二一本の華
@behimosu-tubuse
半妖精の尋問官
彼の国には、こんな言葉がある
自分の来歴や由来 果ては性別に至るまで
自認をすれば それが真実になる
という
クソ喰らえ
それは、自身の体や性別が一致している
お前ら一般人の戯言だ
私を見ろ!
どちらの立場にも着けない 中途半端な存在を
私の苦悩をお前達は知っているのか?
安っぽい偽善で、精神異常者扱いされる私の気持ちが
その、私たち社会的弱者を救えるのは
自分達だけだという傲慢が
どれだけの、弱者を苦しめているのか
わかっているのか?
私を知れ!
何処まで行っても混じり物
何者でもない私をな!
◇
セレナーデ社会主義共和国連邦
通称 セ連
世界初の共産主義国家たる我が祖国は、この数年で凄まじい発展を遂げた。
効率化された集団農場による大量の穀物生産。
その農作物を財源とし、得た外貨による重工業の推進。
そして、我らが同志エルフリーデによる五カ年計画。
超大国カーミラ合衆国の株価暴落による世界恐慌の影響をモノともせず、我らは急速に近代化していった。
だが、上手い話には裏がある物。
徹底された言論統制の中で行われていた、セ連共産党の暴虐。
書記長エルフリーデの大粛清。
犠牲となった者は少なく見積もっても500万人だ。
過酷な政権闘争に打ち勝ったばかりのエルフリーデは疑心暗鬼に満ちていた。
資産家、スパイ、冒険者、反革命分子を彼女は片っ端から粛清した。
今や彼女に逆らおうとする者は、一人として居なかった。
その大粛清を実行したのが
内務人民委員 NKVD(エヌカーヴェーデー)だ。
◇
黒い石畳の中、天井からぶら下がる洋梨型の電球がその通路を照らす。
その空気は澱み、ジメジメとした血と肉の腐敗臭で満ち満ちていた。
一つ一つの部屋は、建設されて間もないにも関わらず錆びついており真新しいコーティングと赤茶色に腐り始めた鋼鉄の扉が無数に広がる。
4号棟408号室
その前に立つは、やや緑がかった漆黒の軍服に覆われた二人の男。
竜牛皮で出来た漆黒の手袋に、長いブーツ。
顔以外の全身を包む分厚いコート。
このセ連はユグドラシル大陸の中でも寒冷地に分類され、一見過剰にも思えるその衣装は極めて合理的に機能性を追求したデザインになっていた。
「な…なぁ、俺トイレ行きたいんだけどお前がいるし良いよな?」
右側に佇む男がモジモジと下半身を揺すり、同僚に話しかける。
額に僅かに汗をかき、余裕のない表情を見せる。
「死にたいなら行ってこい。漏らして死ぬか、持ち場を離れて確実に死ぬかだ」
男は何処か遠い方向を眺め、そう語る。
彼らは闇の正義の執行人。
秘密警察NKVDの構成員だ。
彼らの主な業務は、治安の維持や民衆の安全の確保だ。
しかし、実態は他国への諜報活動や工作、自国の反体制派や右翼団体の摘発と粛清。
そして、既得権益者からの徴収を主とする。
彼らは、たった今
上官の命によりこの尋問室の警護を任されていた。
“例え尻の穴を洋梨で穿たれようとも、決して持ち場を離れるな”
これが、”現”NKVD長官
スヴェトラーナ・ヴェルディアの命令だった。
◇
俺はゲオルギー・ヤゴーダ
内務人民委員 NKVDの初代長官だ。
俺は、このセ連の前身
アールヴ妖王国の首都、ミリスティリスに生まれた純血の闇妖精(ダークエルフ)だ。
そして、生まれながらに社会的地位を約束された貴族でもあった。
旧アールヴ帝国皇帝クロツキー
彼が発行したアールヴ法典。
これは、この国においての身分制度。
最上位がエルフ
上位がドワーフとダークエルフ
そして、最下位が人間だ。
これは国の頂点たる彼の種族。
エルフを最上位神として制定された法律だ。
彼らから派生した種族である、上位二種族は言うなれば下級神にあたる。
元々エルフは人間よりもカーストが低かったが、妖王の兄、皇帝の働きによってエルフは現在アース神族に継ぐ権力を得ていた。
彼は全ての種族の源流たるアース神族の娘と夫婦になった事で、エルフを最上位神の親族にまで押し上げたのだ。
だが、皇帝は愚かだった。
