちょっとだけね。生徒会関係の話」


 即答だった。迷いも濁りもない。


 なのに、なんだろう。胸の奥に、ぬるりとした苛立ちが張り付いて離れない。


 彼女が笑いかけた相手が、自分じゃなかったこと。

 それだけで、どこかがざわついてしまう。


 俺は、そんな自分が嫌いだった。


 でも——やめられなかった。



 帰宅後。

 自室のベッドに転がり、俺はスマホを手に取った。


 起動するのは、他人には絶対に見せられない“あのアプリ”。


 画面に表示されるのは、一人の少女のステータス。


 《七瀬ほのか》


 名前の下には、さまざまな感情を示すパラメータが並んでいる。


 【好意:92】

 【依存:61】

 【独占欲:34】

 【嫉妬:12】


 ……着実に、上がってきている。


 最初にアプリを手に入れたのは、ほんの数週間前。

 匿名掲示板のスレッドで紹介されていた。誰かが冗談半分に投稿していた《code:Eros_0.9β》というアプリ。


 最初は信じてなかった。

 でも、試しに【好意】を+1した翌日から、彼女の態度は微妙に変わっていった。


 話しかけられる頻度が増えた。

 距離感が近づいた。

 目が、俺だけを追うようになった。


 きっと偶然じゃない。

 あのアプリは本物なんだ。

 そして彼女は、少しずつ“俺のもの”になっていく。


「今日は……【嫉妬】をもうちょい上げてみるか……+3」


 指先で数値をスライドさせる。

 画面に“更新完了”の文字が表示されると、ぞわりと背筋に奇妙な快感が走った。


 まるで、彼女の心を直接いじったような感覚。

 それが、罪悪感よりも先に“支配欲”を満たしてくる。


 俺は彼女を愛している。

 だからこそ、誰にも渡したくない。

 どんな手を使ってでも、俺だけのものにしたい。


 そのためなら——


「ん?」


 突然、画面がチラついた。


 一瞬、ノイズのような画像が映った気がして、目を凝らす。

 だけど、すぐに通常画面に戻る。


 なんだったんだ、今の。設定画面か?


 もう一度操作してみるが、何も出てこない。

 バグ……か? それとも……?


 なんとも言えない違和感が、胸の奥に刺さった。


 だが、すぐに通知音が鳴り、彼女からのメッセージが届いた。


【七瀬ほのか:ねえ、明日も一緒に帰ろ?】


 その文字を見ただけで、さっきの違和感は霧散していく。


 ──ほのかは、俺を好きになってくれている。

 ──これは、俺の努力の結果だ。

 ──何もおかしくなんかない。


 スマホを握りしめながら、俺は頷く。


 明日はもっと、彼女を俺色に染めよう。


 少しずつ、少しずつ。

 彼女の中に、俺という存在を根づかせていく。


 そうして、誰にも奪われない唯一の“俺だけの彼女”が完成するんだ。

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