Pul-E-ba

ひっすかみん

第1話 不革命前夜

やった。

やってやった!!


俺達は今、死と隣り合わせの鬼ごっこをしている。

経緯は簡単、散々ゴミだ汚物だと見下してきた相手に一矢報いただけのことだ。

ただ、その一矢が俺達によって長い年月を経て太く鋭く丹精込めて磨かれた毒矢だったのだが。

今すぐ止まれ! だの、 絶対に逃すな! だの、お天道様がお盛んな真っ昼間から物騒な怒号を絶え間なく背中に浴びせる下級歩兵騎士達が怒りのまま目先の獲物を捕まえんと追いかけてくる。言ったところで止まる訳がなかろうに。返事をする代わりに、俺は吐く息に自身が抱く”思い”をのせて紡いだ。


我が身に、神プリジアの祝福を誰にも奪わせないための足


途端、すんでのところで走った体に合わせて暴れていた髪を掴もうとした騎士の手を躱し、ぐんと俺との距離を引き離して加速する。

やっと捕まえたとばかりに余裕ぶっていたのだろう相手は、全く追いつけず俺を見失ってしまった。


つい朝方までその鬱陶しい程の輝きを放ち、無駄といっても良い程に艶よく磨かれた光沢のある鉄製の体を見せつけるように横行闊歩していたというのに、観客となっていた箋民達にいざ牙を向けられようものならこのザマだ。


あれほど見事に着こなしていらっしゃった質のいい布を己の汗と血で汚し、あの輝きはどこへやったのかと伺いたくなる程に鉄の体のそこかしらに擦り傷をつくりながら、このまま逃せば面まで汚しかねんとあくまで己の名誉の為に血眼になって国の"ゴミ拾い"に勤しんでいらっしゃる。国民ながらこの国の未来が不安になる...と他人事のように感じながら、俺達は逃げ慣れた入り組む街を獣のように飛び回った。


おっと、ふと足を止めれば目の前には到底飛び越えることなど出来ないであろう高さの壁が立ちはだかっている。いらないことを考えながら逃げ回るもんじゃない...ましてや相手は武装しているというのに。


さて、目の前の壁を越えるには一体どうしたものか。一息つき、ない知恵を絞ろうとする素振りをしてみた丁度その時、運が良いのか悪いのか、ガッシャンガッシャンとやかましい鉄の塊を纏い肩で息をしながらやって来た騎士サマは、行き止まりの先で呆然と立ち尽くす獲物に気付くなりしてやったりといった顔で歩み寄り口を開いた。


「おい、そこのお前!残念だったなぁ?鬼ごっこはお仕舞いか?」


うわぁ、もう捕まえた気でいらっしゃる。


「...」


「...ハッ...!!どうせここから逃げ切れたって、お前等 下級民族ラルファ の行き着く先は地獄なんだ!女子供も関係ねぇ...どうだ?抵抗しないなら楽に殺してやろうじゃないか?」


そっかぁ。それはそれはお優しいことで。


じり、じりと距離を詰めてくる相手にこの上ない不快感とほんの小さな憐れみを感じつつ、しかしこのままでは本気で殺されてしまうと少々の焦りを含んだ目で相手を睨み付けながら周囲を見渡す。辺りにあるのは此処等の住民の心を映すかのように散らばったゴミと、その日を食い繋ぐための命を懸けた殴り合いの喧嘩でもしたんだろうか、元は鮮やかな赤だっただろう黒いシミにまみれ乱暴に引きちぎられたような布の端切れや、家屋の一部をもぎ取り武器にしたのか、歪な形に折れ曲がったり燃やされてすすにまみれている木片や金属製の筒上の何かが少々。

自身を囲む昼時の民家の壁には風通しの良さそうな窓と隣家同士で張り合った縄に干されている擦り切れた衣服しかない。あ、この家誰かが住み着いたのか。前は綺麗な空き家だったから次の住処の候補に目をつけていたのに...


そうこうしているうちに、相手はしっかりと自身の得物の間合いまで詰め寄り目の前の獲物に抵抗の意志はあれど手段がないと確信したのか、腰にさげた剣も抜かずに立ち止まり、値踏みするかの用な目で俺をじっと見つめてきた。



あぁ、またか。


もはや何度目かも数え飽きた程に向けられてきた同様の視線に、これから起こるであろう情景を想像し思わず顔を歪める。

その態度が気に食わなかったのだろうか。それとも、ここからどう転がっても近い未来に死しか残されていない相手への最後の生の冒涜か。目の前の男は俺の顔を見るなり顔を歪め、距離を詰めたかと思えば手入れの行き届かない無造作に伸びきった髪を鷲掴み無理矢理顔をあげさせられる。


「ゴミに興奮する趣味は俺にはないが、このまま殺すにはもったいないな...餌が悪い分肉付きは悪いが...顔はマシな方か...?


...ハハッ...良かったなぁ、喜べ?...お前、死ぬ前に いい思いさせて役目を与えて やるよ...!!」



...いい、思い?


