目的地

のま

目的地

 ある家族が子供の夏休みに合わせ、О県のある島へ行った。有名なリゾート地である。


 市内で夕食を済ませた後、ちょうど対岸にあるホテルへレンタカーで向かっていた。


 建物が密集していた通りを過ぎれば、あとは街灯も途切れがちな、真っ暗な夜道が続く。運転している父親も初めての道のせいか、車にナビゲーションは付いていたが、距離感が掴めなかった。そんな不安が伝わったのか、助手席の母親も後部座席の子供も自然と押し黙っていた。


 ナビの音声も一本道に入ってからは、何も言わなくなった。

 

 まだ夜中という時間でもなかったが、ヘッドライトが照らし出す先は右も左も南国らしい、丈高いサトウキビ畑が続くのみ。ほんの時折、反対車線からやってくるヘッドライトの光に三人は安心し、子供は軽口を叩いたりした。




 一時間ほど、かわりばえしない景色を走っていると、突如ナビが告げた。


『カーブです』


 三人は笑った。

 なぜならずっと道なりに走っているし、今までにも同じような緩いカーブは何度もあったからだ。


「変なの、何でここだけ?」


 子供がつぶやく。すると続いてまたもナビが


『三百メートル先、左方向です』


 と告げた。


 父親が首を傾げた。


「まだホテルではないのだが」


「ホントだわ……もう少し先よね?」


 母親もナビが示す矢印を見ながら、同意する。


「あれ、何?」


 子供の声に二人は前方を見た。

 左側の歩道に沿って屋根のある石造りの建物がいくつか連なっていた。


「家じゃないかしら?」


 母親が答えた。

 この島ではコンクリートの建物が当たり前で木造家屋はほとんど見かけなかった。台風の通り道である地域ならではだ。


『目的地周辺です。運転、お疲れ様でした』


 父親は車を止めていた。

 ここではないことは家族全員わかりきっていたが、異様な状況に黙ったまま、「目的地」を見つめていた。


 石造りの家だと思っていたが、真横に来て、さすがに三人にもここがどこかわかった。

 屋根の下は前方が空いており、中に置かれていたのは……墓石だった。


 同じものが十数軒連なるように建っている。

 ここは墓地だった。


 父親はふたたび車を出した。

 その後はナビも何も言うことはなく、三十分ほどすると海沿いのホテルにたどり着いた。




 チェックインの際、父親は先程の怪異をホテルの従業員に話した。

 すると従業員は一度事務所の中へ引っ込むと、何かを持ってきた。小皿に盛られた塩だ。


「部屋のドアの前に置いてください」


 と塩を父親に手渡した。


 小皿を見たポーターの男性も、トランクを両腕に抱え階段で担ぎ上げる途中、


「お客様だけではありませんから、あまりお気になさらぬよう」


 と言いながら笑った。


「でも盛り塩は忘れずに置きましょうね」


 と部屋の前で念を押すように言うので、父親は気味が悪いながらも言うとおりにした。


「ところでナビがその道でまた何か言ったとしても、もう止まらないようにしてくださいね」


 男は付け加えた。

 いったいどういうことなのか、父親が何度問うても


「だいじょうぶです。塩さえ置いておけば、中には入ってこれませんから」


 男は笑ってそう答えるだけだった。




 滞在中、観光のため市内へ向かう同じ一本道を何度か通ったが、家族は道路沿いにあったはずの例の墓地を二度と見ることはなかった。

 その場所にはサトウキビ畑が広がっているだけだった。


 ただ、帰り道が夜の闇に落ちてから、例の場所を通りかかると


『目的地周辺です。運転、お疲れ様でした』


 やはりナビは言うのだった。


 父親は言われた通り、そこでは車を止めなかったそうだ。

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目的地 のま @50NoBaNaShi60

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