第10話:壊われない方法(基地入口警備)
「あ……言い忘れてた……」
サクラに昼食の用意を頼んだが、「パクチーの入ったやつは、絶対に選ぶな」と伝え忘れてた。
私は缶詰のパクチーなんか嫌いだ。というか、パクチー自体好かない。
なんだ、あの草は。
「雑草食ったほうがマシだなぁ……」
そういえば、隊長がスパイスを育ててたっけ。
肉の缶詰に、スパイスをぶち込まれた時は、手が出そうになった。
まぁほぼ出てたが……
しかし酷い味だった。ギトギトの油に、変な青臭さとスパイスの風味が混じって、口の中で大喧嘩してた。
まぁ、しかし、
「そうやって、気にかけてくれる所が……」
と、リツは過去の思い出を、懐かしんでいると、
「ん?」
基地の入口に、人が歩いてきているのが見える。
ふらふら歩いてて、服も汚い。傷も負ってる。
歩いてここまで来たのか?
「止まれ! 認識票を出してくれ」
「……」
口元は、涎と血でベタベタになっている。
顔、手、腕も包帯は巻かれているが、真っ赤に染まって滲んでいる。
こちらの声に反応がない。申し訳ないとは思いつつ、銃を向けて再度、
「すまない。認識票を出してくれたら、医者を呼ぶから、だから──」
その瞬間、私の”反射神経”というべきか”本能”というべきか、そういうモノが私の身体を動かした。
目の前の負傷兵が、直立の状態から蹴りを繰り出してきた。
鼻をかすめて、私は避けることができた。
しかし、異常な蹴りだ。風を切る音が聞こえるほどだった。
「お前っ……!」
銃を構えた。
私は躊躇わない。
しかし、銃の照準に奴は捉えられなかった。
彼は地面に這いつくばり、私の銃口を避けるように、グネグネと動く。
まるでムカデや、蛇みたいだ。
「悪く、思うな!」
引き金を引いた。
奴は身体をしならせて、銃弾をかわす。
またかわす。
狙っても意味がない。狙ったところに引き金を引いた頃には、そこに奴は居ない。
「くそっ!!」
私は弾をバラまいた。
どこでもいい、当たればいい。
地面や、背後のトタンに銃弾が当たって、甲高い金属音が鳴る。
「……」
「……っ」
弾倉が空になった。
だが目の前の男は、立っていた。
よく見ると、太ももや腕に銃創がある。脇腹にも当たったようで、血が垂れている。
弾は”当たっている”。
でも、こいつは動いている。
痛覚もないのか?
「リロードを……」
と私は、腰の予備マガジンに手をかけた。
するとその瞬間、飛び掛かってきた。
咄嗟のことで、避けるので精一杯だったので、ライフルを落としてしまった。
リロードする隙も与えてくれないのか。
「銃……敵……」
「……こいつっ」
奴と目が合った。
その目は”壊れたやつ”の目だった。
私にはその目に見覚えがあった。
初めて会ったときのサクラと一緒の目。開ききった瞳孔、何を見ているのかわからない視線。
なにより野性的な身のこなしが、サクラにそっくりだ。
「そうかよ……あぁ、ああ! そうかよ!!」
私は少し息を吸って、ナイフを抜いた。
奴の攻撃を見切れ。集中しろ。私はやれる。
そう心の中で唱えた。
その瞬間、気付いたら私のあばら骨が悲鳴をあげた。
「がっ……!!」
♦
少佐が蹴り飛ばされて、フェンスに打ち付けられた。
ガシャンと嫌な音が鳴って、彼女はその場にへたり込んだ。
「敵……敵……」
彼はまたも、ぶつぶつと何かを言いながら、こちらに歩いてくる。
猫背で、まるで敵意も殺意も感じない。あるのは異質さだけだ。
全身から血が出ているのに、この人は動いている。地面に血の跡が、生々しく残る。
「う、うごかないでっ!」
持っていた缶詰を投げ捨て、拳銃を向けた。
それでも彼は歩いてくる。
怖い。
怖い。
バァン!