とんだ冗談だ。はこっちの具合などただの1度も気にかけたことはないだろうに。


「ハッ...」


不思議なものだ。怒りというのは溜め込みすぎると諦めを含んだ呆れと笑いに変わるらしい。


もう、いい。隠す意味もないだろう。


無言を貫いていたのを目の前の猿は肯定と捉えたのか、先程まで髪を掴んでいた腕を俺の纏う布へと伸ばし、直に腹を撫で胸のあたりまで まくし上げようとしていた。

俺はその手を掴み、やんわりと制止した。それを拒絶と捉えたのか、今にも吠えかかろうと顔を上げ目が合おうとした瞬間男は動きを止めた。なぜなら、俺が彼に抱きついたからだ。

思ってもみなかった展開に脳が追い付かないのか、腕の中の男は先程までの威勢はどこへやら、固まって動かなくなってしまった。

そりゃあそうだろう、相手からしたら今の俺は狂っているように見えるだろうからなぁ...

完全に思考が止まり、再び動き出すまでの、その一瞬。

それだけで充分だ。

自身の腕の中で何も知らぬ幼子のように狼狽える男の耳に、しっかりと聞こえるように。

俺の口は溢す。


「鬼ごっこはの負け...次は──」




かくれんぼしよう みつけてごらん勝手に一人で地獄に落ちろ




◇◇◇




「おい、大丈夫か!?」


「...スゥ?」


男を目立たないところに放り投げ...ようとして、力の抜けた無駄に重たい体をどうにかこうにか引きずりまわしていたところに、先程まで一緒に騎士から逃げ回っていた仲間の1人がやってきた。


スゥ。この国の言葉で”4番目”の意味を持つその名前の主は、先程まで俺の行く手を阻んでいた壁の上に立っていた。なるほど、この向こうが落ち合う予定の場所だったらしい。適当に走ってはいたが、方向は合っていたのにどうしてこうも運が悪いのか...


「良かった。その調子だと元気そうだし、

上手く撒けたみたいだね」


「お前こそっ!!いつまで経っても来ないからみんな心配したんだぞ!?」


「ごッッ...!!めんごめん、ちょっとヘマしちゃってさ...!」


無事で良かったと口にする俺を見るやいなや、俺の背丈の5倍はあろう壁の上から難なく飛び降りてきて俺をひっぱたく。

無事を確認するなり俺より少し上にある顔をずいと近付けて、まるで親が子を叱るように小言の雨を降らして来た。

面倒見のいいコイツのことだ。他のやつらの無事も確認した上で、俺がいないことに気付いて探しに来たんだろう。

一応形だけの反省の意を込めて謝罪し、怪我は無いことを伝える。一通りの確認が終わってようやく辺りの状況を把握したのか、俺の足元に転がる男と乱れた衣服に付いた赤いシミに気付いたスゥは、目を見開いて息を止め、俺の肩を掴んで叫ぶように言った。


「ジウ、お前また...っ!?」


ジウ。"9番目"、そして私を差す言葉。

スゥは俺に問いただそうとしたが、俺と目を合わせた途端言葉を詰まらせた。


「...うん。使ったよ」


「...!!」


「コイツがね、"いい思いさせてくれる"って言ったの」


「...ごめん」


「何が?」


「...俺には...その、今のお前に、なんて言えばいいのか...分からない...」


「...」


そう言ったスゥは、俺から顔を背け、喋らなくなった。

本当に分からないのか。それとも、口にしたところで無駄だと思ったのか。どちらにせよ、彼はそれだけ俺を...を気遣ってくれているんだろう。

顔を背け下を向く目の前の"1人の男"に、俺は"1人の女"として答えた。


「そんな情けない顔して。...それでも男なの?」


「っ...!」


「大丈夫だよ、別にこれが初めてでもないし。もう慣れた」


「ッ...でも...!!」


「ほら、あっちでみんな待ってるんでしょ?はやく行こうよ」


「...おう...」


納得は出来てない。でも、自分が食い下がって拗らせるべき話題じゃない。

そう感じたのか、スゥは大人しく俺の言うことを聞くことにしたようだった。

コイツはいいやつだ。自身が関係あるにしろそうでないにしろ、自身の手が届く全てに責任を感じ守ろうとする。そんなやつだからみんなもコイツについていこうとするんだろう。

...まぁ、同じ"男"というだけで、日頃の行いを考えればこの地面に転がったゴミの分まで責任を取ろうとするのは流石にどうかとも思うが...


本当に、気にしていない。

あの男を殺したのは、別に俺を"女"として道具にしようとしたからが理由の全てではない。


先を行くスゥが家屋をよじ登り、壁を越えるために張られた縄をほどこうとしている。それを見守る傍らで、俺は服の上から先程男が触りかけたを握る。


端から見たらただの首飾り。しかも、宝石が付いているわけでもチェーンが金で出来ているわけでもない。


飾りはひとつの木片のみ。そこに、何か文字のようなモノが彫ってあるだけ。

別に奴らにバレても売られはしないだろうが、それでもあんなやつに触られるのは嫌だった。

それだけ、これが私にとって大事なもので、これだけが唯一俺がである手掛かりなのだ。


「──おかあさん」


待ってて。今、会いに行くから。



そうこうしているうちに、スゥが壁を登り向こう側で縄を固定して声を掛けてくる。

返事を返し、縄を掴んで慎重に壁を一歩一歩進む。ふと思い出し、振り返って地面に転がる男を見た。

さっき動かそうとした際に物色して見つけたモノ。今後の足しになればと拝借していくつもりだったが、やっぱりやめよう。

そう思い、懐からぶら下げていたもうひとつのペンダントを取り出し、男のそばに放り投げた。今思えば、あれはあの男の形見となる唯一の物だろう。

同情するほどこちらにも余裕はないが、それでも自分が手をかけた相手だ。



「…かくれんぼ、見つけてもらえるといいな。───悪かった」



こうして、俺達はこの場を後にした。










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