第6話:獣(北海道某監視所)
ズドォォォォン──────!!!!
お腹に響く轟音、遠くで次々と上がる火柱、圧倒的暴力を目にした。
無線から響いてくる声も、その暴力性に拍車をかけた。
『敵拠点、爆発炎上中』
『了解。全部隊に通達、敵がまだ潜んでいる。警戒せよ』
ジェット機が空の彼方へ去っていった。
船の中で見た”ファントム”だ。
あんなにおんぼろなのに、これだけの力を持っているのかと恐怖してしまう。
『天気予報です。天気はおおむね晴れですが、局地的に雨雲が発生しています。急な雨に警戒ください』
無線からは短波ラジオの音も聞こえてきた。
「隊長、戦車隊に弾薬を運ぶ任務は完了しているぞ。基地に戻るか?」
少佐は燃え盛る”敵”を遠くから眺めながら言った。
私たちの任務が午前のうちには終わっていた。それから少佐の提案で爆撃を見物していた。
「一応爆撃の効果測定が終わるまでここに待機。味方と民兵の撤退の援護、あと周囲の警戒だ」
「ふーん」
隊長の命令を聞いて、少佐はまた双眼鏡を覗き込んだ。
私はそれを後部座席から身を乗り出す形で、一緒に眺めていた。
「あそこに敵がいるんですね」
「あぁ、もういない」
少佐が冷たく言った。
『こちら2-1から隊長へ。これから敵基地に入って掃討と確認を開始します。』
『了解』
これから別の人たちが、効果測定というものをするらしい。
さっきの爆撃がちゃんと効いているかを、実際に目で見て確認する。
遠目で見る限り、全滅しているようにも見えるが。
『基地内に侵入、報告よりも車両が少ない』
『敵の半数の死体を確認、しかしもう半数は確認できない』
『敵兵はGRUの部隊章をつけている……』
雑多な報告が無線から聞こえてくる。
隊長の顔が険しくなる。
その時、別の場所からの無線が入ってきた。たしか私たちが午前中に行った場所だ。
『オールステーション! こちら13の5番地点監視所。装甲機音が聞こえる!』
『っ!? 対機甲戦闘用意っ!!』
かなり切羽詰まった様子の無線が飛び込んできた。
その後遠くない場所から、砲撃音が聞こえ始めた。
「リツ、後ろのランチャーの用意を」
「わかった」
というと隊長は、車のエンジンをかけた。
今の無線の場所に向かうんだ。と察することはできた。
少佐がでかい筒みたいなものを渡してくる。
「重っ……」
「もし必要なら、私がハッチを開けて撃つから。弾が切れたら、私にそれを渡すんだ」
「はいっ!」
次第に砲撃音が近くなってきた。
しかし砲撃や銃声の数は少なくなっていった。
「敵はBMP1両。歩兵は2人だけだ」
少佐が車の中に向けて言う。
次の瞬間、心臓が一瞬跳ねたかの様な錯覚を覚えた。
ブシューと何かを吹き出す音に続いて、地面が揺れるほどの爆発音がなった。
少佐がさっきの筒、ロケットランチャーを撃ったのだと数秒してわかった。
「敵BMP撃破だ! いけいけいけ!」
隊長がアクセルを踏んで、敵のほうへ近づいていく。
しかし急ブレーキをかけられて、私は思わず助手席近くまで飛ばされてしまった。
「ってて……」
車のダッシュボードで尻もちをついてしまった。
隊長に視線をやると、窓から腕を出して銃を、1発、2発、3発と続けて撃った。
同時にハッチから身を出している少佐も何かに向けて発砲する。
その銃声が響いてから、辺りは一気に静まり帰った。
『全部隊に通達。敵が森に潜伏している。注意せよ』
隊長は無線で手短に状況を伝えた。
「周辺の負傷者を回収しよう」
「……」
返事をしようとしたが、声が出なかった。
私は慌てて、車を転げ落ちるように下車する。
