第3話 叡智なる半全能、戦場に立つ

戦の匂いが、風に混じっていた。

血と焦げた魔力の匂いが大地を包み、空には火の鳥が舞っている。

この地──〈フォルゼン峡谷〉は、三国が激突する要衝。

だが今日、その均衡が崩れる。


「静。準備はいい?」


戦場の丘に立ち、レティア=ヴァルグレイスは問いかけた。

その傍らにひざまずく一人の少女──天城 静が、目を伏せたまま応じる。


「はい、ご主人様。敵戦力、魔導師134、前衛騎士部隊512、空挺魔獣9体。戦術プラン、収束完了」


彼女の目が開かれる。

その瞳は、まるで全てを“理解”しているかのように静かで、冷たい。


「戦争なんて、あっけなく終わらせればいいのよ」


「仰せのままに──」


静が右手を掲げた瞬間、大気が震えた。

視界に存在する情報すべてが、彼女の“理解”の網に吸い込まれていく。


《叡智なる半全能(セミ・オムニポテンス)》発動。


「まず、前衛部隊の装備構造を“解釈”。鋼材を“解体”し、動きを“停止”させる」


ただそれだけで、騎士たちの鎧が軋み、崩れ、彼らは地に伏した。

次に、魔導師たちの術式構造を読み取り、逆流を誘導。魔力暴発。

空挺魔獣は翼の骨格配列を再定義され、落下し爆散。


──わずか12秒。戦場が、静寂に包まれた。


レティアは満足そうに頷いた。


「やっぱりあなたの力は、神すら恐れる」


「……いえ、これはまだ“半分”です」


静がふと、空を見上げる。

その視線の先には、戦争の調停者を名乗る“神の使い”がいた。

白銀の鎧を纏った神官──否、“神性を帯びた存在”。世界の秩序を守る側の者。


「天城静。汝の力、世界の調和を乱すものなり。ここにおいて──封印を執行する」


空から降り注ぐのは、純白の神罰。絶対的な聖域による封印魔術。


「……なら、少しだけ“本気”を見せますね」


静の体に紋章が浮かび上がる。

世界の時が、一瞬止まったように思えた。


《オムニタイム》──解放。


光が世界を呑み込む。情報が、因果が、存在がすべて静のもとに統合される。

次の瞬間、神の使いの存在は“無”へと書き換えられ、空は静寂を取り戻した。


そして、2分30秒後。

世界が再び回り始めたその時──静は崩れるように膝をつき、その場に倒れた。


「……っ、静!」


レティアが駆け寄る。息をしている。だが意識はない。深い昏睡状態。

彼女の体温は冷え、顔はどこか儚げで、脆ささえ感じさせた。


「……やっぱり、代償は重いわね」

「でも──それでも、あなたがいてくれる限り。私は、この世界を……“征服”する」


レティアは静の頬に手を当てると、そっとその額に口づけた。


「さあ、休んで。私の唯一無二の神域オムニタイム──あなたが再び目を覚ますその時までに、もっと美しい世界を見せてあげるから」


そして、少女は再び歩き出す。

世界の秩序すら、踏み越えるために──

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