作品集「Duorv.」
外並由歌
Duorv.
こころをたべた君
カフェのような香りのする館に、
「それ、何?」
それは、ハートの形をしていた。少し弾力のありそうな不透明な物質で、それをなんと言うか尚は知らない。
少女は手に持っている一つをカウンターに置きながら、こちらに気付いているのかそうでないのか、まるでわからない態度で単調に答える。
「
最低限の音しかないこの空間に少女の声が響く。その声は重く、呪詛にも聞こえてぞくりとした。それからおそるおそる辺りを見回す。
(これが——全部)
気がつくとカウンターだけでなく、商品棚のバスケットや足元の絨毯にまでも、その物体は散乱していた。
これが美代が死んだ数。俺の言葉で死んだ数。
頭がくらくらして息が苦しくなる。あなたには知っていて貰わなければならない。少女が言ったのが聞こえた。視線を向けると彼女は何処からか装飾のついた小箱を出して、ことりとカウンターに置いた。
白い手が品のある動作でそれをこちらに向け、ゆっくりと開く。
中には周囲に散らばっているものと同じかたちをしている、けれどそれらと比べて一際赤い物体が入っている。
少女が真っ直ぐな瞳で尚を射抜く。
「食べて。」
何を言うんだ、と恐ろしさから衝撃が走る。心臓のかたちを模したそれは、血液の塊のようにぬらぬらと光っている。こんなもの——食べられない。
しかしその意識に反して尚は箱の中に手を突っ込んだ。しとりとした手触りに鳥肌を立てながらも、手は迷うことなく口へ持って行かれる。悲鳴をあげそうだったが声は出ない。物体をかじる。
口に含んだ瞬間、でろりと舌の上で溶けた。吐き気がする。けれど吐き出すことはかなわなくて、赤い液体は喉の奥へ下りていった。
という夢を見た日の朝、幼馴染みの美代が自殺したという連絡をホームルームで聞いた。原因は問うまでもなく俺の、暗に繰り返されてきたあいつへの虐めだったが、遺書はもちろん、私生活に対する不満を綴ったものや言葉さえ何一つ残っていなかったから理由はわからない、と担任も美代の担任も美代の両親も口を揃えて言っていた。
とても信じられなかったので美代の部屋にあがらせてもらい棚からベッドのマットの裏まで物色したが、やはり何も見つからなかった。
俺は手の内にあった玩具があっけなく失くなった空虚感に襲われ、ひとしきり笑った。次にどうしてあいつのことを虐めていたのかを思い出そうとして、なにか心臓をクッキー型で抜かれたような気持ちになって、なんか涙が出て来たから声を上げて泣いた。
『こころをたべた君』
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