先祖代々受け継がれてきた身分制度を廃止し、あまつさえエルフの王都ミリスティリスに人間を招き入れるという暴挙に出たのだ。
それに業を煮やしたのが妖王だ。
彼は兄を殺害し、幼い彼の娘を暗黒大陸へと追いやった。
そして妻は夫を失った悲しみに耐えかね、自ら命を絶った。
かくして、原初の神々
アース神族は絶滅した。
最上位神が滅んだ今、それに次ぐ種族がこの世で最も尊い存在となる。
エルフの時代の到来だ。
栄光の100年だった。
しかし、あの日
アールヴ妖王国建国100周年の記念すべき日。
彼女は帰ってきた。
悍ましい、暗黒大陸の4人の騎士を従えて。
妖王はその圧倒的な武力を前に故郷を追われ、エルフの時代は終焉を迎えた。
あの日ほど、泣いた日はない。
あの日ほど、絶望した日はない。
あの日ほど、憤怒に身を焦がした日はない。
そう、俺はあの日 誓ったのだ。
奴に復讐すると。
あの穢らわしい混種の小娘を滅ぼし、再びエルフの時代を築くのだと。
──そして、俺は今
自身の部下だった筈の小娘に、命を奪われようとしていた。
◇
闇の中、僅かな光を吸い込むように反射する美しい銀髪。その頭上には、可愛らしい黒いカチューシャ。
その美しい髪からは、尖った美しい耳が突き出ている。しかし、彼の持つ耳と比較すればやや短く不恰好だ。
右目は髪に隠れ、キラキラとガラス細工のように煌めく純銀の瞳が男の視線を貫く。
その瞳は憎悪と嗜虐心の炎で燃え滾っていた。
「…ゴフッ!ハァ、ハァ…何故、何故こんな事をする!私がお前に何をしたというのだ!」
痛い、何度殴られたのだろう。
口の中から血が吹き出し、裂けた皮膚に唾液が入り込み凄まじい激痛が走る。
瞼は裂け、瞬きをする度に感じる刺すような痛みに涙が溢れる。
「…なに、か。ふーん、覚えてないんだー。ま、それもそうか。今まで食べたパンの数が──なんだったっけ」
眉間をハの字に歪ませ、女はケラケラとせせら笑う。身に覚えがない、半妖精(ハーフエルフ)など腐るほど居るのだ。
それに加えて、人間よりの顔立ちをしていては区別などつこう筈もない。
「な、何が狙いなんだ!金か!?地位か!?」
「これ」
突如、下半身に想像を絶する衝撃が走る。
股の間に彼女の、細い足がめり込みダラダラと汁が流れ出て来た。
「ヒギィダァいいいいいい!!!!」
「アハハハハ!傑作!豚かよ……いや撤回。豚に失礼ね」
痛い、痛い、痛い。
何故こんな事をするのだろうか。
彼女には上位種、闇妖精(ダークエルフ)として最良の対応をして来たつもりだ。
好みの菓子を与えてやったし、飯にも連れて行ってやった。
何処の馬の骨とも知れぬ小娘に、秘密警察尋問官長の地位まで与えてやった。
その恩の見返りがこれなど、あんまりではないか。
「チッ…本当にイラつく。こんな奴のせいで私は…」
女は髪の毛を鷲掴みにし、勢いよく地面に叩きつける。
「覚えてる、訳ないか。貴方が半妖精の女の子達をこうして這いつくばらせて何してたか。フラワーゲーム、だったっけ?」
「ひ…ひぇ?」
彼の記憶の中から、薄らとその光景が浮かんでくる。そうだ、この部屋は”選別”した半妖精の娘を犯す為に作った部屋。
彼女の煌めく銀髪と、艶やかな唇。
今日この時まで、気付かなかった。
何と愚かだったのだろう。
彼女が意味深に片目を隠し続けていた理由。
「ス…ヴェトラーナ?」
「……ピンポーン!」
彼が人生で最後に見た光景。
それは、敬愛する妖王と同じ瞳。
真紅に染まる、血走った右目だった。
◇
「あーあ、終わっちゃった。もっと楽しもうと思ってたんだけどな…」
ピクリとも動かなくなったかつての上官を、足蹴にスヴェトラーナは懐から取り出したタバコに火を付ける。
何年、何十年と待ち侘びた復讐の日。
国に捨てられ、父に捨てられ、ボロ雑巾のように目の前の男の玩具にされた日々。
“コレ”が夢に出ない日など無かった。
自身に跨り、幼い自分を押さえ付け行為に及ぶ下卑た男の顔。
「ホント…クソキモい顔ね…」
既にその整った顔は限界を留めず惨たらしく脳漿を垂れ流すのみ。
「…ウッ…」
