灯をともす者〜帰らぬ人を照らして〜

舞麦猫

灯をともす者

 海辺の町の外れに、古びた灯台がある。

 今はもう、航路も変わり、船も来ない。

 それでも、その灯台の灯は毎晩かかさずともされていた。


 灯をともすのは、一人の女だった。

 髪は雪のように白く、肌は透けるように薄い。

 いつからそこにいるのか誰も知らず、誰も彼女の名を聞いたことはなかった。


 ただ人々は、彼女のことを**「不死の灯台守」**と呼んだ。


 ある日、一人の少年が灯台を訪ねてきた。

 兄を海で亡くしたばかりの少年だった。


「……おばさん、まだ灯してるの? もう、船なんて通らないのに」


 女は、火を整えながら答えた。


「灯は、海を渡る者のためだけにあるのではないよ」


「じゃあ、誰のために?」


「――戻れなくなった人のため。そして、待つことをやめられなかった人のために」


 少年はしばらく黙っていた。

 夜の海は静かで、波音だけが、遠い世界の声のように響いていた。


「兄ちゃん……もう帰ってこないよね」


 女は少年を見なかった。だが、その手は一瞬だけ止まった。


「そうかもしれない。けれど、“私は光を灯して待っている”ということだけは、伝えておくよ」


 少年は頷いた。灯台を出ていくその背を、女は見送らなかった。


 ――風が吹く。

 炎が揺れ、灯は少しだけ強くなった。


 かつて、彼女もまた、帰らぬ人を待っていた。

 あの夜、彼は「すぐ戻る」と言って、船に乗った。

 その後、船も、彼も、二度と帰らなかった。


 絶望の果てに、彼女は不老不死を得た。

 望んだわけではない。ただ、灯を消すにはまだ早いと思っただけだった。


 灯をともすたび、思う。

 ――いつか、あの人がこの灯を目印に戻ってくるのではないか、と。


 不老不死とは、生きながらえることではない。

 “終われない想いと、付き合い続けること”だ。


 灯は今日も、変わらずともり続けている。

 この町に来たことすらない誰かのために。

 そして、戻らなかった誰かの帰り道のために。

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