私は車外の景色を見て絶句した。
そこには今朝方弾薬を届けた戦車が燃えている。一言二言だが挨拶をしていた人が倒れている。
そして、その人たちを殺したであろう敵も、血を流して倒れていた。
「なに、これ」
「これが戦場だ。目を背けるな」
少佐と隊長は、民兵の近くに寄って死んでいるか、生きているかを確認している。
唸り声を上げる人も居たが、大半は力なく倒れていた。
私は死体に触れることが恐ろしくてできなかった。
「おい、お前泣いてる暇があるなら、手伝え」
気づくと視界が滲んで、泣いてしまっていた。
少佐が民兵の人から取った認識票を手渡してくる。
燃えて炭がついてたり、血がついている。
血。
「いやっ!」
思わず手を引っ込めてしまった。
認識票は私の手に触れることなく、地面に落ちて散らばってしまった。
「お前……っ!?」
少佐の逆鱗に触れてしまったようだ。
怒った顔をして私に掴みかかろうとしてくる。
胸倉をつかまれてやっと、我に返る。自分のできることをしないと。自分の精一杯を。
でも怖い。できない。体が動いてくれない。
胸の中でいろんな思考が、ぐるぐると動き始めていると、少佐が突然叫んだ。
「車の陰に居ろ!」
と言い、私を押し飛ばした。
車のホイールに頭をぶつけてしまう。
しかし、次の瞬間。銃声が聞こえる。それも肉眼で見える距離、いくつもの炸裂音と光がこちらを照らしていた。
金属がはじける音がする。私の隠れている車を撃ってきているのだろうか。
「敵3時の方向、隊長生きてるか!?」
「あぁ!」
隊長の声が銃声に紛れて、別の場所から聞こえてきた。
そして少佐が私の隣まで来て言う。
「死にたくなかったら、撃て。私は戦う」
そう言って彼女は、少し身を乗り出してライフルを撃つ。
少佐はこちらに飛んでくる弾丸を恐れず、引き金を冷静に引く。視線も、顔つきも訓練の時と変わらなかった。
加えて隊長も同じ方向に撃ち続けている。銃口が光って、砂煙が細かく待っているのが見える。
私も撃たないと。と思い、銃を握ろうとした。
その時、シューっという音が目の前を掠めていった。敵の銃弾が目の前を通ったのだと察した。
「しにたくないっ……」
銃を握ろうとした手が震え始めた。恐怖だけが脳に満たされていく。
それに追い打ちをかけるように、銃弾が跳ねて私の足の、すぐ横の地面に穴を開けた。
先ほど隊長が撃った敵から、血が出ている。
戦車に目をやると、燃えているのに動かなくなった人間がいる。
私も、ああなっちゃうのかな。
そう思うってしまった。すると涙が抑えれないほどに流れてくる。
銃声も、血の臭いも、人が焼ける光景も、見たくない、感じたくない。死にたくない。
怖い。
「まま……こわいよ」
バキンッ! と耳をつんざく程の風切り音と、何かが割れた音が聞こえた。
撃たれた。と錯覚するほどに。
脳が強く揺れたのか、吐き気がする。
「げほっ、ごほっ……けほっ……!」
膝と手を地面に着いて吐き気に耐えていると、ボロボロと何かが落ちてきた。
その破片を見ると、先ほどの音はヘッドセットに弾が当たったのだと気づいた。
しかし気づいたときには遅かった。
幻覚が始まる。
死体から流れた血が、地面をまるで蛇が這うように動いて見える。
焼けた死体が動いて、炎を纏ったまま歩いているように見える。
視界が曲がっていく。
吐き気と倦怠感、多幸感に似た不思議な感覚。
幻覚の海に私は溺れそうになった。
日が沈んでから、数時間。真っ暗な森を見ると、光がたくさん私を呼んでいる。
人が5人くらい居て、みんなが光で私を”遊び”に誘っている。
恐怖心は希釈されて、こわくなくなった。
