清志がいる

坂間 新

清志

「俺は今から洗濯物になる」

 清志は俺の部屋でいきなりそう告げた。

「そうか頑張れ」

 俺はそう返す。やつの言葉でいちいち感情を振り回される男ではない。というより、毎度のことで慣れただけである。



 ここで清志を知らない方々に説明をしよう。他人のベッドの上で逆立ちをしながら、洗濯物になることを宣誓をする男。これが清志である。年は俺と同じで23歳。一浪の末、そこまで有名でもない私立大学に入学した男である。性格は筆舌に尽くしがたく、ここから繰り広げられる物語の中で感じていただけますとこれ幸いです。

 そして俺、俺は俺である。以上。



 「なあ清志。ここ俺んちやし、それ俺のベッドやし、ほんで洗濯物になるって言うてもどうやってなるん?あと俺んちやし」

「案ずるな我が忠実なるしもべよ。洗濯物というものはなろうと思えば誰だっていつだってなることができるのだよ」

 清志は一応聞いてやった俺をしもべ呼ばわりし、わけのわからぬこと言う。

「俺はお前のしもべになった覚えはないけどなあ。あとその答え方で大学が卒業できるともおもえんなあ」

「我がしもべよ。洗濯物になれば大学だって卒業できてしまうのだよ」

 と言うと、清志はいきなり逆立ちをやめた。そしてそのままベッドで横になるいきなり、声高らかに笑い始めたのである。

 やつの一挙手一投足でいちいち感情を振り回されない男であるさすがの俺も面食らっていると、今度は急にすすり泣きを始めた。そして泣き始めたと思ったらすぐに、ガマのようなしかめっ面になった。

 恐怖である。それも、不純物のないよどみなき恐怖である。



「これが洗濯物になるということだ」

 清志は、まじで引いている俺に向かっていつもの口調で語りかけてくる。それも怖い。

「さっきのお前は洗濯物というよりは、天気の方やったで。あとここ俺んちやから静かにして」

「なにを言う我がしもべよ。ころころ変わるのは何も天気だけではない。洗濯物もころころと変わるのだ」

 なんだか疲れてきた。なぜ俺はこんなやつと絡んでいるのだろう。俺んちで。その瞬間、俺は気づく。これが洗濯物になるということなのかと。



 ハッとして、清志の方を見る。見てみると、なんと清志はすやすやと寝ているではないか。俺のベッドで。今にも爆竹のようないびきをかき始めそうである。集合住宅なので爆竹は勘弁してほしいなあ、あと俺んちやし、と思いながら俺は洗濯物を取り込み始めた。

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清志がいる 坂間 新 @kokohashi

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