アープラ課題部7/20〆分 テーマ：祭

　嘘心館発行の『意外な語源を持つことば800』によれば、祭という字の訓読み、つまりまつりには現代日本人の感覚とは異なる意味合いがあるらしい。同書によればやまとことばの『ま』には間・真・魔という意味が含まれており、まつりはそれらを釣り上げる行為を指す。つまり間から真や魔を抽出するのがまつりの真の意味だというのだ。

　この事実を初めて知った私は驚きのあまりスッテンコロリン、もんどり打って頭を打った。悶絶。おむすびが転がる先は穴であって本棚の角ではないぞ私の頭。星が瞬き天が回転、これが天動説かぁなんてバカな事を呟いていると、そこから天使ならぬ天狗がやって来た。神の国で贅沢三昧をするには善行不足、恥の多い生涯を送って来た私だったので一安心したのも束の間、天狗たちは私の両脇と両脚をむんずと抱えて飛び立とうとする。おいおい待ってくれ、お前らもやはうえに遣わされた狗なのかと問うと、天狗たちは表情ひとつ変えず、しかし明らかに何言ってんだコイツといった雰囲気で私に言い放った。

「行くんだよ、まつりに」

　夜空を飛んで飛んで飛んで月下の摩天楼、住宅地、耕作地。天狗たちは私を抱えて凄まじい速度で猛進する。もうしんどい、いったん休憩なんて言葉は聞き入れられず、そもそも口も開けられず、目もまともに開けられず。永遠に続くあっと言う間の後に着いたのは、無限鳥居無限階段無限提灯への入り口だった。いやなんで麓に降ろすんだ、会場直送便でいいだろと文句を言おうと周囲を見渡せば、天狗たちは既に飛び去ってここにいるのは私ただ１人。LINE通話で車持ちの友人にヘルプミーしようとポケットをまさぐるも無い、ない、ｽﾏﾎﾅｲ。転げた拍子にスマホも転げて行ったか、テングハイウェイ：高速空路から落下したか。情報化社会を生きる私はプチパニック、さてどうしたものかと呟くもどうしようもなくXもなく、やることが無くなった私は鳥居に一礼して階段を上りだした。

　文句たらたら階段ちんたら上って行く。不満があると時間がかかる。パン工場でチョコケーキの上にスプレーチョコを数粒載せ続けるバイト、時計を見た時の絶望感。剣道部の掛かり稽古でやばい先生に相対し太鼓が鳴った、無限延長されている時の絶望感。そんな絶望が私の足にまとわり付き、足取りを重くさせる。私の目にまとわり付き、視界を暗くさせる。等間隔に並ぶ提灯の朱い明かりが私の正気をゆらゆら揺らす。喋る言葉も枯れ果てて、洒落にならないしゃれこうべなんて譫言とともにようやく辿り着いたよ会場に。上々、温情。山頂にあるそこは人と神と妖怪とが共演・饗宴する大宴会場だった。私は用心深く周囲を見渡し、いつの間にか隣にいた天狗へ訊ねる。「やはりやはうえは来ていないのか」ああ、あいつはプライドがやたら高いからな、引きこもっていつもブロック遊びをしているよ、とこれまたプライドの高さで有名な天狗が答える。私は苦笑いしながらなるほどね、ありがとうと礼を言って一礼、鳥居をくぐって宴の広場へ迷い込んだ。

　そこで起こった出来事を言葉として記すのは困難を極めるのだが…一言で言えば『何でもあり』だ。あと極彩色。あ、二言になっちゃった。極彩色が変幻する無限の可能性がうねって生成、それを釣り上げるとフラクタル展開・逆展開。とにかくもーーーーすごいんだ。あなたも見た方がいいけど見ない方がいい。興味本位は狂を見る。穏やかな日常、明日もケの日を過ごしたければ止めておけ。ｹｹｹ。

　しかし思うに、日本の祭も何でもありっちゃ何でもありだ。ただでさえ東洋と西洋と中庸、伝統と進取がごちゃ混ぜちゃんぽんな国なのに、祭の会場では聖と俗、この世とあの世、老若男女、町内会とテキ屋が入り乱れて混在する。しかもその内容も様々だ。丸太に乗って滑り降りたり、公園にひたすら灯籠を並べたり。家々へはなまはげや獅子舞やパーントゥが恐怖と祝福とをバラ撒いて行く。ﾋｮｰﾋｮｰ。これぞハレの日、無礼講。退屈な日常が打ち壊されるカタルシス、そこに立ち現れるカオス。祭はいいぞ。ガルパンはいいぞ。大洗あんこう祭。筆がノッて遥か彼方の銀河系へ、全然関係ない所まで言葉が飛んでいくが、これも妖怪のせいなのね、そうなのね。

　うぉっと！今何時？頭をさすりながら私は起き上がる。何か壮大な夢を見ていた気がするのだが、やはり夢は夢、さっぱり内容を思い出せない。宇宙人に記憶を引っこ抜かれたか？なんて笑いながら、私はただ漠然としたインスピレーションに誘われて机に向かう。そこには昨日出していた本の姿はなく、代わりに新品のノートがあった。私は椅子に座り、ノートを開き、純白の雪原にボールペンで跡を残す。これはきっとミステリーサークルの生成、宇宙との交信、夢を通じた宇宙人との文通なのだ。

　さあ、まつりに出掛けよう。虚の空白は彩の無限に通じている。提灯や釣り竿の代わりにペンを握って、ﾜﾚﾜﾚﾊ ｳﾁｭｳｼﾞﾝ と邂逅を果たすのだ。