「ふふっ……えへへっ」
笑いが止まらない。
銃声も、血の臭いも、人が焼ける光景も。
「もっと見たい! あははっ!」
私は車の陰から飛び出して、銃声がする方向へ走った。
人の殺意の臭いがする所に向かって。
♦
「おいっ! サクラ!! あの野郎!」
リツの動揺する声が聞こえた。
何事かと思い、恐る恐る顔を出して確認する。
そこには、ライフルも持たずに敵のほうへ突っ込むサクラが居た。
マズルフラッシュが極端に減った。それに敵の攻撃のタイミングも散り散りになっている。
私はタイミングを見計らって、リツの居る車の付近まで歩いて行った。
「サクラはどうした」
「ヘッドセットが撃たれて、あいつの抑制が聞かなくなった」
未だに近くから銃声が聞こえてくる。
「銃声がするってことは、まだ死んでないってことだな」
私はリツと目を合わせてアイコンタクトをする。彼女も察してコクリと小さくうなづいた。
「銃声のする方へ行くぞ、ナビを頼む」
「わかってる」
リツは少し暗闇を凝視して、
「この方向だ」
と言って腕をまっすぐ一方向に伸ばした。
私とリツはその先に居るサクラを追った。
その直前にラジオからはこんな放送が流れていた。
『明日の天気は晴れ。北から来た高気圧は、下からの低気圧によって押し上げられるでしょう。少々風が強くなります』
♦
「銃を持った人間1人」
首の喉ぼとけを掴んで、千切り取った。
「2人目」
ひどく恐怖している。
楽しいよね。
親指を相手の眼球に突っ込んだ。脳まで達するほど。
「ふふふっ、あははははは」
身体が覚えてる。
楽しい。あったかい。この感覚。
生きた肉を、力づくで引きちぎる感覚。
血の臭いと、その奥にある内臓や脳、骨の臭い。
なによりも、この光景。
だれも私を傷つけない。この状況。
「はははっ、あはははっ! あれ?」
気づくと私を呼んでいた光は、もう居なくなってしまっていた。
傷つける人も、みんなもう物言わぬ物体になりはてた。
「「サクラ!」」
振り返ると人がいた。
♦
「落ち着け、もう大丈夫だ」
隊長が宥めるように話す。
「銃、持ってる。6人目っ!」
サクラはそう言うと、不敵な笑みを浮かべたと共に、常人と思えない動きで隊長に飛びついた。
しかしそれを横から、リツがライフルの本体で弾き返す。
一旦サクラと私たちは一定の距離をとった。
そのときリツが言った。
「隊長、私はこいつの教育係だ。だから任せてくれ」
そういうと、彼女はライフルや拳銃を床に置いた。
そしてナイフを取り出した。
「ナイフ持ってる、7人目?」
「お前の底力ってやつ、見せてみろ」
サクラはまるで獲物を見つめる野生動物のように、対してリツは深呼吸をして落ち着いた戦士の様に構えた。
隊長は何も言わず。彼女に従うことにした。
「来な」
「うぅ……あぁぁっ!!!」
床を蹴り、サクラはリツに飛び掛かった。
手足の動きが、見えない。
しかし、その動きをリツは捉えていた。
バシッ、パシッと彼女たちの手足がぶつかり合う音が聞こえる。
リツは危なげなく彼女の手をいなし、飛び掛かりを避ける。暴れる彼女はまさに野生、猛獣のそれだった。
「うぅぅぅ」
「教えたことが何もできてないじゃないか」
サクラは無理な体勢から、蹴りを放つ。
それが木に当たると、鈍い音が響いて枝が震える。
横たわった敵の死体に拳が当たると、骨ごと抉れたかのように血しぶきが上がる。
「……」
サクラは脳のリミッターが壊れている。痛覚も、力加減も、疲労も感じることができていない。
リツも受け身をとってはいるが、完全には威力を消せていない。
