第4話 人の感覚

 いつもの周回バスによる通勤。しかし、今日は、乗客が多いようでバス前方で立ったまま再処理施設に到着した。


「終点~、再処理施設前~。今日も一日、ご安全に~」


 バスの運転手に、運賃代わりの再処理施設の関連会社就労カードを見せると声をかけられ、皆、バスを降りていく。そして、出勤する人の流れに乗り、敷地内に入る。


「おはよーさん」


 どすどす、という歩く音と共にアケビに声をかける者がいる。少し周囲の人々が口元を押さえ、避けるように距離を取りだした。


「あ、どうも、おはようございます、ヒドノラさん」

「ちょっと聞いてくれよ。さっきのバスでさ、オレ様の周り、誰も座ってこなかったんだよ。いや~、ゆったり座られたから、朝からくつろげた」


「あ~そうなんですか~」

「そうなんだよ」


 アケビは、理解した。このヒドノラというオフィスJKM設立当時からいた男のせいで、バスの乗客は近付けなかった。理由は、体臭が酷いのだ。ヒドノラは太っているが、臭いと体型は別物。単純に不潔。現時点でもシャツが腰からはみ出ているし、そのシャツも何かの汚れが染みになっている。気付かないのか、気付けないのか分からないが、周囲の行動から自分が原因になっていることを察する事が出来ない。


 少し距離を取って歩いているアケビに近付き、話を続ける。


「普段はさ~、ようやく買ったオレ様の愛車、新型エアバイクで出勤するんだが、より快適にするため特別仕様にしてもらってんだ。すげぇだろ」

「へ~、すごいですね~」


「だろ?あの周回バスの混雑に耐えることがなくなるんだ」

「そうですか?周回バスの本数多いんで、混んでたら次のに乗れば座れますよ」


「ん?確かに、今日立ってた連中が、ちょうど座れるくらい座席空いてたな。なんでだ……」


 そこへ、ゲーダ社長と一緒にいる経理のヤンヌに遭遇した。


「おはよーさん、珍しい組み合わせだな」

「おはようございます。周回バスが、たまたま一緒だったようで」

「あ、社長、聞いて下さいよ。さっきバスでオレ様が座ってると、周りに誰も座らなかったんですよ。何でですかね?」


 朝日に照らされた頭頂部をポリポリ掻きながら、ゲーダは言った。


「本気で分からんのか?お前の臭いがキツイから近付きたくないんだよ。それに、上司の前で自分のことを"オレ様"って言う自体、なんか分かってないんだな」

「え、そうなんですか、社長!おい、アケビ、社長ひどいよな?」

「自分の匂いには気付きにくいとは言いますが、ずーっと臭ってますよ。感づくもんでしょ、多少は」


「うっわ、お前ひどいな。社長、こいつ嫌がらせ発言してきますよ」


 アケビの形相がみるみる険しくなったので、社長の後ろにいたヤンヌまで参加した。


「ヒドノラさんは、何度か苦情が出ていることを伝えてますけど、改善してないですよね。風呂嫌いもどうにかしてください」

「え~、風呂は昨日入りましたよ」


「洗濯済みの物を着てますよね?」

「シャツは、作業用ジャンパー着たら汚れないんで、帰ったらタンスにしまいますよ」


 ビキィィィ!とその空間が固まり裂けたような気がした。穏やかなヤンヌの表情が、拒絶と嫌悪が入り交じる。そこへ一歩前に出るゲーダ。とても低い声でヒドノラに伝えた。


「あのな、シャツって、見た目、白でもで汗とか汚れがしっかりくっついてるんだ。毎日洗濯しろ。改善しなかったら、解雇してやるから」

「ぁ……えぇ~」


 納得いかない表情のヒドノラ。臭い問題は、気が付かない、分からない、気にしない、さまざまあるが、ヒドノラの場合、『どうでもいい』が当てはまりそうだった。


 それからまた、人の流れに乗り、再処理施設内に入り、入り組んだ通路を進んで、2階にあるオフィスJKMに到着した。

 始業の時間となり、珍しく朝礼があり、ゲーダ社長が皆の前で、改めてヒドノラに注意をし、普段個性を見せない皆が同意見な表情だった。そこへ、アケビは思った。ついでに『社長の従業員口説きを止めてくれればいいのに』と。


 皆が席につくと、黙々と、淡々と、アンドロイドパーツの分解・解体作業に入る。

 アケビの担当するアンドロイドの頭部分解、各部分の解体作業。年代ごとで構造が異なるが、人間がアンドロイド開発に関わっていない時期が長いため、細かい資料が乏しい。設計図は特に機密でもあるため、製造工場が破壊された時に、データも一緒に自動消去された。しかし、オフィスJKMでの作業は修理・補修ではないため、分解に支障があれば、別会社に外殻を割ったり、砕く工程を頼むこともある。動物でいう頭蓋骨部分は、ヘルメットのような外殻が1つになっていたり、左右の脳と顔部分と分割されている等、種類はさまざま。

 今日の行程は、その外殻を取り外し、中に張り巡らせている薄い金膜層を同様に薄いヘラを使って剥がす。これが、剥がしてもすぐ別の部分に吸着する性質があり、作業台に置いたら、そこに張り付いてしまう。なので、慎重に剥がした金膜層を酸性溶液に漬け込み、金属部分だけ残すよう処理を行なう必要がある。金自体微量だが、他希少金属もあるため、ぞんざいな扱いはできない。


 アケビは、置いてある帽子を後ろかぶりにして、保護メガネ、マスクを装着し、作業に集中する。多くのネジを外し、剥がした金膜層をピンセットで摘み、口の広い遮光瓶の蓋を開け、金膜層をそっと鎮める。酸性溶液なので、揮発しガスも発生する。会社内で換気扇が回っていても、保護装備は重要。この作業をしている時は、さすがの社長ですら、ちょっかいを出してこない。


 金膜層を外し終え、より脳核の分解に取り掛かろうとした頃、昼休憩の合図が鳴った。アケビは、椅子の背もたれに寄りかかり、背伸びをした。それから、保護装備を外し、帽子を被ったまま、会社の外に出た。

 昼休みと言えども、オフィスJKMの作業員たちは、一緒に食事を取ろうという感じにならず、単独、もしくは少人数で過ごす。この多くの会社が集まっている再処理施設は、飲食店も多く存在し、施設の隣にある広い駐車場には、キッチンカーもやってくる。何を食べるか楽しみでもあるが、飲食店側は集客に工夫と苦労が絶えない。


 アケビは、外の空気が吸いたくて、その日は駐車場にあるキッチンカーの列に向かった。

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