【第2話】遅すぎる魔法と、速すぎる少女
「ちょっと、アンタが“例の最遅スキル”ってヤツ?」
朝のギルド前で、声をかけてきた少女は、いきなりそう言った。
赤いポニーテール。
燃えるような瞳と、魔力の風にたなびくローブ。
彼女の名は――セリナ・ブライトブレイズ。
王都の魔術学院で主席を取った“加速魔法の天才”だという。
「ふうん……見た目は普通の坊やじゃん。失望したわ」
「いきなり失礼だな」とは思ったが、声には出さなかった。
この手の“天才様”は、黙ってたほうが早い。
その日の依頼は、ギルドの主催する合同討伐訓練だった。
討伐対象は“牙狼(がろう)”と呼ばれる凶暴な魔獣。
小型ながら群れで行動し、初心者の訓練には最適――というのがギルドの見解らしい。
俺とセリナは即席の二人パーティを組まされ、
牙狼の巣がある小峡谷に向かうことになった。
「いい? 私は先手必勝タイプ。アンタの遅延魔法なんて、当たらないんだから邪魔だけはしないでよね」
「ああ、好きにやればいい」
むしろ、それで十分だった。
セリナの動き、魔法、癖――すべてを見ておく。
それだけで、今日の俺の価値はある。
峡谷の奥、岩場の上から牙狼の群れが現れた。
5体。先頭の個体が唸り声を上げると、一斉に跳びかかってくる。
「加速展開――《フレア・スプリント》!」
セリナの魔法詠唱は短く、すさまじい速度で炎弾を連発する。
高速で動きながら狙い撃ち――1体、2体と牙狼が倒れていく。
(なるほど、速攻型か……その分、隙も多い)
セリナが踏み込むタイミング、回避に使う足運び――
すべてが「予定通り」すぎる。だが、本人に自覚はない。
そして、残った1体が回り込むようにセリナの背後に回り――
「セリナ、避けろ!」
「は……え?」
その一瞬、俺は魔力を放った。
牙狼の着地位置――“今のセリナが避けるであろう場所”へ。
《ディレイアクト》――発動。
魔法は沈黙し、牙狼が跳躍する。
セリナは反射的に横へ飛ぶ。その先に、俺の魔法があるとも知らずに。
――五秒後。
「ッ!?」
炎の柱が牙狼を焼き上げた。
セリナの目が、初めてこちらを真っ直ぐに捉えた。
討伐は完了した。
帰り道、セリナはぽつりと呟いた。
「……なんで、あの位置に撃てたの?」
「“君ならそこに避ける”と思っただけだ」
「……は?」
「未来の位置を読むのが、俺の魔法の使い方だ」
セリナは驚きと戸惑いが混じったような顔で、少しだけ黙った。
「……じゃあ、私があそこで違う方向に避けてたら?」
「死んでたかもな」
「……性格悪ッ!」
でも、その顔には、
ほんの少しだけ、笑みの気配があった。
遅すぎる魔法と、速すぎる少女。
その二つが、ほんの少しだけ、噛み合った。
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