「ふぅ……ふぅ……はは、お前強いんじゃないか」
リツの顔に疲労が見えたのは、いつぶりだろうか。
額に汗がにじんでいるのが、月明りが反射して見える。
「あぁぁぁぁぁぁがああああ!!!!」
彼女は獣の咆哮にも似た叫びを上げて、飛び掛かる。
これが私の全力だといわんばかりに。
「!?」
しかしリツは彼女を抱きしめるように、受け止める。
暴れる彼女が離れないように、強く。
「んぐっ!?」
胸元を嚙みつかれて、苦悶の表情を浮かべる。
「ごめんな」
と言ってリツは、彼女の首に手をかけた。
「はぁっ!」
腕を回すように、震わすように首に振動を加える。
するとサクラの腕が力なく、重力にひっぱられる。
彼女を抱きかかえたまま、彼女に予備のヘッドセットを付けた。
サクラはそのまま静かに、目を閉じて眠ってしまった。
彼女抱きかかえて、車に乗せる。
「あぁ、くそ……アドレナリンが切れてきた。いてぇよ……でも」
隊長にぼやくように、リツは言った。
「こいつは強い。普通じゃない」
「……お前もな」
隊長はリツの頭をポンと優しく叩いた。
リツは隊長のお尻をたたいて、車に乗車した。
……
……
『2-1より隊長へ、こちらでもBMPを確認。これを撃破』
『空軍部より2-3へ、上空より敵影を確認。そちらの5時方向、T-62と思われる』
『2-3より空軍部へ、了解。全員AT用意』
無線が聞こえてくる。
目を覚ますと、車の中だということがわかった。
毛布がかけられてる。
私何してたんだっけ。
手を見ると、血がべっとりとついている。血が乾いて、ねちゃねちゃしている。
血が、
「血がっ!! あぁぁぁ!!!」
「落ち着け! もう大丈夫だ」
「はぁっ……はぁっ……しょうさ?」
少佐が肩をつかんで話しかけてくる。
「教えただろ。呼吸だ。ゆっくりな」
優しく言われた。
言われた通りに、思い出す。
”息をすべて吐いて、数秒”。
”そして一気に吸って、数秒”。
5回くらい繰り返していると、落ち着いてきた。
「な?」
少佐はそれだけ言って、助手席に戻った。
その時、ちらっと見えた胸のあたりに包帯が巻かれていることに気づいた。
「……」
恐る恐る袖で口を拭ってみると、血がついていた。
――あぁ、またやってしまったのか。そう悟った。
でも、落ち着いていられた。
「私は……何人殺しちゃいましたか?」
「5人だ。だが、お前のおかげで助かった」
「あと、歯形が1つ~」
少佐は冗談めかして言った。
「私、前からこうなんです。敵の銃やナイフが喋りかけてきて……そしたら、記憶がぼやけてきて」
過去の記憶を少したどりながら、私はぽつぽつと語り始めた。
「それで……気付いたら、銃を持ってる人が転がってて。料理用の包丁を持った、親子も……。おかしいですよね。ねじが外れてるっていうか」
「あぁ、たしかにな。確かに、お前は脳が壊れてる。疲れも痛みも、制限も――全部感じないままに動いてしまう」
「私だって、そうさ」
少佐が割って入ってきた。
え? 私も? とはどういうことなんだろうか――。
彼女は、自分の包帯の巻かれた右目を指さしながら言った。
「私は、ここの傷から入った放射線が脳まで達したの。そのせいで、残った左目が異常に見えるようになった。敵の動き、服の皺、舞っている埃――」
それを聞いて、彼女がなんで格闘であんなに強いのか腑に落ちた気がした。
「でもね、その分よく見えてしまうんだ。味方の”死にざま”が」
彼女は寂し気に、それだけいった。
隊長は、何も言わなかった。
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