taiyou-ikiru

第1話

 或る田舎に人が伽藍としている電車があった。夕暮れの橙が窓から差し、車内をその淡い暖色で照らし、支配している。そこに一人の男が入ってきた。又、その男は罪人であった。男は無学である。であるから宅に侵入して強盗を行ったのだ。その男は苛立ちを隠せぬようで、椅子に乱暴に座った。男は腹が立っていた。なにしろ自分の身は指名手配であり、自由が抑制されていたからだ。整形を行って騙し騙し田舎の奥地で少人数で過ごしていた苦労と言うものは想像に難くないであろう。男はさらに足を組んでふんぞり返る。その近くに座っていた、如何にも貧乏な子供がその様に驚いてひとつ場所をじり、じりと気づかれぬ様鈍足にずらすのだった。そうやって居るとやがて轟音を合図に電車は出発した。

 電車は静かである。静寂と言っても変わりないほどこの田舎では会話は発生しない。少年はびくびくと俯いて肩を縮こまらせていた。すると柄の悪そうな男が数人、最初にドンを立たせ、こちらへやってきた。永久かと思われた静寂はすぐに打ち破られた。

「なぁ、お坊ちゃん。逃げるなんて卑怯だぜ。」

 ドンの男は似合わず冷徹なセリフを口に吐く。その様はさぞ威厳があったのだろう。少年はさらに俯き、客は此方を向き、遠ざかる。その子供もまた生まれの罪人であった。子供は親の借金を肩代わりしていた。なにしろ親が幾分か前に死亡した事実を知ったことが昨日の晩である。こう、俯くことも理解できるであろう。

 ドンの男が少年の襟首を掴み、脅迫をする。少年は首を振って、泣き面を露わにしていた。

 その様子を男は偏屈そうな顔で見ていた。。初めに男は、良い憂さ晴らしになると思っていた。しかし、段々と虐待を振りまかれる子供を愚かだと、そして情で観察していた。すると途端にこの脅迫される子供を哀れに思って、男は心の内で少年に重ねていた。昔、男も同じような経験があるのだ。そう思うと自分事のように感じられて、男は無学である。故に心の舵の取り方を知らぬ。つまり偏屈そうな顔になるのである。だから男はつい言葉を紡いでしまった。

「なぁおい。ガキ相手にそんな強情な方法を取らなくたっていいじゃないか。」

 それを言った途中から男はしまった。と思った。話し掛けることにメリットはあらぬ。自分が如何に振り子の様な心持ちで動いていたか。それを自認したからである。

「あ゛?部外者が入ってくんなや。」

「それとこれは、話が別であろう」

 男は無学であるが心の芯まで悪漢ではなかった。

「じゃあなんだ。お前が肩代わり出来るのか?」

 痛いところを突かれる。   

 男はふと、ポケットに入れていた、持ち金、一万六千円を思い出した。それをせめてもの情けで、少年に渡してしまおう。そう思った。

 それは、自分の全財産と少年への想いの中立案で、最大限の好意である。

「確かに、それは不可能だけれど、今の持ち金を返済の糧ぐらいにはできる。」

 そう言い、ポケットから出した持ち金を少年に手渡すと、少年は少し男の顔を見つめた後、先ほどより少し希望をチラリと覗けた様な顔で紙幣を見つめる。

 きぃと電車が止まる。 男は無学であるがそれ以上に人間である。


 そうすると男は満足した風に電車から出て行った。男の唯一の優しさが少年を救ったのである。

 男は愚かである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る