自分にだけ優しい殺人鬼を選んだ結果

宝月 蓮

本編

 ベイド王国の子爵令嬢ジャッキー・スロワキンは転生者である。

 ジャッキーは前世日本の女子大生だった。

(これが異世界転生……。ここが何の世界かは分からないけど、とりあえずのんびり過ごすか)

 ジャッキーは呑気にそう考え、学園生活を送っていた。


 ある日、ジャッキーが呑気にカフェテリアで昼食を食べていた時のこと。

「きゃっ!」

 近くでとある令嬢が転んでしまった。

 彼女はジャッキーよりも二つ年上の伯爵令嬢カーリー・カペラである。

「あら、カーリー様。カフェテリアで転んでしまうなんて情けないわね」

 悪意ある表情でクスクスと笑っているのは、公爵令嬢ラヴィニア・ハマルと彼女の取り巻き達。彼女達もジャッキーより二つ年上だ。

 先程カーリーが転んだ理由は、ラヴィニアがわざと足を引っ掛けたから。


(カーリー様とラヴィニア様……。確かカーリー様の生家カペラ伯爵家がラヴィニア様の生家ハマル公爵家との取り引きを断ったせいで嫌がらせを受けているのよね……。見ていてあまり気持ちの良いものじゃないけれど……)

 ジャッキーは目を伏せる。

 二つ上で、ましてや公爵令嬢のラヴィニアを止められる程ジャッキーには力がない。おまけにジャッキーは小心者なので嫌がらせを咎めて止めることなど出来ないのであった。


 カーリーは悔しそうにラヴィニアを睨む。

「まあ、自分で転んだのに、まるでわたくしのせいとでも言いたそうな顔ね。伯爵家の癖に、公爵令嬢のわたくしに楯突こうと言うのかしら? カペラ伯爵家がどうなっても良いのね?」

 家のことを出されたら、カーリーは黙らざるを得ないらしい。

 カーリーはこのままやり過ごすしかないらしかった。


 ジャッキーとしても、早くこの状況が終わって欲しいと願うばかりであった。


 そんなある日、学園に隣国であるレグルス帝国の皇太子キーラン・レグルスが留学にやって来た。

 レグルス帝国の皇族は竜人族であり、運命の番を求めて各国を渡り歩くそうだ。

「見て、キーラン殿下よ」

「まあ、竜人族は見目麗しいと聞くけれど、本当でしたのね」

 令嬢達は、キーランの姿を見てうっとりとしていた。

(竜人族……。前世で読んだライトノベルやWeb小説とかでしか見たことなかったけど、本当にいるのね)

 ジャッキーはそんなことを思いながら遠巻きにキーランを眺めていた。

 すると、キーランはある場所に迷いなく向かった。

 キーランが向かった先にいたのはカーリーである。

「君……名前は……?」

 キーランはカーリーを真っ直ぐ見つめていた。

「……カーリー・カペラと申します」

 カーリーは思わず後ずさる。

「ようやく見つけた。俺の運命の番」

 キーランは片膝をつき、カーリーの右手にそっとキスをした。

 キーランの運命の番はカーリーだったのだ。

 周囲はそれに対して騒めく。

(運命の番……。前世ライトノベルやWeb小説でしか聞いたことがなかったけれど、本当にあるのね)

 ジャッキーはカーリーとキーランの様子を傍観していた。

 

 その日以降、カーリーは四六時中ほとんどをキーランと共に過ごしていた。

 学園にはキーランと共に登校し、授業も常にキーランの隣らしい。

 ジャッキーも、カーリーとキーランが仲睦まじい様子をほぼ毎日見かけていた。

 この日も昼食時、カフェテリアでキーランの膝に乗せられ食事を食べさせられているカーリーである。

(おお……甘すぎる……)

 ジャッキーは若干引き気味にカーリーとキーランの様子を傍観していた。


「カーリー、どこを見ていたんだい? 君の目に俺以外が映るなんて、嫉妬してしまうよ。」

「キーラン様。私にはキーラン様だけですわ」

「カーリー、愛しているよ。君を害する者は俺が全て消し去ってあげるよ」

 甘々な会話まで聞こえてきた。

 竜人族の愛は深く、カーリーはキーランからこれでもかという位にドロドロと甘やかされているらしい。


(おお……これはまさか、ヤンデレってやつかしら。フィクションだと楽しいけれど、実際のヤンデレ台詞を耳にすると少し寒気がするわね)

 傍観しているジャッキーの表情は引きつっていた。


 ある日、キーランは用事があるということで、カーリーは一人で学園の廊下を歩いていた。少し離れた位置にキーランが用意した護衛付きなので、厳密には一人ではないのだが。

(おお、流石はキーラン殿下。抜かりない)

