EP 7
土下座と、恋の成就
町内を全力疾走したあの日から、瑠璃は天にも昇る気持ちでデート当日を待っていた。クローゼット中の服を全部引っ張り出しては悩み、鏡の前で何度も髪型を整え直す。その顔は、ルンルンという擬音がぴったりなほど、幸せに満ち溢れていた。
そして迎えた、約束の日。
待ち合わせ場所に現れた優一は、やはり瑠璃の想像を遥かに超える「王子様」だった。
「やあ、瑠璃。その服、すごく似合ってるね。今日の君のためにあるみたいだ」
待ち合わせの段階から、完璧なエスコートは始まっている。人混みからさりげなく守り、瑠璃の歩くペースに合わせ、彼女が興味を示したものについて、的確に会話を広げてくれる。
(優一くんを、独り占めしてる……!)
その事実が、瑠璃の心を幸福感で満たし、自然と甘えた態度になってしまう。
「ねぇねぇ、優一くん、あっちのクレープ食べたいな」
「優一くんの手、大きいね。なんだか安心する」
ぴったりと腕に絡みつき、満面の笑みで優一を見上げる瑠リ。その姿は、完全に恋する乙女そのものだった。
優一もまた、そんな彼女を邪険にすることなく、穏やかにエスコートを続ける。二人だけの幸せな時間は、瞬く間に過ぎていった。
夕暮れ時。デートの定番である、美しい夜景が見える公園のベンチ。
瑠璃は、隣に座る優一の横顔を見つめながら、高鳴る心臓を必死に抑えていた。今しかない。この最高の雰囲気の中で、自分の本当の気持ちを伝えるんだ。
「ゆ、優一くん!」
「ん?」
「あのね、私……優一くんのことが、大好きです!わ、私と、付き合ってください!」
勇気を振り絞った、人生最初の大告白。瑠璃は、ぎゅっと目を瞑って、返事を待った。
しかし、優一から返ってきたのは、またしても予想の斜め上を行く言葉だった。
「うーん……。じゃあ、土下座してよ」
「………………え?」
聞き間違いかと思った。しかし、優一は真顔で、公園の地面を指差している。
「ここで?」
「嫌なの?」
その静かな問いは、拒否を許さない響きを持っていた。
(また、これ……!でも、でも……!)
人通りは、まだある。ここで土下座なんてしたら、どれだけ恥ずかしいだろう。普通の女の子なら、怒って帰ってしまうかもしれない。
でも、瑠璃は違った。彼女の恋は、もうそんな常識で測れる段階にはなかったのだ。
「わ、分かった……!」
瑠璃は、スカートの汚れも気にせず、その場で勢いよく膝をついた。そして、アスファルトに両手をつき、深く、深く、頭を下げる。
「優一くん……!大好きです!私と、付き合ってください……!」
土下座しながらの、二度目の告白。
その健気で、あまりにも一途な姿を見下ろして、優一は、ふっと息を漏らすように微笑んだ。
「うん。良いよ」
顔を上げた瑠璃の耳に、その許可の言葉は、まるで天からの福音のように響いた。
「ほんと!?ほんとに、いいの!?」
「うん」
次の瞬間、瑠璃は地面を蹴って立ち上がると、喜びを爆発させて優一の胸に飛び込んでいた。
「やったぁー!嬉しい!大好き、優一くん!」
優一は、そんな彼女をしっかりと受け止める。そして、抱きついてきた彼女の顔をそっと引き寄せると、その唇に、優しく口づけをした。
それは、甘くて、少しだけ夕日の味がする、瑠璃にとって初めてのキスだった。
数々の奇妙な試練を乗り越え、彼女の純情な恋は、今、最高に幸せな形で成就したのである。
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