第25話 コンビニ弁当の中から
仕事帰りの夜、部屋には誰もいない。
玄関で靴を蹴飛ばし、疲れた体を引きずるようにして、洋介は六畳のアパートに戻ってきた。
ビニール袋の中身は、今日もまたコンビニ弁当。のり弁と缶チューハイ。
栄養も彩りもないけれど、何も考えず口に運べる、心の味だ。
「はぁ……マジで人生これでいいんかな……」
そうぼやきながら、テーブル代わりの段ボール箱に弁当を置く。
箸を割り、パカッとふたを開けた――その瞬間。
「おっ、おつかれ!」
「……は?」
白米の真ん中。タラコふりかけのあたりから、小さなおっさんの顔がひょっこり出てきた。
「今日も仕事がんばったな。大変だったろ」
「……え? えっ???」
弁当の中、まるで温泉から顔を出してるように、米粒の間から人間の頭部。
しかもどこかで見たことあるような、哀愁漂う中年の顔立ち。
スーツ姿で、ちゃんとネクタイもしてる。米に埋まりながら。
「ちょっ……ちょっと待てお前、誰!? なに!? なんで米の中から出てきた!?」
「いやいや、俺はこの弁当の魂ってやつよ。商品コード:NMB47−のり弁・温玉付の精……みたいな」
「精!? なにそのフワッとした設定!!」
混乱する洋介に、おっさんはふふんと鼻を鳴らす。
「まあ、要するにだ。君がこの弁当を選んでくれて、俺はすっごくうれしいわけ。だってほら、いろいろ迷ったろ? カツ丼とか、唐揚げ弁当とか……でも、最終的に俺を選んだんだよ」
「いや、それは……値段とカロリーがちょうどよかったから……」
「だろ!? そんな絶妙なラインで勝ち抜いた俺! 泣けるよなあ、こういうドラマ!!」
「いや米から語るな!!」
洋介はひっくり返りそうになりながら、おっさんに指を差す。
「てか、お前がいると食えねぇんだよ! どういう神経で『食ってくれ』って言ってんだよ!!」
「俺は弁当の魂。食われてナンボ。君が咀嚼して、胃で溶かして、エネルギーになって……ようやく俺は完成するんだよ!」
「それを真顔で言うなよ!! 怖ぇよ!!」
おっさんは胸元からちっちゃい名刺を取り出して差し出してくる。
「“弁当の魂サポートセンター関東支部 第三のり弁担当”の杉本です。どうぞよろしく」
「役職あんの!? てか、のり弁に“第三”って何!? 前任いたの!? やめたの!?」
「前の担当の加藤は、ゆかりごはんに異動になった」
「人事異動あんのかよ!!」
もはやツッコミが追いつかない。
すると杉本は、急に顔を真剣にして言った。
「……それよりさ、最近ちょっと疲れてるよな?」
「えっ」
「頬がこけて、眼の下にクマ。昼飯も抜いたろ?」
「……なんで知ってんだよ」
「俺は弁当の魂だぞ? 見てるんだよ、君の生活」
「怖いって言ってんだろ!!」
でも、なんだろう。
部屋で誰にも見られていないはずなのに、なんか急に涙腺が緩む。
「……お前、なんでそんなことまで……」
「お前が食わなきゃ、俺は報われねぇからな」
「……」
「ほら、たしかに俺の顔が米に埋まってると食いづらいかもしれねぇ。だが、俺は魂。食ったって物理的にお前の胃に入るわけじゃない」
「……まぁ、確かにそうか……」
「だから、思いっきり食え。お前が満たされるなら、それでいいんだ」
杉本は、白米にズブズブと沈んでいった。
最後にひとこと、こんなことを言い残して。
「……あ、からし明太マヨはちょっと多めにかけたから気をつけてな」
そして、スッ……と消えた。
残ったのは、普通ののり弁。
白米の中央には、タラコふりかけがかかっているだけ。
「……なんだったんだよ……マジで」
でも、なぜだかちょっとだけ温かい気持ちになっていた。
洋介は箸を握り直し、米を一口。
「……うま……」
「痛っ! いま、俺の左耳いったな……」
「えっ、繋がってるの?食べにくいだろ…」
「俺のことは気にせず食べろ!」
そして、洋介は箸を握り直し、米をまた一口。
「痛っ、イタタタタッ!!!」
「やめろ!食べれねぇじゃねぇか!?」
「わりぃわりぃ、冗談だよ。さぁ食べな」
ほろっとした白米と、ほどよい塩気のタラコ。
噛むほどに、杉本の顔がよぎってしまうのが難点だったが、なんか、腹の奥に沁みる味だった。
いつもと同じ弁当。
でも、少しだけ違って感じたのは、たぶん――
「……また、食うよ。たぶんな」
そうつぶやいて、洋介は静かに、のりをめくった。
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