猫なで声の同級生 ~クラスのクールビューティーは、放課後ネコミミ少女になる~

まわねこ

第1話 橋の下には猫がいる

「はぁ……」


 俺、相川奏汰あいかわ そうたは、濡れた制服の不快感に、思わずため息をついた。


 ザーザーと降りしきる五月の雨。アスファルトを叩き、世界中の音を奪い去っていく。

 横風のせいで、俺の服は既にびしょ濡れだ。

 先月から親が海外赴任中の俺にとって、風邪はマジで勘弁したい。


「……近道、するか」


 いつもなら使わない、少し薄暗い橋の下の道。ここを通れば、家までほんの少しだけ早く、しかも濡れずに着く。

 薄気味悪く、あまり通りたくないが、今は一刻も早く帰りたい。


 コンクリートの橋に反響する雨音に混じって、何か別の音が聞こえた気がした。


「……にゃあ」


 気のせいか? いや、確かに聞こえた。か細くて、弱々しい猫の声だ。


 こういう時、俺の「面倒事に巻き込まれやすい体質」が全力で仕事をし始める。

 見過ごせばいいのに、足が勝手に音のした方へ向かってしまうんだから、我ながらお人好しが過ぎる。


 案の定、橋脚きょうきゃくの陰にぽつんと置かれた、一つの段ボール箱が目に入った。


「子猫か……。勘弁してくれよな」


 一人ごちながら、段ボールに近づく。

 濡れた前髪をかき分け、中を覗き込もうとした、その時だった。


 段ボールの縁から、ぴょこんと黒い三角のシルエットが二つ、覗いていた。


 間違いない、猫耳だ。


「ほら、やっぱり。風邪ひくぞ」


 そう声をかけながら、恐る恐る箱の中を覗き込む。

 そして、俺の思考は完全に停止した。


「…………は?」


 中にいたのは、子猫じゃなかった。

 俺が通う県立みなと高校の、見慣れたブレザー。

 しっとりと肌に張り付く白いブラウスに、整った格子柄のスカート。

 そして――体育座りのまま、こちらをじっと見上げる、一人の少女。


 艶やかな黒髪は雨に濡れ、数本が白い頬に張り付いている。その小さな顔には、驚くほど大きな瞳が二つ。

 長いまつ毛に縁どられたその瞳は、まるで最高級の黒曜石みたいに澄んでいた。


 何より信じがたいのは、その濡れた黒髪のてっぺんから、ぴょこんと生えた一対の――猫の耳。


「ね、猫乃ねこの……さん?」


 喉から絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


 猫乃音瑠ねこの ねる

 俺のクラスメイト。

 成績優秀、運動万能。誰とも馴れ合わず、一切の無駄口を叩かない。

 その人形めいた完璧な美貌と、周囲を寄せ付けない氷のような雰囲気から、クラスの奴らは密かに彼女をこう呼ぶ。


 ――『氷の女王』、と。



 そんな彼女が、なぜ、こんな雨の夜に、橋の下の段ボール箱の中にいる?


 しかも、コスプレ……? いや、あの耳、根元からごく自然に生えているように見える。

 まるで、本物の猫みたいに。


 俺の視線に気づいたのか、彼女の黒い猫耳が、ぴくりと小さく震えた。


「…………」

「…………」


 気まずい、なんてレベルじゃない。超常現象との遭遇だ。


 橋の下に響くのは、ザーザーという雨音と、俺たちの間に流れる沈黙だけ。


 彼女は相変わらず、大きな瞳で俺をじっと見上げている。その表情は、学校で見せる冷たいものとはどこか違う。

 まるで、飼い主に置き去りにされた子猫のような、不安と期待が入り混じった色をしていた。


 ……ダメだ、理解が追いつかない。


 これは夢だ。そうに違いない。疲れて幻覚でも見てるんだ。


 俺は何も見なかった。橋の下には誰もいなかった。いいね?


「お、お邪魔した……」


 俺は意味不明な事を呟くと、ゆっくり、本当にゆっくりと踵を返し、この場から去ろうとした。


 平凡な日常を愛する俺にとって、この非日常の塊はあまりにも刺激が強すぎる。

 関わってはいけない。絶対にだ。


 その時だった。


「……あの」


 か細い、鈴を転がすような声が、俺の背中を呼び止めた。


 振り返ると、彼女は段ボール箱の中で小さく小首をかしげていた。


 その仕草一つで、俺の心臓がドクンと大きく跳ねる。


 雨のせいか、それとも元々か、彼女の大きな瞳は潤んでいて、まるで上目遣いでこちらを見ているように見える。


「拾ってかないの?」


 学校のクールビューティーからは想像もつかない、甘くとろけるような声で呟いた。


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 新作を読んでいただきありがとうございます!

 現在10話まで構想中ですが、今後の執筆の励みになりますので、★や♡で評価・コメントいただけると、とても嬉しいです!!




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