 その様子を見たジャッキーはぼんやりとそう思っていた。

 そんなカーリーに詰め寄る者達がいた。

 ラヴィニアとその取り巻きである。

「カーリー様、キーラン殿下の運命の番なのを良いことに最近調子に乗っているわよね? 貴女なんかがキーラン殿下に相応しいわけないわ」

「では、誰がキーラン様に相応しいと?」

「そんなの、このわたくしに決まっているじゃない! 伯爵家の分際で、竜人族の皇太子殿下の運命の番だなんて認められるはずがないわ! 今すぐわたくしに譲りなさい!」

 カーリーはキンキン声のラヴィニアから水をかけられそうになる。

 しかし、キーランが用意した護衛がラヴィニアを取り押さえてくれたのでことなきを得た。

「ちょっと、離しなさいよ!」

 護衛に取り押さえられたラヴィニアは必死に抵抗していた。

「カーリー!」

「キーラン様……」

 護衛の一人がキーランを呼びに行ってくれたようだ。

 キーランはラヴィニアからカーリーを守るようにして立っている。

「お前は俺の運命の番に何をしようとした?」

「それは……」

 護衛に取り押さえられているラヴィニアは、キーランの低く冷たい声にブルリと震えた。

「俺の大切な運命の番……カーリーを害そうというのならお前達を殺してやる!」

 その言葉に、カーリーはハッと表情を明るくした。

 そして思わず呟いていた。

「こんな人達……殺してください……」


(え……?)

 ジャッキーは耳を疑った。


「え……? カーリー様? 冗談よね?」

 カーリーの呟きに、当然ラヴィニア達も戸惑っている。

 カーリーはキーランに甘えるように寄りかかった。

「キーラン様、こんな人達、殺しちゃってください」

「愛しのカーリーの希望、是非とも叶えないとな。こいつらを一族諸共殺してあげよう」

「お願いします」


(いやいやちょっと待って! いくらなんでもそれは……!)

 ジャッキーはカーリーやキーランの発言にドン引きした。

 いくらなんでもそれはやり過ぎである。

 彼らをどう止めようか、というか自分に止められるのかと考えていたジャッキーだったが、学園は一瞬にして血の海になった。

 ラヴィニアやその取り巻き達は家族諸共命を落とす羽目になったのだ。

 しかも、レグルス帝国はベイド王国より遥かに大きく、キーランを訴えることになれば国際問題に発展し戦争になるだろう。そうなればベイド王国は確実に敗戦国となってしまう。

 それを恐れたベイド王国国王は学園や国全体にキーランがおこなったことは不問にするよう働きかけたのだ。


 それ以降、カーリーは自分を害そうとする者達をキーランに殺してもらい、快適に過ごしていた。

 一方、ジャッキー達は些細なことでカーリーに目を付けられ彼女の機嫌を損ねてしまえば殺され兼ねない。

 ジャッキーはカーリーとキーランに怯えながら二人が卒業するまで過ごさなければならなかった。

 ジャッキーは生きた心地がしなかった。

 カーリーは学園や国全体が完全に恐怖に陥っていることなどお構いなしである。

 そしてカーリーが卒業しレグルス帝国へ行くことになると、学園や国がどれだけ安堵したかカーリーは知らない。


(カーリー様とキーラン様が卒業……。ようやく平穏な学園生活が戻って来るのね)

 ジャッキーはホッと肩を撫で下ろした。

 そしてふと前世を思い出した。

(そう言えば、前世SNSで女は自分にだけ優しい殺人鬼を好むとか話題になったわね。あれもある意味ヤンデレよね。それに、キーラン様はカーリー様にだけ優しい殺人鬼と言っても過言ではないわ。絶対に関わりたくないわね。前世で読んだライトノベルやWeb小説ではヤンデレヒーローがヒロインを害する存在を殺そうとすることもあったけれど、必ずヒロインが止めていたわね。読者としては殺した方がスッキリするのにと思ったこともあるけれど、実際にそうしているのを見たら恐ろしいし恨みも買うでしょうね)

 ジャッキーは大きくため息をついた。


 数年後、スワロキン子爵家にて。

(やっぱりこうなるわよね……)

 ジャッキーは、この日の新聞を読んでそう思った。


『革命成立! レグルス帝国皇帝キーランと皇妃カーリー、処刑される!』


 ジャッキー達の学園生活を脅かしたカーリーとキーラン。

 卒業後、レグルス帝国に行ったカーリーは相変わらず自分を害そうとする者や気に入らない存在をキーランに殺してもらい好き勝手振る舞っていたらしい。

 それが民衆の怒りを買い、革命が起こったのだ。

 おまけにこの革命にはベイド王国も協力していた。

 カーリーが学園にいた頃、彼女がキーランに頼んで殺してもらった人物はラヴィニアとその取り巻き達以外にも多くいたのだ。

 ベイド王国でも、カーリーに対する恨みは深かったようである。

 カーリーはキーランに民衆を殺してもらおうとしたらしいが、あまりにも数が多かったので二人は逃げることにした。しかしその途中に革命軍に捕まり処刑されてしまったのである。


(これが自分にだけ優しい殺人鬼を選んだ末路……。それに、ヤンデレヒーローはヒロインが常識的じゃないと二人揃って恨みを買うわよね)

 ジャッキーはそうため息をつくのであった。

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