気付くと、引き金に力が入ってしまった。
「あぁ……」
私の弾は、鎖骨辺りを貫通していた。血が噴き出している。
それでも、彼はこちらをジッと見つめながら、歩いていた。
「はぁっ……はぁっ!!」
「うぅううう」
私は目の前の、”敵”にもう一度狙いを付ける。
しかし、彼は気づくと私の隣まで、飛び込んできていた。
彼が押してきた空気が、頬を撫でた。
彼の吐息が聞こえた。
まるで、獲物に飢えた動物みたいだった。
「ぐぁっ!! ……くっ……」
彼の大振りの腕が、私の肩に強打したが、なんとか受け身をとることができた。
訓練の時と違う。相手の攻撃は重たかった。きっと受ける体勢ができていなかったら、肩が吹っ飛んでいた。
そう思うほどの、風切り音だった。
「……あっ、銃がっ!」
見渡すと、自分の銃が敵の足元に落ちていた。
さっきの受け身で、手放してしまったようだ。
そんなことを考えていると、彼が突進してきた。まるでトラみたいに、這うように、飛びつくように。
それと同時に、背後から走る音が聞こえてきた。
「舐めんなぁ!!」
「うぅっ!」
後ろから、リツがタックルをかました。
ようやく、まともに攻撃が当たった。
「少佐、大丈夫なんですか?」
「……サクラ、訓練で言ったこと覚えてるか?」
「は、──」
バン! バン! バン! 3発銃声が聞こえた。
耳がキーンとしている。音のほうに目をやると、タックルを食らった彼はもう立ち上がって、こちらに銃を向けていた。
その光景を、私はリツ少佐の背中越しに見た。
「ふっ、狙いが甘ぇよ……」
少佐は私の盾になるように、両手を広げていた。
彼女が私を銃弾から守ってくれた。
少佐は私に、もたれかかるように倒れてしまった。
私はどうしたらいいか、わからなくなった。
けど敵はまだ、立っていた。
「少佐っ! 少佐がぁっ!」
血が彼女の服を赤く染める。
どこに当たったのかも、分からないほど真っ赤になっていく。
「うぅっ……はぁはぁっ」
息が苦しい。
心臓が痛いほどにバクバクと、鼓動をたたきつける。
どうしたらいいの?
と思ってると、少佐の手が動いた。ゆっくりと、私の頬に触れた。
「緊張するな。考えるな。疲れるな。最後に一つ、忘れるな」
と言うと、腕が地面に落ちていった。
彼女の目は閉じていた。
「少佐、少し待っててください」
私は彼女を、その場に寝かせた。
そして訓練を思い出す。呼吸を深く吸って、吐く。数回繰り返す。
頭の中にある恐怖や、迷いが消えるのを感じながら。息を吐く。
気付けば鼓動は、いつもの速さに戻っていた。
「……エリカ、壊さないようにするので、許してください」
私はそう言って、自らヘッドセットを頭から外した。
それは幻覚や、自分の世界に閉じこもりたい。まして、暴走したいわけではない。
彼の動きは、私の”凶暴性”を使わないと倒せない。そう確信したからだ。
ヘッドセットを首にかけると、次第に視界が歪み始めた。
”あの感覚”だ。吐き気、多幸感、幻覚、そして殺したいという欲求。
意識、人格といったモノが、遠くに行きそうになるが、
「すぅーっ……」
私は息を吸って、その呼吸と心臓の動きに集中する。
私は獣でも、殺戮兵器でもない。
私はサクラだ。
少佐の「最後に一つ、忘れるな」、という命令に従った。
「サクラ……私は、サクラ……っ!」
呼吸をし続ける。するといつもとは違う感覚になっていた。
極彩色の視界の中でも、私は私で居られる。
意識がある。
何をすべきか、わかる。身体が、覚えている。
「あぁぁあああ!!!」
私は、私の意志で敵に蹴りを繰り出した。
彼は吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。
「はぁっ、はぁっ……おぇっ、ごほっげほっ」
自分はサクラである。と思い続けないと、吐きそうになる。
自分がどこかへ行ってしまいそうだが、”呼吸”という細い糸で繋ぎ止めている感覚だ。
「ここから先へは、行かせませんっ!」
私は少佐の真似をするように、構えた。
鋭く、細かく。
