第23話 練習

カインさん、レビューありがとうございます。

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「俺がやりましょうか?」


 俺は会長に対して、そう立候補する。

 一瞬、物図るような視線を向けられたため、きちんと根拠を説明することにしよう。


「俺は、七瀬、天野の両名と交流があります。さらにいえば、短距離走で2位を取れるくらいには、足の速さに自信はあります。自分で言うのはあれですが、これほど適任な生徒はいないんじゃないでしょうか」


 本当に自分で言うのはあれだが。


 会長は顎に手をやり考えるような仕草を見せる。

 そして、姿勢を戻しこちらに向き直ってくる。


「頼めるか」

「はい」


 俺から望んで立候補したのだ。断るはずもない。


「助かる、私からも先生に連絡しておこう」

「ありがとうございます」


 これでなんとか補欠問題は解決した。

 というか、この体育祭立候補の話しかしてないな。


 話も終わったので、立ち去ろうとしたのだが、天野が会長に話しかける。


「……本気なんですね」

「本気?」

「なんて言ったらいいのか分からないんですけど、普通補欠を入れるときは、足の速い生徒を出させておしまいじゃないですか。それなのに、会長は勝つためにこんな条件をつけて……それが、すごく本気なんだなと、熱意を感じたんです」


 天野は一気にそう話す。

 伝わっているかどうか、天野は心配そうな表情をしているが、それは杞憂だろう。

 会長の優しい笑みを見れば、それは一目瞭然だ。


「そうかもな、私はこの体育祭に対して本気で望んでいる。一年、二年の頃はそうでもなかったんだがな……生徒会長になってたくさんの仲間ができて、クラスメイトも支えてくれて」


 会長はどこか懐かしげに、この学校での思い出を見つめるように話す。


「だけど、そんな仲間と過ごせる時間もあと少し。そんなときに、最後の体育祭が始まった。最後の体育祭、自分は何をしたいのか考えたんだよ。そして、気づいた」


 会長はそこで改めてこちらの目を見つめてくる。


「全力で勝つ、それが自分がしたいことだとな。最後の体育祭、ともに過ごした学友たちと結束し、敵対し、全力でやって勝ったら気持ちいいだろう?」


 会長は俺たちに問いかけるような目を向ける。

 その目に天野が答える


「最高に……気持ちいいですね」

「そうだろうそうだろう。これが気持ちいいんだ」


 二人はニヤッとした怪しい笑みを浮かべる。


 端からみたら、体育祭での優勝というのはちっぽけでどうでもいいのかもしれない。

 だけど、会長にとってはそのちっぽけさが大切な思い出なのだ。


「もう少し話したいところだが、もう行くよ。他にも色々指示をしないといけないんだ」


 そう言って、会長は立ち去った。

 今の言葉を聞き、俺たちには一つの思いが生まれていた。


「今村君。私、勝ちたいです」

「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」


 あんなことを聞かされたら、そう思うしかないだろう。


 俺たちは、改めて優勝を目指す。

 会長のため……いや、違うな、もちろん会長も勝たせたい気持ちもある。


 だけどそれ以上に、俺は仲間……ネクスターズと勝ちたいという気持ちがあるのだ。

 会長を『勝たせたい』のではなく、俺たちで『勝つ』のだ。



 ◇ ◇ ◇



「いやー、まさかお前がリレーにでるとはなぁ」


 渡が準備運動をしながら、物珍しそうに聞いてくる。


「仕方ないだろ、これしか方法がなかった」

「たしかに。俺と天野さんと交流があって、短距離走で二着になるくらいの足の速さがある、これ以上の適任はいないな」

「一着のお前に言われても腹立つだけなんだが」


 その言葉を聞き、渡が楽しそうに笑う。

 

「まぁ、今思えば萌でも良かった気はするがな」

「いや無理無理。障害物競走見ただろ? あいつくそ遅い上にドジだから」

「言い方ひどすぎないか?」


 それ、萌が聞いたら怒るぞ。

 そんな雑談をしていたら天野がやってきた。


「さっさと練習しましょう。時間がありません」

「そうだな」


 少し伸びをしてから、練習を開始する。

 今回の練習は主にバトンの受け渡しを行う。走りの練習については、短距離走でたくさん行っているので、これが妥当だろう。


「バトンをもらうときは、テイクオーバーゾーンを上手く使ってください。逆に渡すときには、相手の手をよく見て下さいね」


 天野がバトンパスについて教えてくれているので、しっかり頭に入れる。


「一回やってみましょうか、七瀬さんお願いします」

「分かった」


 まずは、渡からバトンをもらう練習。

 渡からバトンを受け取る。それを天野が見て、訂正すべき場所を指摘する。それらを意識しながら、もう一度渡からバトンを受け取る。それを見て、天野が訂正すべき場所を……というのを繰り返す。


 ある程度、バトンを受け取ることができるようになったら、次は天野にバトンを渡す練習。


「あっ」


 思わずバトンを落としてしまった。もう一回。


 渡と天野の立場が逆転しただけでやることは大して変わらないが、先ほどと違いなかなか上手くいかない。


 バトンを落とさないようにすると、スピードが落ちるし、かといって、スピードを保ったまま渡そうとすると、バトンを落としたり、少しもたついたりしてしまう。


「もう少し、私との距離感を意識してください。さっきからバトンしか見れてないので」

「分かった」


 少し痛い言葉を言われてしまった。

 だが、その指摘はごもっともなので、素直に聞き入れる。


「バトンパスの渡し方をしっかり説明しときますね」


 そう言い、眼鏡をかけ、天野は指導の体制に。

 その眼鏡、どっから出した。


「これはブルーライトカット眼鏡です」


 心読むな。


「まず合図を出してください。掛け声はなんでもいいので。それを合図に私は手を出し、走り出します」


 確か合図を出すのは、テイクオーバーゾーンに入ったときだったな。


「次に、その手をしっかり見て、バトンを渡してください。手のひらの中心を狙って、真っすぐバトンを差し込むんです」


 頭で理解するのは簡単だが、いざやってみると難しいだよな。

 まぁ、理解してないよりは断然いいが。


「渡すときは、ためらわず渡してください。ためらってしまったら、逆に落としてしまいます。大丈夫、私を信じて」


 

 スピードは下げない方がいいということか。

 あと、最後のセリフ恥ずかしくないか。


 でも、やっぱり普段から関わっているからこそ、こうして率直に指摘してもらえるのだろう。

 あまりよく知らない人に、何かを言うというのは、想像より難しい。もちろん、人の性格によるが、天野はそういうことがあまりできない性格だ。


 こういうところで、「普段の関わり」という条件が生きてくる。

 

 そして、そんなことをしているうちに、昼休みが終わってしまった。

 もう少し、練習を続けたかったのだが、これではどうしようもない。


 肝心のバトンパスに関しては、形だけはどうにかなった。だが、本番で通用するかどうかは別問題だ。


 そんな不安を抱えつつ、午後の部が始まる。

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