『俺達のグレートなキャンプ62 ヤクザと編みぐるみ作り』
海山純平
第62話 ヤクザと編みぐるみ作り!
俺達のグレートなキャンプ62 ヤクザと編みぐるみ作り
朝の山間のキャンプ場に、石川の豪快な声が響き渡った。「よーし!今日もグレートなキャンプの始まりだぜ!」彼の目は朝日を浴びて異様に輝いていた。まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような、危険な輝きだった。
隣のテントから顔を出した他のキャンパーが、石川の様子を見て慌ててテントに頭を引っ込める。石川の「グレートなキャンプ」がどれほど奇抜で迷惑なものか、このキャンプ場の常連客たちは既に知っていた。
「石川、今日は普通のキャンプでいいんじゃない?」富山が眉間にしわを寄せながら、心配そうに石川を見つめる。彼女の表情は、嵐の前の静けさを感じ取った動物のようだった。「前回の『空飛ぶテント作り』の時は、消防署だけじゃなくて自衛隊まで来たでしょ?」
石川は富山の心配を軽やかに一蹴する。「あはは!あれは最高だったな!テントが本当に飛んだ時のみんなの顔、忘れられねぇよ!」
千葉が目をキラキラと輝かせながら手を叩く。「あの時の石川の『やっべ、マジで飛んだ!』って叫び声、最高でした!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」
富山が深いため息をつく。その息の長さは、彼女がこれまで石川に振り回されてきた年月の長さを物語っていた。「千葉、あなたまで...」
石川が不敵な笑みを浮かべながら、やけに重そうなバッグをガサゴソと漁り始める。バッグの中からは毛糸と編み針が大量に現れる。色とりどりの毛糸が朝日に輝いて、まるで虹のような美しさだった。
「今日の奇抜でグレートなキャンプは...」石川が劇的に間を置く。周りの空気が一瞬止まったかのような静寂。「『編みぐるみ作り』だ!テディベア作りだぜ!」
富山と千葉がホッとした表情を浮かべる。「え、今日は普通なの?」
「普通じゃつまらないだろ?」石川がニヤリと笑う。「あそこの、本物のヤクザさんたちも誘うんだよ!」
石川が指差す方向を見ると、キャンプ場の端っこに、明らかに一般人とは違うオーラを放つ男たちがテントを張っていた。全員黒いスーツを着て、サングラスをかけている。その周りだけ、他のキャンパーが近づかない空間ができていた。
「え?」「はぁ?」
富山と千葉の声が裏返る。富山の顔は青ざめを通り越して、もはや透明に近い色になっていた。
「石川、あれは本物のヤクザよ!」富山が震え声で言う。「昨日の夜、テント張ってる時に聞こえた会話、『シマ』とか『カタギ』とか言ってたのよ!」
千葉も青ざめる。「でも、石川...どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって言ったけど、さすがにヤクザさんは...」
石川が胸を張る。「大丈夫だ!編み物は心を穏やかにする。きっと仲良くなれるよ!」
富山が頭を抱える。「なんでそんなに楽観的なの?」
「だって、ヤクザだって人間だろ?きっと心の奥では、可愛いものが好きなはずだよ!」石川の目が輝く。「テディベア作りを通して、みんなで交流するんだ!」
千葉が震えながら言う。「でも、断られたら...」
「断られても死にはしないよ!」石川が軽やかに答える。
富山が必死に止めようとする。「死ぬかもしれないじゃない!」
しかし、石川はすでに毛糸と編み針を抱えて、ヤクザたちの方へ歩き始めていた。富山と千葉は、仕方なく後を追う。
ヤクザたちのテントに近づくにつれ、緊張感が高まっていく。リーダー格と思われる男が、厳つい顔でこちらを見ている。顔に大きな傷があり、サングラスの奥の目が鋭く光っていた。
「あ、あの...」石川が声をかける。普段の豪快さはどこへやら、声が小さく震えていた。
ヤクザたちが一斉にこちらを向く。その瞬間、時間が止まったかのような静寂が流れた。富山と千葉は、石川の後ろでガタガタと震えている。
「なんだ?」リーダーの男が低い声で言う。その声は、まるで地の底から響いてくるようだった。
「え、えーっと...」石川が汗を拭う。「僕たち、キャンプで編み物をしようと思って...も、もしよろしければ、一緒にテディベアを作りませんか?」
ヤクザたちの間に、微妙な空気が流れる。何人かは困惑した表情を浮かべ、何人かは呆れたような顔をしている。
「テディベア?」リーダーが眉をひそめる。
「は、はい...」石川が震えながら毛糸を見せる。「可愛いテディベアを作って、みんなで楽しくキャンプを...」
ヤクザたちがざわめく。「組長、こいつら何言ってるんですか?」「テディベアって、あのぬいぐるみの?」
リーダーの男が石川を見つめる。その視線は、石川の魂を見透かすかのように鋭かった。