「はぁっ!!」
敵の攻撃を、ギリギリ避ける。
そして間髪を入れずに、掌底を顎に入れる。
その動きのまま、相手に蹴りを繰り出す。
敵は吹き飛ばされて、フェンスに叩きつけられた。
「無駄を省け、最適化しろ。筋肉に頼るな……でしたよね。少佐」
私は少佐を守るために、基地の人を守るために、そして私で居るために、戦うことにした。
もう躊躇わない。私はもう一人じゃないんだ。
♦
「隊長!!」
血相を変えたエリカが、隊長のところに駆け寄ってくる。
「あ? おいおい、部屋から出てくるなってあれほど……」
最初は咎めようとしていたが、彼女の表情を見て言葉を止めた。
緊急事態であることを察したからだ。
「さっき、”アマノハバキリ”のセンサーが途切れた」
「あま……ん? はばきり?」
また妄言を言ってるのかと、思わず顔をしかめてしまった。
しかし、彼女の熱量がさらに上がった。
「あー!! もう!! だーかーらー!! サクラのヘッドセットの反応が消えた!!!」
「なんだと!?」
彼女は今、リツと入口の警備をしているはずだ。
ヘッドセットの反応が消えた、ということは……
『リツ、聞こえるか? リツ!』
無線に出ない。
入口から私の居る場所は、距離は離れていないので、無線が通じないなんてことはあり得ない。
「不味い、敵の襲撃かもしれん」
「そうだよ。ていうか、そうとしか考えれない! 途切れる直前、脳の興奮状態と、心拍数の異常も検知したんだ!」
エリカは異常者だが、嘘を言うことはない。
彼女の目は相変わらずだったが、その奥に嘘は見えなかった。
『隊長から1-1へ、敵の襲撃だ。基地の入口へ至急迎え!』
私は無線でそう伝えると、銃を急いで担いだ。
早くいかなければ。
すると、
「ちょっと待って!」
別の声が隊長を呼び止めた。
振り返ると、アマノが居た。
「話は聞いてた。これ持って行って」
彼女は数発の、鎮静剤を渡してきた。
「サクラちゃんをお願いね」
私は一瞥して、リツとサクラの元に向かった。
頼む、生きててくれと願いながら。
♦
銃声を聞きつけた、基地の民兵が集まってきた。
しかし、私たちは格闘戦をしている。それに、敵は民兵の恰好をしている。
その場の状況は、誰も理解出来ていなかった。
ただ、常軌を逸した攻撃を繰り出し、繰り出されている状況だけが、民兵の目に写った。
「なんだよこれ、味方同士で戦ってる!?」
「お、おい! やめないか!」
それを見た敵は、また銃を取り出す。
私はその動きを、見逃さなかった。
「来ないで!! でぇぁっ!!」
私は見ている人たちにそう叫んだ。
そして彼の腕を蹴り飛ばすと、腕が千切れて宙を舞った。
「あいつ……なに者だ……」
「いや、あいつ”イツキ”だ。イツキだよ! リーダーが敵に捕まったとか、なんとか」
「にしても、あんな蛇みたいな動きをする奴じゃなかったぞ!!」
ガキンッ!
そう話していた民兵の持っていた銃が、宙を舞い吹き飛ばされた。
足元を見ると、小石が転がってきていた。
思わず彼らは、固唾をのんだ。
「まさかあいつ、小石を蹴ってきたのか??」
「銃弾……かと思った……」
彼らは見ていることしかできなかった。
それだけ、目の前では次元の違う戦闘が行われていた。
民兵の一人が、震える手でラジオのマイクに手を伸ばす。
『こちら基地入口地点。イツキが帰ってきた。だが……』
声が震えて、出せなかった。
というよりも、この状況をなんて伝えたらいいのか、わからなかった。
隣に居たもう一人が、そのマイクを奪い取った。そして、
『訂正。港祭りの日の天気予報……局地的大雨。繰り返す、局地的大雨だ』
”港祭り”は、基地内部を意味する。”天気予報”は基本的には現在状況を意味する。
状況が良ければ”晴れ”、悪ければ”雨”、なんとも言い難いときは”曇り”とざっくり決まっている。
入口付近で、最悪なことが起きてる。
それだけ伝わればいい。とマイクを切った。
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