第11話 紫の果実と人間の心

 御園のスコップが、発芽炉に深く突き立った。


 紫の光が一気に吹き出し、空間全体が震える。


《発芽炉、状態、異常! 自爆プロセス開始!》


 警告の声が響き渡る中、御園は渾身の力でスコップを押し込んだ。


「これで……終わり……」


 だが、その刹那——


 ひかりの体を覆っていた蔓が暴走し、彼女を発芽炉の中枢へ引きずり込もうとしていた。


「ひかりっ!!」

 ルカが手を伸ばす。


「モウ遅いワ!!」


 ひかりの声は、もう泣きそうだった。


「まだ、間に合う! こっちに戻ってこい!!」

 ルカが必死に叫び手を伸ばす。


 しかし、ひかりは微笑んだ。

 それは、昔と変わらない、優しい笑顔だった。


「私ネ……ずっと、誰かに必要とされたかったの。ナスでも、人間でも、ナんでもよかった。でも……今わかっタ。必要としてクれたのは、最初からあなたただっタのね」


 ひかりの目から紫色の涙が流れる。


「ダから、最後くらイ——自分で選びタい」


 そう言って、ひかりは自ら発芽炉の心臓部へ飛び込んだ。


「ひかりぃぃぃぃぃっ!!」


 ルカの絶叫が響く。


 次の瞬間、発芽炉が白い光を放った。


 ひかりの体が、そのまま光に溶けていく。


《発芽炉、停止、自壊プロセス完了》


 艦全体が崩れ始めた。


「逃げるぞ!!」

 ケイが叫び、全員が出口へ走る。


 ルカは最後まで振り返っていた。


 白い光の中、ひかりが微笑んでいた様な気がした。


《ルカ……ごめん。ありがとう》


 その声を最後に、光は完全に消えた。


 ナス母艦は轟音と共に崩壊し、巨大なナスの根は砂のように崩れ落ちていった。


 空にかかっていた紫の雲が、ゆっくりと晴れていく。


 旧農業センターの屋上。


 御園たちは、沈黙のまま空を見上げていた。


 ルカは膝を抱え、俯いている。


「……私は、ひかりを助けれなかった……」


 その言葉に、御園はスコップを肩に担ぎ、静かに言った。


「ひかりは……強かった。ナスにあれだけ犯されても最後まで、人間だった……」


 ルカは小さく頷き、涙を拭った。


「……そうだね。じゃあ、私も前に進む」


 遠くで、太陽が昇っていく。


 ナスの侵略は終わった。

 でも、人類の戦いはまだこれからだ。


「……帰ろう。私たちの世界へ……」


 御園はスコップを掲げ、仲間たちと歩き出した。

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