第27話 素敵な卒業パーティー(後半)

 仕事に戻るフェリクスが少し心配だが、シャーロットはスティーヴンの元へ戻った。

「凄い号泣ぶりだったな」

「そうですね。ふふっ」

 フェリクスはとても愛情深く、優しい。娘の成長した姿にはめっぽう弱いということは周知の事実だ。

「俺と踊ってくれるか」

「はい、喜んで」

 上機嫌でスティーヴンの手を取ったのは良かったが、踊り出してハタと気が付く。

(スティーヴン様と踊るの、初めてだわ。)

 足を踏んでしまわないか、という不安から視線が下がりがちになってしまう。

 視線が下がりがちになってしまうのは他にも理由はある。

(この距離で見つめ合うとか、無理!)

 先程の馬車での出来事が思い起こされそうになって、慌てて脳内から追い出す。

(今は考えちゃ駄目!兎に角無事に踊り終えなきゃ…!)

「シャーロット」

「はっ、はい」

「背筋は伸ばして視線はどうするんだ?」

「うっ…」

「みんな貴女に注目している。いいのか?侯爵令嬢の踊りがそれで」

(いけないわ!)

 良くも悪くもシャーロットは単純だ。頑固なところを除けばとても扱いやすい。

(えっと、背筋を伸ばして、ステップは…。あら?)

 落ち着いてダンスの基本姿勢を思い出す――必要はなかった。

(スティーヴン様リードが凄くお上手だわ!)

 どこにどのようなステップを踏めばいいのか、考えなくてもスティーヴンの動きと一緒に自然と足が動く。

(わ~!凄い踊りやすい!)

 ダンスが苦手だったのが嘘のように踊ることができる。なんだか楽しくなってきて顔を上げると、スティーヴンは優しく笑みを浮かべた。

 楽しめるようになってきたばかりだというのに、曲が終わってしまった。少し名残惜しいがスティーヴンから手を放そうとしたが、それは叶わなかった。

「えっ?」

 跪くスティーヴンが、あの時のように手の甲に唇を落とす。

「もう一曲、俺と踊ってくれ」

 貴婦人たちの黄色い悲鳴を聞きながら、他人事のように思える今の状況に、瞬きを繰り返した。

 同じ相手と二度踊る行為が示す意味を、きっと異国のスティーヴンだってわかっているのだろう。

 二度踊る行為は、恋仲だと公表するのと同じだ。

――ロティーは魔王おれの婚約者だと見せつけるためにな。

(そういうこと、ね。それなら。)

「喜んで」

(わたくしだって、婚約者が魔王様だって見せつけてやるわ!)

 謎の闘争心を胸に、スティーヴンの手を取ると再び音楽が鳴りだした。

「こら、シャーロット」

 下がってしまった視線のことを指摘されているのはわかる。でもやはり、少し照れてしまう。

「今すぐ顔を上げないのなら、帰りの馬車でお仕置きするぞ」

「……っ!?」

 勢いよく顔を上げたシャーロットに、スティーヴンが可笑しそうに笑う。

「そんなに嫌だったか」

 何を意味しているかなんて、鈍いシャーロットだって流石にわかる。

「……わかっているくせに聞くなんて、意地悪です」

「言ってくれないとわからないな」

 恍けるスティーヴンに半ばやけくそで言う。

「恥ずかしいので、手加減をしてくださいっ」

 怒ったような顔で言っても、スティーヴンは意地悪そうに笑うだけだ。

「もう!わたくしだって、怒るときは怒りますからね!」

 自分ばかりが振り回されていることと、今視線を合わせて踊っていることの照れ隠しに言っているだけだったが、スティーヴンはそれさえも逆手に取る。

「怒っても愛らしいから、好きなだけ怒ると良い。そしてその可愛い顔を俺に見せてくれ」

「もう…!もうっ…!」

 もう言葉にもならない羞恥心でどうにかなりそうだ。

 周囲に聞かれないように小声での会話だったが、イチャついていることは一目瞭然だ。『氷の女王』も卒業か、と同級生たちは心の中で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る