第3話

ギルドカウンターに戻ると、マリエルが明るく声をかけてきた。


「ユリウスさん、おかえりなさい。《幻光草》見つかりましたか?」


俺は採取した幻光草の束を差し出す。その量はDランク冒険者では考えられないほどだった。


「うん、ぎりぎりセーフだよ。ちょっと手間取ったけどね」


マリエルは差し出された幻光草の束を見て、驚いたように息をのんだ。その表情は、期待をはるかに上回るものを見た時の、純粋な驚きに満ちていた。


「……これだけの数、どうやって!?普通は二束か三束取れればいい方なのに!すごいですよ、ユリウスさん!」


「まあ、慣れてるからかな。昔パーティーにいた頃、こっそり薬草集めてたのが役に立ったよ」


「鑑定してみますね……あっ、これ《Aランク》です!うそ…これも……全部最高品質ですよ!」


マリエルは水晶結晶の端末に素早く入力を進め、報酬を計算していく。カチャカチャという小気味良い音が響く。


「納品数は十五束。通常報酬が銀貨二枚 × 15束で三十枚。品質上乗せで銀貨十五枚分、合計で銀貨四十五枚になります!支払い方法はどうしますか?」


提示された金額に、俺は小さく目を見開く。予想以上の報酬だった。


「二十枚は現金で、残りをギルド口座に振込みでお願いできるかな。今はちょっと入用なんだ」


「了解しました!では、こちらをどうぞ。クエスト成功おめでとうございます。お疲れさまでした。これからも頑張ってくださいね。次のクエストも期待してます!」


「ありがとう」


俺は現金を受け取り、マリエルの笑顔に見送られながら、そのままギルドのロビーへ戻った。


すると、妙に騒がしい一角がある。拍手と歓声の中心には、得意げに胸を張るクラヴィスの姿があった。


「クラヴィス様、あなたがいなかったら私たちは……!」


「礼には及びませんよ。女性を守るのは当然のことですから」


拍手と歓声に囲まれ、クラヴィスが高らかに笑っている。


「いやいや、あの程度の魔獣なら、私レベルであれば朝飯前ですよ」


 自信満々に胸を張りながら、周囲に自慢げな視線を向ける。


「それに……美しい人の窮地を救えるなんて、男として冥利に尽きます。ま、たまたま近くを通りかかっただけなんですけどね」


(……クラヴィスのやつ、やるじゃん)


何があったかまでは知らないが、人助けをしたのなら素直に称賛すべきだ。俺は心の中で小さく拍手を送る。


その輪の中――銀髪の少女と、騎士服を着た従者らしき人物がいた。


(あの子、どこかで…?)


その少女の顔には、なんとなく引っかかる気もしたが、思い違いだろうとすぐに目をそらした。



ギルドを出た俺は、ふらりと馴染みの酒場へと足を向けた。

夕暮れ時の店内は、ギルド帰りの冒険者たちで賑わっている。肉の焼ける香ばしい匂い、大勢の笑い声、グラスのぶつかる音――それらが混ざり合い、活気に満ちていた。

カウンターの隅に腰を下ろし、一番安いエールを頼む。キンと冷えたグラスを傾け、琥珀色の液体を喉に流し込むと、苦みが疲れた体にじんわりと染み渡った。


(銀貨四十五枚……)


無意識のうちに、報酬をしまった腰のポーチに手を添えていた。大金と呼ぶには程遠いが、Dランクに降格されたばかりの俺にとっては、充分すぎるほどの額だ。


「まさか、こんなに稼げるなんて……」


ぽつりと独りごちる。

かつてのパーティーでは、俺に“稼ぐ力”など期待されていなかった。ただ、足を引っ張らないようにと、そればかりを気にしていた。


脳裏に、クラヴィスの嘲るような顔が浮かぶ。悔しさがこみ上げる。だが、それ以上に――今の確かな達成感が、その感情をそっと覆い隠していく。


あの頃の俺は、ただ必死だった。パーティーに貢献したくて、人知れずスキルを磨き続けてきた。でも、結果は……変わらなかった。


「ユリウス、今日限りで抜けてくれ」

「正直、お前が足引っ張ってるんだよ」


突きつけられた冷酷な言葉が、今も胸の奥をじわりと疼かせる。

それでも――


(今日、俺の無詠唱スキルは、確かに役に立った)


再びグラスを傾け、残ったエールを一気に飲み干す。ほんのりとした酔いが、体の奥から疲れを癒してくれるようだった。


俺は、もう迷わない。

無詠唱スキルは、確かに俺の中で育っている。


誰にも見られていなくても、誰にも知られていなくても。


それでも――俺は、強くなっている。


この力は、誰かに認められるためじゃない。


俺自身が、もう一度前に進むために必要な力だ。

いつか、もう一度。


誰かの力になれるその日まで――ただひたすらに、歩み続ける。

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