その顔を見た瞬間、悍ましい記憶が芋づる式に蘇って来る。その、湿った肌、生臭い息、口の中に入り込んでくる生涯消えない腐敗臭。
「オエッ!」
湧き上がる不快感に耐えかね、遂に嘔吐してしまった。
立ち直ったつもりだった。何度も忘れようと心がけ、甦る記憶に蝕まれて来た。
ならばいっそ受け入れようと思えば、自身に残るのはどうしようもない劣等感と悲しみ。
怒りを感じる度に、自分が酷く不潔で汚らしい存在に思えて仕方がない。
昔、誰かに告白すれば楽になると言われた。
結果は、全く無意味。それどころか逆効果だった。
他人に自分の恥部を撫でられる様な感覚になった。彼らの私を見る目が変わったからだ。結局、羞恥心に耐え切れず適当な理由を付けて殺害した。
その時ばかりは、この秘密警察の地位を有難いと思ったものだ。
これで、私の過去を知る存在は全て狩り尽くした。
なのに何だろう、この不快感は。
私の過去を知る存在を全て消す、そうすれば私はこの業苦から解き放たれると思っていた。
何かが喉につっかえていた。
「あぁ、そっか…私が知ってるんじゃん」
◇
「も、もう我慢できない!死んでもいい、俺は行くぞ!」
待つだけ待った。
もう無理だ。そもそも、トイレに行くだけで粛清される訳がない。いくら頭のネジが32本くらい飛んでる長官でも、そんなしょうもない理由で貴重な部下を殺す訳──がないとも言い切れない。
「好きにしろ、お前が漏らそうが職務怠慢で粛清されようが知った事か」
「ひでぇ!」
男が駆け出そうとした次の瞬間、ズギィギィという鈍い金属音が背後から聞こえて来た。
それと同時に、部屋から漏れていた血と汚物の臭いが一斉に拡散される。
その、あまりの臭いに男は若干白目を剥き、流石の相方も顔を顰める。
そして、ゆっくりと扉の中から臭いの元凶とも言えるべき存在が姿を現した。
「御苦労さん」
美しい銀髪に、可愛らしいカチューシャ。
そして、タカの様に釣り上がった凶悪な瞳。
非常に整った、しかし薔薇のような危険性を孕んだ絶世の美女。
「「お勤めご苦労様です!同志ルキア」」
一糸乱れぬ敬礼で自らの上官を出迎える。
勤勉な”ゼッペル”は元より、普段は気の抜けた優男である”ピンテル”ですら上官の前では鍛え上げられた一軍人だ。
「うん、貴方達にも苦労かけたわね。長かったでしょ?」
ゼッペルは微笑み返し、その腕時計を確認する。
「14時間程です」
ルキアは目を丸くし、口に手を当てる。
「やだ、そんなに!?貴方達ご飯は?」
「ハハ…この臭いじゃ、どんな高級料理でも食べる気が失せると言うものですよ」
あちゃーと額に手を当て、申し訳程度に”メンゴ”とだけ彼女は告げる。
こんな状況で飯の話を切り出す彼女にゼッペルは戦慄し、それと同時に敬愛の情が湧く。
(最初に心配するのが、部下の腹事情とは。これに感動する俺も大概なんだろうな)
ゼッペルはやや自嘲気味に自分を分析する。
「ですが、せっかくの機会です。ご一緒させて頂いても?」
「勿論!あ、でも私が一番だけどちょっと臭いが、ね」
「あはは、文字通り死の臭いといった所ですね。あちらに簡易的なシャワーがありますので宜しければ」
「……あら、じゃあ折角だし利用させて貰おうかしらね!」
スヴェトラーナは一瞬ばかり虚な表情を見せ、すぐにニコリと笑った。彼女は時折このような仕草を見せる。野心家の方だ、何か自分には想像も付かないような事を夢想しているのだろう。
「ええ、それと──」
「右目、赤かったんですね」
スヴェトラーナはハッと自身の目を押さえて、慌てて髪の毛で隠す。
「言いませんよ、誰にも。私だって、長生きしたいですから」
ゼッペルはそっと微笑み、そう返す。
半分は本音、半分は彼の本能が深入りしてはいけないと告げていた。
「…うん、ありがと」
「あのー、同志ルキア。もし宜しければ、貴方様の後で私もシャワーを使わせて貰っても良いでしょうか?」
二人の間に流れる絶妙な空気を、ピンテルが断ち切る。そんな彼は、虚な表情で下半身から湯気を放っていた。
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