「お前ら、俺たちを舐めてるのか?」リーダーの声が一段と低くなる。
石川が慌てて手を振る。「い、いえ!そんなことありません!ただ、みんなで一緒に楽しい時間を過ごせたらと思って...」
富山が後ろで小声で言う。「石川、もう帰ろう...」
千葉も震えながら言う。「そ、そうだよ...迷惑かけちゃダメだよ...」
しかし、その時、リーダーの男の表情が微妙に変わった。サングラスの奥の目が、少し優しくなったような気がする。
「テディベア...か。」男がつぶやく。「実は...俺の娘が、テディベアが大好きなんだ。」
ヤクザたちが驚く。「組長!」「え、お嬢さんがいるんですか?」
リーダーの男が照れたような表情を浮かべる。「3歳になったばかりでな。いつもテディベアを抱いて寝てるんだ。」
石川の目が輝く。「それなら、手作りのテディベアをプレゼントしたら、きっと喜びますよ!」
「手作り...」男が考え込む。「でも、俺たちにそんな器用なことができるかな...」
「大丈夫です!」石川が勇気を出して言う。「僕たちが教えます!一緒に作りましょう!」
男がしばらく考えてから、ゆっくりとうなずく。「...分かった。やってみよう。」
ヤクザたちがざわめく。「組長、本当にやるんですか?」「俺たちが編み物なんて...」
「いいじゃないか。」リーダーの男が言う。「娘のためだ。それに...」彼が小さく笑う。「なんか面白そうじゃないか。」
こうして、前代未聞のキャンプが始まった。ヤクザたちと一般キャンパーが一緒になって、テディベア作りをするという、まさに奇跡のような光景だった。
最初は、ヤクザたちも石川たちも、お互いに遠慮していた。しかし、編み物を始めると、不思議と距離が縮まっていく。
「組長、この編み目はこれで合ってますか?」若い組員が恐る恐る聞く。
「うーん、もう少し締めて編んだ方がいいかも。」石川が優しく教える。「そうそう、その調子です!」
リーダーの男は、意外にも編み物が上手だった。太い指で器用に編み針を操り、美しい編み目を作っていく。
「組長、めっちゃ上手じゃないですか!」千葉が驚く。
「昔、おふくろに教わったんだ。」男が照れながら言う。「でも、もう何十年もやってなかったから、忘れちまったと思ってた。」
富山が感心する。「手が大きいのに、とても丁寧ですね。」
「娘のためだからな。」男が優しい表情を浮かべる。「雑な仕事はできない。」
時間が経つにつれ、みんなの作業は次第に熱を帯びてきた。
「よし、次は頭の部分だ!」石川が気合を入れる。「気合を入れて行くぞ!」
「「「おう!」」」みんなが返事をする。ヤクザたちの低い声と、石川たちの明るい声が混ざって、不思議な迫力を生み出す。
「集中して編むぞ!」リーダーの男が叫ぶ。
「「「ウス!」」」
「完璧なテディベアを作るぞ!」
「「「やったるぜ!」」」
編み物をしながらの物騒な掛け声が、キャンプ場に響き渡る。他のキャンパーたちは、この異様な光景に完全に圧倒されていた。しかし、よく見ると、みんな楽しそうに編み物をしている。
「耳の部分、完璧に仕上げろ!」石川が指示を出す。
「ウス!」ヤクザたちが返事をしながら、丁寧に耳を編んでいく。
「目の部分は特に重要だ!可愛く仕上げるんだ!」
「組長の娘さんに喜んでもらいましょう!」千葉が励ます。
「おう!」リーダーの男が気合を入れる。
富山も、最初の恐怖心はどこへやら、楽しそうに編み物をしている。「この色の組み合わせ、とても綺麗ですね。」
「ありがとうございます。」若い組員が照れながら答える。「実は、色合わせが好きなんです。」
二時間後、みんなの前には驚くべき光景が広がっていた。
リーダーの男が作ったテディベアは、ふわふわで可愛らしく、まるでプロが作ったかのような仕上がりだった。顔は優しく、まるで「パパ、大好き」と言っているような表情をしていた。
他のヤクザたちも、それぞれ個性的で可愛いテディベアを作っていた。厳つい顔をした男たちが作ったとは思えないほど、どれも愛情に満ちていた。
「おお、みんな素晴らしい出来だ!」石川が感動する。
「本当に、みんな上手ですね!」千葉が拍手する。
「こんなに可愛いテディベアができるなんて...」富山が嬉しそうに言う。
リーダーの男が、自分の作ったテディベアを大切そうに抱きしめる。「娘が喜んでくれるかな...」
「絶対に喜びますよ!」石川が確信を持って言う。「こんなに愛情のこもったテディベア、もらったら嬉しくないわけがありません!」
その時、他のキャンパーたちも興味を持って集まってきた。最初は警戒していた人たちも、実際にテディベアを見ると、その愛らしさに心を奪われていた。
「すごく可愛いですね。」
「本当に手作りなんですか?」
「私たちも教えてもらえませんか?」
気がつくと、キャンプ場全体が大テディベア製作会場になっていた。ヤクザたちを中心に、家族連れ、カップル、一人キャンパーまで、みんなが毛糸と編み針を手に取って座っている。
