憧れの先輩に手料理を振る舞ったら、いつの間にか胃袋どころか心まで掴んでしまったらしい

桃乃いずみ

第1話「女の子に間違われる男子高校生」


「お姉さんお姉さん! モデルとかに興味ありませんか!」

「はい?」


 学校へ向かう通学路で、突然知らない男性に声を掛けられた。

 ……こうして外で声を掛けられるのは、何度目だろう。


「いやぁ、今、学生さんのモデルを探してましてね! お姉さんみたいな可愛い子を探してたんですよー」

「えっ、あの」


 こちらの返事も聞かず、無精ひげの男性は話を進めてくる。

 このままだと、よく分からないままやりたくもない仕事を押し付けられそうだ。


「朝早起きした甲斐がありますね! こんな綺麗な子を発見できるなんて」

「あの!」


 淡々と話す男性に、大きめの声で呼びかける。

 ようやく、今まで合わなかった視線がこちらに向いた。


「モデル受けてくれるのかい!」


 何を期待しているのか、キラキラと目を輝かせてくる。

 生憎、その期待には応えられない。なぜなら――


「俺、なんで!」

「えっ……」


 驚くのも無理はない。


 この俺、綾瀬奏多あやせ かなたは、性別は男なのに物心ついた頃からよく女の子に間違われてきた。

 だが、よく見てほしい。俺は正真正銘、男だ。

 今着ているのは、男物の学校の制服。これ以上ない証拠である。


「俺は男なんです。だから、モデルを頼むなら他の子をあたってください」

「……もしかしてそれは、男装かい!? そしてその男勝りな言葉遣いは“俺様系”? いや、“僕っ子”というやつだろうか」

「は?」


 なぜそうなる。

 男性は俺を上から下までじろじろと眺めてくる。


 いつもなら、男だと告げれば話は終わるのに……今日のスカウトマンはやけにしつこい。


「最近は美人な子の男装が流行っているだろう? コスプレでもよくあると聞く」


 コ、コスプレじゃねぇ……。


「いや、だから俺は」

「そうやっていつもスカウトをやり過ごしているんだろう。最近の子は賢いからね。でも、僕の目は騙されないぞ!」


 騙されてるんだよ! しかも嫌な方向に! 頼むから気づいてくれ!


「こんな逸材、放っておけるわけない!」

「だーかーらー! ほら、よく見てくださいよ。俺の格好! スカートなんて履いてないでしょ!」

「そのズボンで隠されている脚も、さぞ綺麗なんだろうね」


 ……ほんと、人の話聞かないなこの人!


 しかも、いい笑顔で言ってる内容が気持ち悪い。

 冗談ではなく、本気で俺を女の子だと思い込んでいるらしい。


「あの、俺急いでるんで!」


 これ以上話しても埒が明かない。

 ただでさえ遅めの登校なのに、このままでは本当に遅刻だ。


「ちょっと待った!」

「!」


 横をすり抜けようとした瞬間、手首を掴まれた。


「離してくださいっ! 学校に行かないといけないんです!」


 振り払おうとしても、びくともしない。

 いっそ警察を呼んだ方が――いや、それではに心配をかけてしまう。


「このしなやかな手首、綺麗なスタイル。髪の手入れも行き届いたショートヘア。それに何より、色白で健康的な肌と整った顔立ち! どこからどう見ても君は女の子じゃないか!」

「ちょっと! こんな道の真ん中で変なこと言わないでください! てか気持ち悪いなあんた!!」

「何を言うんだ! 素敵な魅力じゃないか!」


 ……全部、俺にとってはコンプレックスなんだよ!


 何を言っても納得しない。こんな面倒な相手は初めてだ。

 一体どこの事務所のスカウトマンなんだ……事が済んだら絶対クレーム入れてやる!


「綾瀬くん?」


 背後から心地よい声で名前を呼ばれ、振り返る。


「えっ、卯月うづき先輩?」


 そこには俺と同じくらいの身長の女生徒が立っていた。


「どうしてここに?」

「この道、私もよく使うので」


 長いまつ毛に、くりっとした瞳。背中まで伸びる黒髪と引き締まったスタイル。

 着ているのは、俺と同じ白瀬高校の制服だ。


「それより、何かあったんですか? 遅刻しますよ?」

「それが、ちょっとこの人が……」

「何か困っているんですか?」


 先輩がチラリと男性を見る。


「はい! すごく困ってます!!」


 卯月先輩の存在を知らない生徒は校内にいない。

 可憐な見た目とカリスマ性で、皆の憧れの的だ。

 ちなみに、その“皆”には俺も含まれる。


 しかし、今は喜んでいる場合じゃない。


「この男の人が、俺のことを女の子だと思って無理にモデルの勧誘をしてくるんです!」

「何を言う! 君はモデルになるべきだ! そこの君も一緒にどうだい?」

「なっ!?」


 先輩まで巻き込むつもりか!?


「あのー、彼はれっきとしたうちの高校の男子生徒ですよ?」

「なにっ!」


 小首を傾げながらもマイペースな先輩。

 さすが卯月先輩、押しの強い相手にも動じない。


「それは、彼と同じ高校の生徒会長である私が保証します」

「せ、生徒会長!?」


 そう、卯月先輩は白瀬高校の二年生で、生徒会長なのだ。


「それでは、本当に彼女は……?」

「彼女ではなく、彼ですよ」

「う、嘘だっ!?」

「それ以上彼を無理強いするなら、警察を呼びますけど?」

『け、警察!?』


 俺も思わず反応してしまった。


「そ、それだけは勘弁してくれないか!?」


 あれ、結構効いてる?


「分かった、諦めるよ。だから、その今にも電話をかけそうなスマホはしまってくれないか!」

「では、彼をこちらに引き渡して頂いてもよろしいですか?」

「あ、ああ」


 ようやく男性の手が離れた。


「では、綾瀬くん。学校に行きましょうか」

「は、はい」


 何事もなかったかのように、先輩はにこっと笑う。

 俺はその後ろ姿を追いかけた。


 本当にすごい人だ。

 ……でも、あの男性があれだけ脅しに弱いなら、俺も同じようにすればよかったな。


 それにしても、女性の先輩に助けられる俺って、相当カッコ悪いよな……。


「綾瀬くん? 遅刻しますよ?」

「あっ、今行きます」


 呼ばれて、いつの間にか距離が開いていたことに気づく。


「……あれ?」


 そういえば、先輩と話すのは初めてのはずなのに――

 どうして俺の名前を知っていたんだろう。


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