第5話「青年 12月24日」

人は思い込みで生きていくことが多い。

話したこともないクラスメイトが、僕の方らしき方を指差しながら談笑していると自分のことように感じることある。

ネットで貼られている不確かなスキャンダルを事実として飲み込んでしまうこともある。

そして間違いだという証拠がでたとき、安心したと同時に、嘘つくなと憎んでしまうことがある。

僕は、そのような人間にはならない。


だが、今日は聖なる日だ。

彼女から約束を取り付けられてから、毎日鼓動が打っていた。

これがどのような鼓動かは、自己解決してるので説明はしない。

都心から少し離れた、だが栄えている海辺の街を集合にされている。

周りには待ち合わせのカップルと思わしき人が多くいる。

セットした髪、インカメで見た目を確かめる女性、ライトアップされたツリー、ベルや鈴の音で作られたBGM。

そう、今日はクリスマスイブだ。

そんな日にこんな街で女の子に誘われているのだ。

理由がなんであれ浮き足立たないわけが無い。


僕も見た目をチェックするため、インカメを開いた途端僕の視界に靴が入ってきた。

存在を証明する為、相手に気づかせる方法として最下層と思われる足を伸ばす方法を彼女は選んだ。

だが僕にそんなことを気にする余裕は無い。

「おはよう、メリークリスマス」

聞いていなかったイヤホンを外しながら彼女に伝える。まだ辺りでは鈴のBGMが鳴り響いている。

「おはよ!メリークリスマス!今日はやけにオシャレだねー?」

小馬鹿にするような笑顔で僕を見てくる。

「クリスマスくらいオシャレしなきゃ、僕の元がいい顔や体が勿体ないよ。」

「お、言うねえ。まあ確かに今日は素材がいきてるかもね?」

そのくらい言われなきゃ困る。今日のために新調した服なのだから。

「で、今日は何をするの?」

僕は照れ臭さから話を逸らす。

「今日は!普通にデートです!カップルみたいなことしよ!」

みたいなこと、か。と少し落胆しながらも今日に期待を込め歩き出した。


彼女の提案で、まずオシャレなカフェで昼食をとることにした。

中井さんの店とは違う。コーヒー1つで900円もする。中井さんは400円だぞ。舐めるなよ中井さんを。と、少しの抗いを見せながらコーヒーを啜り、他愛ない会話を進める。

なんだかんだあまり話したことの無い学生生活の話や、家族の話、恋愛観などどれをとっても平凡と当たり障りのない内容だった。

「クリスマスっていままで彼女と過したことあるの?」

「答えをわかってて聞くのはずるいね。ないよ。」

彼女はいつもこのような会話を好む、僕を少し小馬鹿にする、上に立とうとする会話だ。それを心底楽しそうな笑顔で笑うのがまた狡い。


それからは単純なものだった。

昔懐かしの駄菓子屋を再現した店で子供の頃好きだった駄菓子を買い、近くにある中華街で晩御飯を済まし、観覧車が目立つ夜景を眺めながら、ホテルに向かう。

今日母親には学校の友達と過ごすと伝えてるため、帰らなくても問題は無い。


お互い風呂を済ませた後に、コンビニで買えた酒を交わしながら会話を進めていく。

自分の手と缶チューハイの距離も不確かになってくるほど酔いが回った頃、生きることについての話が始まった。


「遥くんは、生きるってなんだと思う?」

彼女は赤く染った顔で僕の方を見ながら聞いてくる。

「受動的なものだと思うよ。母親と父親の元に命を授けられて生まれる。ただそれだけの事に過ぎないと思う。」

僕は目を合わせず窓の外をみながら伝える。

「そっか。私は違うと思う。」

視界の端に入る彼女は僕のことを見ているように感じた。


「私は、生きるということは証明をし続けること。否定を繰り返されて、誰かと相入れなくて、他の誰かと愛し合って、そして生きた証をどこかに記して、誰かに見てもらって、評価をしてもらい、そして生きていると感じるの。」


彼女は続けた。


「だから私はいつまでも、書き続けていたいの。でもこれはわたしだけじゃないとおもうの。」


彼女は僕の手を握りながら話す。


「例えば何だっていい。音楽をすることも、絵を描くことも、自分を表してる。サッカーも野球も、全て自分の結果を世に示してる。中身は何だっていい。」


彼女は僕の手を引っ張りベッドに向かう。


「私は私の世界を広げていたい。そして誰かを飲み込んでしまうような話を書きたい。私が知らないことは全部知りたい。そしてそれを世界に教えたい。正しいとか間違ってるとかじゃなくて、これは私のエゴで、生きた証。」


彼女は僕をベッドに押し倒す。


「何度も言うよ。私は、私が生きた証が欲しい。それを世界に示したい。誰かに認められなきゃ、生きていけないの。」


彼女の長い髪が頬に触れてくすぐったい。

彼女言ってることは、一つの説として飲み込める。

彼女は、表現者なんだ。僕がこの世で忌み嫌う、表現者の1人なんだ。


画家の父はとある作品を残して自殺した。

「骨」と明記された作品。

大して売れることもなく、少しの金銭を糧に母と結婚をし、将来を見据えるなく絵を描き続け、そして最後には自分の死をも作品の意味付けに使った画家、菜月秀一。

遺書にはこう記されていた。


"私は、私の世界を皆に教えたかった。

絵を描き始めてから思っていた。

この世界の色を、音を、全てを私が見たままに伝えたいと。

だが、世界はそれを許すことは無い。

私の絵では、私の世界を表すことは出来ない。

今の私の力では、何も出来ない。

死は芸術のひとつとして評価される。

私は、表現者だ。


咲月、遥、すまない。


私は、表現者だ。"


彼女の荒れた息を感じながら、僕は言葉を絞り出した。


「普通に生きる人間には、価値が無いとすら思うの?」


彼女は僕の目を見据えた。


「価値が無いとまでは言わないよ。でもノアリストの時に言ったでしょう。勿体ない、と。」


どこかで鈴の音が聞こえた気がした。


「生まれて、普通に生きて、普通に死ぬ。そんなレールの何が楽しいの?誰かに認められて、結果を残して、評価された方が気持ちよくて、生きていると感じるじゃない。だから私は書くの。書き続けるの。終われないの。」


彼女は息を吸った。

「私は小説家だよ。」

彼女はもう一度息を吸った。


「私は、表現者だよ。」


彼女は僕にキスをした。


そのまま流れるように性行為をした。

身体は性欲に負け、初めての女体に溺れながら、頭は働いていた。


ああ。彼女に抱いていたのは恋でも嫉妬心でもなかったんだ。


彼女は僕に抱きついた。


感じたことの無い温もりの中、頭は冷えきっている。


ふと、脳裏に過った。


僕は動きを止め、彼女を見つめる。


彼女も不思議そうな顔で僕を見つめる。


「このことも、書くの?」


ニヤリ。


彼女は僕を見つめた。


「私は、表現者だよ」


僕が抱いていたのは、"憎悪"だ。



どこかで、鐘の音が聞こえた気がした。





それから8年後、僕のヒット作

「盗作」

が出版された。

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骨を喰らう @you_1020

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