宮廷錬金術師の自由気ままな異世界旅 ~うっかりエリクサーを作ったら捕まりかけたので他国に逃げます~

出雲大吉

第1章

第001話 何これ?


「レスター君、これを頼むよ」


 仕事をしていると、部長がそう言って、デスクに書類を置いてきた。

 書類を手に取り、見てみると、錬金術で使う材料の発注書だった。


「わかりました」

「うむ。それと私はこれから外回りに行ってくる。そのまま直帰するから後のことは頼むよ」

「はい。お気を付けて」


 そう言うと、そそくさと部屋から出ていくのでこの場には俺と後輩である白いローブを着た女の子だけが残された。


「先輩、何を頼まれたんです?」


 2人きりになると、書き物をしていた後輩が肩ぐらいまでの銀髪を手で耳にかけながら可愛らしい顔をこちらに向けて聞いてくる。

 後輩はエルシィと言い、身長が155センチと小柄なため、小動物のような雰囲気があった。


「材料の発注書だ」

「発注するんですか?」

「しない。いつものことだ」


 一言で言えば横領。


「またですかぁ? 今月に入って3回目ですよ?」

「ハァ……」


 ため息しか出ないな。


「先輩、もし、監査とかにバレたら先輩のせいにされますよ?」

「わかっている。だからバレないようにするんだ」


 上手く調整しないといけない。

 そして、悲しいことにそれも慣れたものだ。


「告発とか……」

「相手は貴族だぞ」

「ですよね……」


 この国は貴族が絶対的な権力を握っている。

 貴族に逆らうことは破滅を意味するし、そんなことはできない。

 あの出世争いに負け、俺達2人しかいないような部署に追いやられた部長ですら俺達庶民には殿上人に等しい。


「俺達は波風を立てずにただただ部長の言うことを聞いていればいいんだ」


 それで月に50万ゼル近くももらえる。

 俺がこの国の宮廷錬金術師となって2年になるが、この国の庶民の平均月収が20万ゼル程度と考えればいかにすごいかがわかるだろう。

 しかし、そんな良いところに就職してもこの国は貴族の力が強すぎるため、やっていることは上司の尻ぬぐいや周りの貴族のわがままに振り回されることばかりである。

 ストレスがヤバい。


「それはそうなんですけどねー……あ、先輩、私は明日、朝から打ち合わせに行きますので」

「わかった。いいか? 絶対に貴族には逆らうなよ」

「わかってますよ」


 まあ、エルシィはそういうのが上手い奴か。


 俺達は仕事と共に部長のカラ発注の書類を作成すると、終業時間になったので仕事場をあとにした。

 そして、途中でエルシィと別れ、1LDKのアパートに戻ると、一息つく。


「ハァ……」


 テーブルでコーヒーを飲んでいると、ため息が出た。


 俺はこの国の王都にある最高の魔法学校を出た。

 そこも9割以上が貴族というとんでもない学校だったが、トラブルを起こさないように注意しながら前世で言う高校大学に当たる7年もの学校生活を過ごし、なんとか卒業した。

 そして、卒業後に国の錬金術研究機関に就職し、宮廷錬金術師という誰もが羨む仕事に就いた。

 給料は良いし、就職先としては一番人気のまさしく理想的な職場である。

 だが、現実は甘くない。

 ここは魔法学校以上に身分が絶対だった。

 まず、絶対に俺の方が筆記も実技も優れているのに同期の貴族連中と比べると、給料が倍半分違う。

 もちろん、俺が半分であり、それでも月に50万ゼルなのだから良いのだが、俺の配属先は窓際部署とも呼んでいいような部長を入れた2人だけの部署だった。

 その1年後に魔法学校の後輩で同じく庶民であるエルシィが配属になったわけだからやはり身分差は厳しい。


「とはいえ、現状維持が一番……」


 俺は出世する気がない。

 勝ち組になるために出世を目指していた前世のようにはなりたくないのだ。

 休みもなく、毎日のようには働き、学歴や派閥に翻弄される生活で身体を壊した。

 そして、病院のベッドで人生を思い返し、自分には何も残っていないことを理解して涙するような人生は必要ないのだ。


「よし、夕食にするか」


 このまま平穏に暮らせばいい。

 幸い、給料は良いし、最低の人間だが、上司である部長も誤魔化すのが上手い俺を評価してくれているからトラブルの心配もない。

 適当に嫁さんでももらって穏やかな人生でも送ろう。

 そして、子供や孫なんかに囲まれて笑って死にたいものだ。


 そう自分に言い聞かせ、夕食を用意して食べると、風呂に入った。

 そして、寝室で本を読みながら平穏な一日を終える。

 そう思っていた……


「ふわーあ……そろそろ寝るか」


 本を置くと、キッチンで水を飲み、トイレに行く。

 そして、寝室に戻ってきたのだが、何か違和感があった。


「ん?」


 いや、違和感もクソもなく、ベッドの真ん中で人形が立っているのだ。

 人形は30センチくらいの大きさであり、長い金髪で背中に羽が生えている天使ちゃん人形だ。

 これは後輩のエルシィが錬金術で作った人形であり、俺が魔法学校を卒業した際に記念でくれたものだ。

 そして、その人形は棚の上に飾っていたはずなのだが、何故かベッドの上に立っている。


「何かの拍子で落ちたか……?」


 そう思って元々人形が置いてあった棚を見た後にゆっくりと人形が立っているベッドを見る。


「んー?」


 棚は部屋の端にあり、どう考えても逆の端にあるベッドには落ちないと思う。

 いや、それ以前に寄りかかるものがないのになんで自立できない人形がベッドの真ん中で立っているんだ?


「飛んだ?」


 羽が生えているし……


「正解です」

「え? は!?」


 何かの声が聞こえたと思ったら羽が動き出し、人形が宙に浮いた。


「おー、のー……ストレス……」


 思わず、目頭を押さえた。


 今日は酒も飲んでいないというのについに幻覚が……

 これも権力だけでロクに仕事ができないくせにその権力も出生争いで負けて微妙になったあの無能の部長のせい……


「幻覚ではありませんよ。私は神の使いである天使です」


 幻聴まで……


「ん? 天使?」


 まじまじと目の前にいる人形を見る。


「そうです。どこからどう見ても天使でしょう」


 そりゃ天使ちゃん人形だし……


「ほーん……」


 手を伸ばし、宙に浮いている天使ちゃん人形を掴む。


「きゃっ! えっち! どこ触っているんですか!」


 えー……





――――――――――――


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