「組長、この編み目はどうですか?」子供がリーダーの男に見せる。
「うむ、なかなかいい出来だ。」男が優しくうなずく。「でも、もう少し目を可愛くしてみろ。笑顔のテディベアの方が、みんなが幸せになるからな。」
「おばちゃん、この色の組み合わせはどうでしょう?」おばあさんが富山に聞く。
「とても素敵ですね!」富山が笑顔で答える。「温かい色合いで、見ているだけで幸せになりそうです。」
千葉は小さな男の子に編み方を教えている。「ここはゆっくりと、焦らずに...そうそう、その調子だ。愛情を込めて編むんだよ。」
編み物をしながら、みんなで楽しい掛け声をかけ合う。
「完璧なテディベアを作るぞ!」石川が叫ぶ。
「「「おう!」」」みんなが返事をする。
「愛情を込めて編むぞ!」リーダーの男が叫ぶ。
「「「ウス!」」」
子供たちも大人たちも、みんなで元気な掛け声をかけながら、テディベアを編んでいく。その光景は、まるで大きな家族のようだった。
夕方になる頃、みんなのテディベアが完成していた。
どのテディベアも、それぞれの個性があり、愛情に満ちていた。子供たちの作ったテディベアは純真で可愛らしく、大人たちの作ったテディベアは上品で美しかった。そして、ヤクザたちの作ったテディベアは、厳つい外見とは裏腹に、とても優しい表情をしていた。
「みんな、お疲れさまでした!」石川が立ち上がる。
「ありがとうございました!」参加者たちが拍手する。
「最初は怖かったけど、とても楽しかったです。」お父さんが笑顔で言う。
「また今度もやってください!」子供たちが手を振る。
リーダーの男が石川に近づく。「今日は、本当にありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ!」石川が嬉しそうに答える。「楽しかったです!」
「実は...」男が照れながら言う。「俺たちも、これを病院に寄付しようと思うんです。俺の娘が入院してた時に、同じ病室の子供たちがとても寂しそうだったから。」
みんなが感動する。「素晴らしいアイデアですね!」
「私たちのテディベアも一緒に寄付してください!」
こうして、大量の愛情込めたテディベアが完成した。
参加者たちが帰った後、石川たち三人とヤクザたちは一緒に焚き火を囲んで座っていた。
「今日は予想外の展開だったな。」石川がテディベアを眺める。
「でも、結果的にみんなが楽しんでくれて良かった。」千葉が微笑む。
富山がホッとした表情を浮かべる。「最初は本当に怖かったけど...でも、とても心温まる一日だった。」
リーダーの男が静かに言う。「俺たちも、久しぶりに心が穏やかになった。普段は険しい世界にいるから、こういう時間が貴重なんだ。」
「また今度も、一緒にキャンプしましょう!」石川が提案する。
「ぜひ!」男が笑顔で答える。「今度は、俺たちが何か企画してもいいか?」
「どんな企画ですか?」千葉が興味深そうに聞く。
「料理だ。」男が誇らしげに言う。「実は、俺たちは料理が得意なんだ。今度は、みんなで美味しい料理を作ろう。」
「それは楽しそうですね!」富山が嬉しそうに言う。
翌日、みんなで大量のテディベアを抱えて病院を訪れた。看護師さんたちは、最初はヤクザたちの迫力に驚いたが、事情を聞くと大変感動してくれた。
「こんなに可愛いテディベアをありがとうございます。子供たちが喜びますよ。」
一週間後、みんなの元に病院からお礼の手紙が届いた。
「この度は、素晴らしいテディベアをご寄付いただき、ありがとうございました。子供たちは『優しいテディベア』と呼んで、とても大切にしています。病気に負けずに頑張ろうという気持ちになったという子もいます。心より感謝申し上げます。」
みんなが感動のあまり、涙ぐんでしまった。
「やったな、みんな!」石川が嬉しそうに言う。
「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」千葉が笑いながら言う。
「人は見た目じゃないってことがよく分かったわ。」富山が微笑む。
リーダーの男が静かに言う。「俺たちも、久しぶりに人の役に立てて嬉しい。」
「次のキャンプも、みんなで楽しくやりましょう!」石川が提案する。
「今度は何をするの?」千葉が興味深そうに聞く。
「それは...みんなで相談して決めよう!」石川が嬉しそうに言う。
こうして、石川たちの奇抜でグレートなキャンプは、予想外の友情と心温まる結末と共に幕を閉じた。彼らの作ったテディベアは、今も病院で子供たちを見守り続けている。そして、新しい仲間たちと一緒に、また新しい冒険が始まるのだった。
-完-
『俺達のグレートなキャンプ62 ヤクザと編みぐるみ作り』 海山純平 @umiyama117
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