第10話
目を覚ますと、慣れ親しんだ宿屋の部屋の窓から、やわらかな朝の光が差し込んでいた。
ベッドに腰を下ろし、俺はこれまでの出来事を振り返る。
パーティーからの追放。Dランクへの降格。蔑まれる視線と冷笑。
――それでも、ここで終わるつもりはない。
「……まずは、冒険者ランクの昇格だな」
静かに、だが確かな言葉で、未来への目標を整理していく。
――まずは、Cランクへの昇格。
――その先に、リゼリアとの専属契約。
――そして、セレネアの下で本格的な魔導士の修行を積む。
どれも簡単ではない。けれど、目指す価値のある道だ。
すぐに結果が出るわけではない。地道にこつこつやれることからやっていこう。
(――よし)
気合を入れ、俺は昨日バルドから受け取った新生 《フェルマータ》を手に取った。
――《フェルマータ》
それは、冒険者になった日、両親が贈ってくれた杖だった。先日の戦闘で破損し、使い物にならなくなった相棒を、バルドは完璧に蘇らせてくれた。
ただの修復ではない。霊晶核とオリハルコンで強化され、先端には刃が施された。
もはや、かつての《フェルマータ》ではない。魔導士として再始動する俺の、新たな“一部”だ。
「今日からお前は《フェルマータ・リデヴォルト》だ。」
この名とともに、俺はまた歩き出す。
「行くか。新しい一歩を」
それから支度を整え、部屋を出た。
◆
ギルドでいくつか簡単なクエストの完了報告を済ませたあと、マリエルの案内で一室に通された。
「こちらが今回、ユリウスさんと行動を共にする新人パーティー《フレッシュハーツ》です」
先に目に入ったのは、茶髪の剣士見習いの少年。あどけなさが残る顔立ちに反して、目つきは鋭く、警戒と……わずかな侮りを隠そうともしない。
「こいつが……俺たちの同行者?」
小声だったが、室内にははっきりと響いた。俺の顔を知っているのだろう。眉ひとつ動かさず、受け止める。
少年の背後に隠れるように立っていた少女が、気まずそうに眉をひそめた。おどおどとした様子で、肩がほんのわずかに震えている。
「あ、あの、ご挨拶遅れました。私、サラっていいます。彼はリオン。えっと、よろしくお願いします……!」
不安げな声。けれど、その中に一滴だけ、誠意がにじんでいた。
「俺はユリウス。君たちの護衛兼、訓練係を任されてる。よろしく」
その言葉に、リオンはあからさまに顔をしかめた。
「……護衛兼訓練係? あんたに何ができるってんだよ。俺、あんたのこと知ってるぜ。優秀なパーティーを追い出された落ちこぼれの支援魔法士、だろ?」
侮蔑の言葉がぶつけられる。サラの肩がまた、小さく震えた。
「これでも、それなりに経験は積んでるよ。それに今回のクエストは、単に敵から守るだけじゃない。君たちが“冒険者”として動けるか――それを見極める試験でもある」
俺の返答に、リオンは鼻白んだ様子で肩をすくめた。
「は、何様のつもりだよ。Dランクに落ちたやつが試験? ふざけんなよ」
敵意と反発が、隠しもせずに滲んでいた。素直に受け入れるつもりは、今のところなさそうだ。
その空気を少しだけやわらげるように、マリエルが一歩前に出た。
「……リオン君。言いたいことがあるのは分かるけど、まずはちゃんと話を聞いて。ユリウスさんは、あなたたちのために来てくれたの。そこに敬意を持つこと――それも、立派な冒険者の資質よ」
少年は唇を噛み、視線をそらした。反論の言葉は出てこなかった。
マリエルはちらりと俺を見て、小さく息を吐く。
「……ごめんなさい、ユリウスさん。まだ世間知らずなところがあって。そういうところも含めて、ちゃんと指導してあげてほしいんです」
「構わないよ。まだ出会ったばかりだしね。まずは“頼れる先輩冒険者”だってこと、行動で示すよ」
「ふん……口では何とでも言えるよな」
リオンは鼻で笑った。
そのとき、サラが小さく手を握りしめ、ぽつりと口を開いた。
「あ、あの……わたし、ユリウスさんのこと、まだ何も知りません。だから……ちゃんと見て、それから判断したいって思ってます」
素直で、まっすぐな言葉だった。
「ありがとう、サラ。そうだね。俺のことは、これから少しずつ知ってくれればいい」
信頼なんて、最初から与えられるものじゃない。これから築いていけばいい。
「明日はダンジョンの下層に行くからそのつもりで。まずは、現場で君たちの動きを見せてもらうよ。朝、ギルド前に集合だ。荷物は最小限で大丈夫だから」
短くそう告げて、俺は部屋を後にした。
静かな緊張の残る空気を背にしながら、少しだけ唇を引き結んだ。
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