第3話 魔道具師とお客様

「お前は私が死んだ後も長い時の中で、私の教えを守っていくんだろうな」


「急に何師匠?ボケたの?そんなの当たり前じゃん。師匠は伝えた。僕はその教えが正解だと思った。それだけだよ」


「馬鹿が。私は私の教えが正解だなんて思ってねぇーよ。ただ私にはそんな伝え方しか知らなかっただけだ」


「…」


「今のお前はそうなんだろうな。でもこの先、お前は人を信じたいと思う」


「まさか。僕が他人(ひと)を信用する訳ないじゃん」


「最後まで聞け馬鹿。信じたいと心から感じた時、お前は、お前の好きなように生きろ。私に縛られず生きたいようにな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「師匠…」


夢から覚め、起き上がると頬に滴る水を感じた。涙。夢の内容は覚えていないが師匠の事を思い出していたように思う。あの人の事で泣くとは思えないけど…


「…最悪だ」


最悪の目覚めにふて寝したくなったが、ホルンの何とも言えない視線を受け取ってしまい起き上がる事にした。

ホルンにご飯を与えて、自身も朝食にする。ホルンの影響もあり、規則正しい生活をしていたのだが、時計に目をやると眠ってから数時間しか経過していなかった。


「うし、やるか」


今日、完成させたい魔道具があった。そのためアストはここ一週間ほど、ほぼ眠らず作業に没頭していた。いつも耳を啄み起こすホルンが彼を起こさなかった理由(わけ)はそれなのだろう。


作業机に向かい、眠る前のやり残した箇所から再開する。歯車を組み合わせネジを回し、型を組み合わせていく。


「よし、完成…」


「もうできたのか!」


後ろから声が聞こえ、振り返ると一人の青年がリビングのソファに腰を下ろし、紅茶を飲みながら寛いでいた。


「来てたなら声かけてくれたら良かったのにリューク」


「かけたさ。チャイムも鳴らしたし、ノックもした。ホルンは相変わらず無愛想だったよ」


彼はリューク。魔道具店に来た3人目のお客さんで今も魔道具の発注や修理に通ってくれるウチの常連さんだ。


「それで、できたのか?」


「うん、試作品だけどね」


「おお〜♪これが!…なんか小さくない?」


彼に頼まれていたのは魔力を流すと誰でも治癒魔法が使える魔道具。


「そりゃお前が持ち運びたいって注文つけたからだろ。これでも苦労したんだぞ。術式を省略、簡易化してやっとこの大きさに安定したんだからな!」


「悪かったって、少し使ってみていいか?」


「どーぞ」


彼は腰に帯刀している剣を抜き指に少し切り傷をつけた。僕はネジを回し魔道具に付加した術式を起動した。辺りに優しい緑の光が降り注ぎリュークの指切り傷を見る見るうちに癒した。


「おー!」


癒し終わり光が消えると同時に魔道具から煙が上がった。


「んー、やっぱり軽傷を癒すくらいしか効果がないね。それも一度の使い切り…製品にするにはもう少し時間がかかるな…」


「いや、これ十分凄い事だろ!治癒魔法は教会の信者にしか扱えない貴重な魔法だろ?誰でも扱える訳じゃない!それを一週間で」


「治癒魔法は専門外だから時間がかかっただけだよ。他の魔法ならすぐできそうだけど…」


「お前、俺が遅いって言ってると思ってるのか?」


「違うのか?」


「早いって言ってるんだよ!!注文をして一週間だぞ!!無理難題を言った自覚はあるがそれを…はぁ…ちゃんと食べてるのか?寝てないだろ、目にクマできてるぞ」


「朝ごはんは食べたよ。ホルンが時間に厳しいからね」


「ちゃんと寝てないんだな…」


また始まったよお節介が…

リュークが初めてこの店に来た時、僕は彼の前で倒れてしまった。重なった2件の注文を片付けた後の事だったのだ。


「ホルンも何か言ってやれよ、って呆れてる…」


ホルンは遠い目をしていた。もう何もかも悟り仏の領域に達しているかの様に…


「お前、使い魔に呆れられるってやばいぞ。自覚あるか?」


「正確には使い魔じゃなく居候だけど、まあいいや。確かにね…」


「俺はもう帰るよ。今日は様子を見に来ただけだったからな。また近いうちに顔を出す。いいか無理するなよ。また倒れた時お前を助ける奴は居ないんだからな!」


「ああ、分かってるよ」


リュークは出会った時からお節介やきでお人好しだった。倒れた僕を介抱してくれた、彼が僕に誰でも治癒魔法が使える魔道具を作ってくれとお願いに来た時からそれは分かっていた。


リュークを見送った後、魔道具製作の続きをしようとしたのだが、ホルンに突かれたので休暇とリフレッシュのため森に入る事にした。

庭の畑を囲んでいる柵を抜け森の奥へと入る。森に入ると同時に空気が澄み、心地よい風で木々がざわめいた。森の中央に湖が形成されており、その近くに大きな大樹がある。その大樹は他の木々とは違い太く根を張り、誰よりも高く枝を伸ばした高齢樹でもある。

その大樹の根本が僕のお気に入りの昼寝スポットなのだ。


「…」スゥ


僕はその側で横になり目を閉じた。心地よい風と葉の音で微睡む。ここ1週間の疲れが一気に押し寄せたのだろう。いつの間にか眠ってしまった。


「きゃっ!?」


「……?」


「ビックリしました…ここで寝ていたら風邪を引いてしまいます!起きてください!」


「…?」


気持ちよく寝ていたのに誰かの声で夢から覚めてしまった。まあ夢なんて見てないけどね。瞼を少し開き声の主を確認する。驚いた事にもう夕暮れ時。白い服に身を包んだ女性。年齢は15、6歳と言ったところだろうか。まだボーッとする頭で考える。どうしたらこの人の注意を僕から遠ざける事ができるだろうと。


「分かったから放っておいてくれ。まだ眠い」


「ここは危険な森なんですよ!村まで送りますから早く起きてください!」

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